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国立能楽堂

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研修修了者インタビュー 小鼓方観世流 岡本はる奈 <2>(令和3年5月掲載)

 現在舞台で活躍中の国立能楽堂能楽(三役)研修修了生に、能楽との出会いや、能楽師としての現在のお話をうかがいます。(全2回)

 岡本さんは、2008年(平成20年)から2014年(平成26年)まで、第8期能楽(三役)研修生として学びました。

岡本師プロフ

―研修生時代の思い出など聞かせてください

 研修旅行で春日若宮御まつりなどに連れて行っていただき、普段は見られないものを見せていただきました。芸事・能楽の原点の場所での体験は特別で、能に携わるものとして今でも財産だと思っています。

 流儀の師である、観世新九郎先生、観世豊純先生とその奥様にも、研修期間中から本当に可愛いがっていただき、豊純先生のお稽古の合間には戦後の能楽界の貴重な話を色々と聞かせていただきました。研修をきっかけにご縁ができ、ご指導いただけたことは本当に良かったと思います。

 国立能楽堂の研修ではその他にもたくさんの能楽師の先生に直接お稽古いただく機会があります。そうした縁で顔を覚えていただき、修了後も舞台でご一緒したり、楽屋でお会いしたときに声をかけてくださったりするのがありがたいです。

 また、つらい修行時代だったからこそ一緒に不安を共有できた同期の研修生の存在は大きかった。今でも楽屋や舞台で顔を見ると、特に話したりはしなくても嬉しいですね。

―研修修了後はどうでしたか?

 研修が終わってもすぐに舞台でお役がいただけるわけではありません。ワークショップや女流能など仕事はありましたが、それでもやはり不安定な生活でした。研修時代から兄弟とシェアハウスしていたのですが、修了後1年間はアルバイトも続けていました。ただ、能楽の仕事だけで生活できるようになるというのが目標でしたから、2年目にはバイトをやめて1人で部屋を借りました。ズルズルと環境に甘えると、どこまでも変われない気がしたので。退路を断つではないですけど、思い切って自立しようと決めました。銀行を辞めた時もそうでしたが、この辺の思い切りの良さはありますね。

 幸い舞台の数もお弟子さんも少しずつ増えて、なんとかここまで来られました。2019年の東京若手能で同期の修了生たちと一緒に舞台を務めさせていただいた際は、研修時代にお世話になったかつての養成課の皆さんにも観に来ていただきました。地元静岡で能を打ったり、銀座に移転した観世能楽堂の舞台で鼓を打たせていただくようになったことも感慨深いです。

 研修が修了して程なく、小鼓観世流十八世宗家でいらっしゃった観世豊純先生が亡くなられました。余命宣告のわずか2ヶ月半後にお亡くなりになったのですが、最後まで先生は小鼓や舞台のことを考えておられました。その姿を目の当たりにしたとき、能楽の奥深さと芸の道のりの長さを感じました。

 1人の小鼓方能楽師として、私も悩みながら道をすすんでいくのかなと思います。

―小鼓の魅力とは?

 能の曲や場面によってばかりでなく、打つ人の気持ちによっても音が変わる楽器が小鼓です。掛け声をかけるときには囃子方自身の身体も楽器となります。人それぞれ骨格や体つきが違うように掛け声も千差万別ですが、能の曲にふさわしい自分らしい掛け声を追求していきたいと思っています。

 「高砂」や「加茂」といった脇能を打った際は澄んだ掛け声を研究しましたし、「弱法師」では鼓の音が響く中、舞台に月明かりが差しているような感覚になりました。

 新九郎先生がかつて他の先生方とやっておられた「神遊*」の公演では、難しい曲をたくさん舞台でなさっていました。そこで笛の音、小鼓や大鼓の掛け声、太鼓のバチ一つで舞台が一変することがあって。能楽は神を呼ぶ芸能だと思いますが、本当になにかが舞台にやってきた瞬間というのは空気が変わります。能楽の