舞踊を語る

国立劇場第166回 舞踊公演 「日本舞踊のススメ」(8月1日) 特別対談【後編】
若柳里次朗(日本舞踊家)& 宮 悠介、藤井 陽(筑波大学大学院修士課程・ダンサー)

シェアする
  • Facebookでシェアする
  • Twitterでシェアする

日本舞踊に馴染みのない方にもその楽しさにふれていただこうと、コンテンポラリーダンスとの比較による解説と、現代と古典、それぞれの名作を上演した<日本舞踊のススメ>。出演者の一人で、古典に軸足を置きながら普及活動等にも力を注ぐ若柳里次朗さんと、筑波大学大学院でダンスを専攻し、新鮮な視点で舞台を見つめた宮悠介さん、藤井陽さんによる対談の公演です。(文中敬称略。前編はこちら)。

公演を振り返る~長唄「連獅子」

〈公演の後半は長唄「連獅子」の上演。前半は狂言師の親子が登場して「獅子の子落とし」の伝説を描き、後半は親子の獅子の精が勇猛な毛振りを見せる、日本舞踊の代表作。狂言師右近後に親獅子を若柳吉蔵、狂言師左近後に仔獅子を花柳源九郎が勤めた。胡蝶は藤間眞白と花柳寿紗保美〉


「連獅子」 左より若柳吉蔵、花柳源九郎

藤井 陽(以下、藤):初めてこうした古典作品を観たので、舞台上の字幕表示で歌詞を追いながら見ることができ、とても観やすかったです。最初に2人の方(狂言師右近、左近)が出て、その後に女性(胡蝶)が出てガラッと雰囲気が変わって、最後に獅子、と同じ作品の中で転換部分がいくつかあった。その度に、背景となる大道具や演奏家さんたちは変わらないのに、舞台空間の雰囲気が変わる様子を凄く感じました。花道を使った演出とも相まって、色々な景色を見た気分になって面白かったですね。
 意味が分からないかも…と心配していましたが、長唄と雰囲気の変化で、話の展開が理解できました。たぶん長唄の中でも分かりやすい作品を今回、選んでくださったのかもしれないですが、自分的には入りやすかったです。
 獅子が乗る台(一畳台)や、大きい木(紅白の牡丹)みたいな物を、後見が運んできて、「何が出来上がるんだろう」ってワクワクしました(笑)。そうしたら一瞬で、新しい舞台空間になった。後見の使い方、どんどん転換していく様が面白かったです。

宮 悠介(以下、宮):月並みですが、「御柱祭」からの流れで観たので、ある意味、ゴージャスというか、ひな壇(山台)のような場所に演奏家の方もいらっしゃって、「連獅子」の衣裳もすごく華やかな印象を受けました。
 あと花道を通って(演者が)はけていく時、ただはけるのではなく、色々な工夫をする。揚幕がシャッと開いて、仔獅子がサーッと(後ろ向きのまま)はけるの、すごいなって。日本舞踊に精通されている方なら、もっと細かく深い楽しみ方があるでしょうが、知識が追い付いていない自分でも、観ていて唸らされた。話が分からなくても、長唄が分からなくても、「面白いな」「すごいな」って思うところがたくさんあって、やはり何回も上演され、古典と言われる傑作だという事を、ゴージャスさや風格で感じました。毛振りもすごいですね。体の一部みたいな感じで。トルネード(竜巻)のように、グルルルって。

藤:毛の軌道がすごい。

宮:あそこまでやられると、拍手せざるを得ない(笑)

里次朗(以下、里):ははははは(大笑)

宮:1回、2回だと「すごいな」で終わりますが、あそこまでやられたら、圧巻だなっていう印象でした。

里:そうですね。おっしゃったように最後、ただ毛を振るだけですよね。「連獅子」は結局、毛振りしか印象に残らない(笑)。ただ、やる方としては毛を振るだけで、踊っていないのですが、単純作業に人が喜ぶのが面白い。いきなり毛を振ったらつまらないと思うけれど、それまでの静寂や過程があるからこそ、それが引き立つ。単純作業って簡単だけど難しいのかな、大事なのかって今、ふと思いました。
 やたらめったら毛を振ると汚くなるんです。振って、出して、戻すタイミングを考えないと、単にグルグル回っているだけになっちゃう。それをポンって戻すから鞭みたいに勢いがつく。人それぞれですが、体力的配分を考えないと、エラいことになりますね(笑)。毛振りは人によってそれぞれで、さっくり振って止める人もいらっしゃいますし、できるだけ多く振る人もいます。実は足にきますね。

宮・藤:へええ。

里:やはり中心に根を張ってないと、モノって回らない。下半身、腰から下が張ってないと、足が滑るし、ずれる。(長毛の)かつらも重く、振ると後ろにもってかれる感じですね。ただ親獅子の鬘は白なので、そんなに重くない。仔獅子は赤く染めている分、重いんですよ。まあでも、かぶって出ちゃえば親でも仔でも関係ないですけどね(笑)

宮:私が印象に残っているのは、後見がササっと来られて、獅子の毛を直す仕草。獅子が後ろをクルっと見た時、サッと直すのがすごく洗練された動きでありながらかわいい(笑)

藤:そうそう。

宮:それで何事もなかったように踊りが続くのが、いいなって思いました。

藤:胡蝶も素晴らしかったです。前の「御柱祭」で男性の力強さを見ていたので、女性の繊細さや、顔の使い方が美しくて、印象に残っています。出てくるところから、「女性キターッ」て。空気が変わりました。


胡蝶:左より花柳寿紗保美、藤間眞白

宮:生の邦楽の演奏も贅沢でした。今はCDやインターネットの録音された音源に溢れていて、生の演奏を聴く機会が本当に希少だと感じています。だからこそ、生の演奏や音楽とともに踊りを観られることがすごく貴重な体験だと思いました。

藤:「連獅子」は以前から荘厳なイメージがあって、それが敷居の高さを意識した部分なのかと思ったのですが、実際の舞台を拝見したら、気を張る必要はなかった。日本語の歌詞があって、それを今回、字幕で見ながら楽しむ事ができて、しかも何時間も続くわけではなく、集中して見られました。それは多分、直前に「御柱祭」を見た影響も大きく、うまく導入して頂いたと思います。

若者に日本舞踊を親しんでもらうには~洋舞経験者が語る日本舞踊

里:こうした企画を続けて、若い観客が「日本舞踊って、意外と面白い」「観てみたら?」って発信源になってもらうといい。「つまらなかった」でもいいんです。ただ「観たことがある」という実績は残るし、人によっては「また観たい」「実際、(お稽古を)やってみようかな」っていう人も出てくると思う。その色々な選択を考えてもらうためにも、こちらから気軽な形で出していく事を今、念頭においてやっています。
 実は私自身、高校時代に洋舞をやっていました。東京・初台にある関東国際高校演劇科に通っていまして、劇団四季ご出身の先生がいらっしゃった。
 ある時、その先生に進路をご相談したら、「お前なら劇団四季も入れるし、ブロードウェイでもいけると思うけど、入ってからが大変だぞ。食えるかどうか。日本舞踊の家で育ったなら、そちらを守るほうも考えなさい」とおっしゃって下さった。その時、初めて両親が築いてきてくれた様々な「財産」に気づいた。これは日本人が守らなければいけない、と思って今に至る感じです。でも最初は日本舞踊に体を戻すのが結構、大変でしたよ。
 洋舞をやっていたからこそ今公演で、コンドルズの方々がおっしゃっていた事、表現の仕方に、違和感がなかった。「面白いな、ああいう風にやればいいのか」などと逆に、こちらが動きを盗んだりして(笑)。ですから僕自身は、日本舞踊の技術で洋楽も踊りたい、という思いが強いです。


若柳里次朗

宮:私たちは学生の創作舞踊の全国大会に作品を出すため、8月の半ばまで創作に励んでいました。題名は「歓喜を歌う騎士」で、(19世紀オーストリアの画家)グスタフ・クリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」っていう壁画を元に、ベートーヴェンの「交響曲第9番」を音楽で使って、インスピレーションを受けながら創作したものです。

藤:同じチームで、ここ数か月ずっと一緒に創作をしていました。

宮:朝から晩まで一緒に暮らしながら。

藤:踊り狂ってました(笑)。その合間に国立劇場で、今公演を観ました。

宮:「すみません、練習抜けさせてもらいます」みたいな感じで。

藤:私たちだけこんないい思い、してもいいのかって(笑)

宮:ほんとに。みんなが稽古している間に(笑)

藤:本当に刺激になりました。

宮:創作している最中だったので、刺激になったよね。

藤:しかもたまたま、私たちの作品の中で黒い服の役がいて、主人公の騎士に対して「黒衣」って呼んでいた存在があったんです。黒衣ってものに挑戦する時期に、国立劇場に来たらロビーで「くろごちゃん」という劇場キャラクターに出会って(笑)

宮:「くろごちゃんがいる!」と興奮してしまいました(笑)

藤:「連獅子」で、後見はサーっと小道具など持ってきて座り、またサーっと去っていく。見えているのに「見えていない」体の使い方や歩き方が本当に参考になって、創作に取り入れさせていただきました。
 また今回、日本舞踊の公演ながら近藤さんたちコンテンポラリーダンスのスターを巻き込んだ解説があり、創作、さらに古典作品という入り方で、2タイプの日本舞踊を見られ、すごく参考になりました。こういう風に人の興味って、かき立てられていくんだ、と感じました。
 実際、今回の公演に私の友達が来ていてビックリしました。やはり大学でコンテンポラリーダンスを勉強している友達で、多分、コンドルズの方がご出演されていたから来たと思います。「日本舞踊、初めて見に来た」って言っていました。そういう層にも今公演は刺さった訳で、こういう企画があれば、来やすいのではないかと思います。

宮:劇場でバッタリ会って、われわれ2人で「なんで、なんで?」って聞いたくらい。僕らみたいにこうやってインタビューされるのかと思ったら(笑)、普通に自分でチラシを見て、趣味で来たそうです。

藤:一等席で見ていました。

宮:僕は今公演のおかげで、日本舞踊にすごく親近感を抱きました。「連獅子」も今は古典作品ですが、初めは新作だったはずで、「御柱祭」創作時の「やっちゃえ!」という勢いと同じく、「こんな風に、髪を振っちゃえ!」とやってみて、初めはバッシングを受けたかもしれないけれど、「面白いね」って言われて、ここまで残ってきたと思います。 こういう創作上の挑戦があったから、「御柱祭」も20年続いていると思いますし、100年後の観客も「面白いの、やっているじゃないか」と感じるのではないか、などと思いながら見させて頂きました。
 この公演自体、見やすい構成だったので、また日本舞踊を見たいです。普段、洋舞やコンテンポラリーダンスを観に、新国立劇場にはよく行くのですが、国立劇場に来たのは実は初めて。今回のように日本舞踊を見慣れない人も楽しめる公演を増やしていただけたら、藤井さんのお友達のように、「ちょっと見てみたい」「来てみた」っていう子も増えるのではないでしょうか。
 また今後の創作を活かせそうなヒントも一杯ありました。最初の解説で、日本舞踊における「見る」という動作について、首をただ対象に向けるのではなく、1回視線を外してから首を動かすことで「見る」という行為が伝わる、と聞いて、筑波大に帰った瞬間、創作ダンスのメンバーを集め、「今日、(扇与一さんが)こんな事言ってたよ」って伝えて早速、取り入れました。

藤:実際、取り入れましたよね。全国大会の作品で、主人公に襲い掛かる黒い人たちを表す表現で、視線を一旦外す、っていうのを取り入れました。


藤井 陽

里:そういうご感想を若い方から頂いて、嬉しいですね。東京は、今公演のように日本舞踊を見る機会がまあまあ、あります。ただ東京から離れると、特にコロナ禍の今、なかなかできないんです。だからなるべく我々から出向いて、見ていただく機会を作りたい。
 「弧の会」では終演後に我々がロビー出て、お客様と交流してきました。「ありがとうございました」ってお客様に申し上げると、明らかに答えが出てくる。「面白かった」「格好よかった」っておっしゃって下さったり、涙を流されたり、握手をずっと求める方もいる。そういう人がいる限り、踊りを続けたいと思います。ご覧になった方がいい気分で帰られて、その姿を見て我々も、元気を頂いて「じゃあ次、こっち行こう」って感動を共有し、連動する。ただ、今はコロナ禍でなかなかお客様と接する事が難しいんですけども、とにかく直に踊りを見て頂く時間というのは、洋舞にしても日舞にしても大事だと思うので、今後も大事にしていきたいです。やはり画面越しではなく直接、体験して頂きたい。

宮:昨今のコロナ禍で、舞踊も配信が増えましたが、失礼ながら小さいタブレットで見ると”片手間”になって集中しきれない事があります。しかし今回、国立劇場に来て、実際に舞踊家さんを目の前にして、生の音楽を聴くことができた事、これらすべてが「体験する」という、かけがえのない時間だと感じました。

藤:私はコロナでずっと劇場に行けなくて、今回の日本舞踊は久しぶりの生の舞台でした。こんな近くで見ることができ、舞踊家さんの目の動きや、指先の動き、足を出すときの踏ん張りなど、本当に生で見ないと、感じられなかった。そこに日本舞踊独自の面白さを、発見できたところもあったと思います。多分どんな舞踊も一緒だと思うんですが、やっぱり体と体のコミュニケーション、自分の体でその舞踊家さんの体を見たときに得られる発見を、舞踊は大切にしていくべきだと思うし、それが舞踊の輝きだと思う。生で見た発見を今回、すごく感じました。

宮:配信だったらこの初めのドキドキ感は、絶対得られなかったです。舞台が真っ暗で、静寂の中で太鼓が聞こえてくる…みたいな「御柱祭」のドキドキ感はなかなか伝わりません。やっぱり生で来て良かったなと。


宮 悠介

里:今回、私は「御柱祭」で出演さしていただきましたが、「連獅子」もそうですが、やはりいい作品って残したい。創作から20年経っても残っている作品に関わらせてもらっている。
 お2人にも、「ずっとまた見たいね」っていうものを作ってもらいたい。「これ誰が作ったの? あの2人? ちょっと踊りを習いたいね」とかって素敵でしょう? 挑戦して、駄目だったらまたやり直せばいい。特に何か創作に縛りはあるんですか。

宮・藤:あまりないです。

里:自由だから難しいのかな。でも今回の舞台を見て、的確にヒントを得られているので、いろんなジャンルの舞台を見て、コンテンポラリーダンス、洋舞の方にも取り入れ、我々と何か接点が持てる時代になると、いいのかなと思います。そのために我々も、もうちょっと若い人を育てなきゃいけない。長く上演できる作品を作ってもらえたら、そのうち、この国立劇場で、我々が一緒に踊ることがあるかもしれない。それぐらいのつもりでやるといい。それまで私、何とか生きてますんで(笑)

宮・藤:作ります!

里:もしかしたら将来、このチラシが我々になっているかもしれないですね。

編集:飯塚友子(産経新聞記者)


※写真撮影時のみマスクを外しました。

プロフィール

若柳里次朗(日本舞踊家)
東京都出身。父は正派若柳会で副会長を勤めた若柳秀次朗。幼少の頃より手ほどきを受け、平成6年に若柳里次朗の名を許される。キビキビとした躍動感のある踊りに定評があるほか、振付も意欲的に手掛けるなど、活躍の場を広げている。父より継承した一門の会である吉蝶會を主宰し、後進の育成にも努めている。次平成12年には新春舞踊大会(主催=公益社団法人日本舞踊協会)において文部科学大臣奨励賞を受賞。平成20年度、「弧の会」同人として文化庁芸術祭優秀賞受賞。
宮 悠介(筑波大学大学院修士課程・ダンサー)
新潟県出身。高校にて部活動で創作ダンスと出会いのめり込む。ダンスへの熱が冷めず、筑波大学へ入学。同大学ダンス部としてAJDFにて多数受賞。大学ダンス部で活動する傍ら、大学外での活動にも取り組み、これまで中村蓉、柿崎麻莉子、柳本雅寛、藤田善宏、梅田宏明、近藤良平らの振付作品に出演。現在は筑波大学大学院に所属し、舞踊公演で使用される音楽の著作権に関する研究を行う。これからもダンスとの長い旅を続けていくために、自己鍛錬、創作・発表活動に邁進中。
藤井 陽(筑波大学大学院修士課程・ダンサー)
栃木県出身。4歳からクラシックバレエを始める。高校で創作ダンスに出会い、筑波大学に入学。同大学ダンス部として、AJDFやアーティスティック・ムーブメント・イン・トヤマにて多数受賞。現在は、筑波大学大学院にて舞踊研究室に所属し、舞踊教育をはじめとした研究を行う。一方で、つくば市のダンススタジオにて講師を務めるほか、自身が振付を手がける作品の創作や、ダンサーオーディションを受けるなど、奮闘中。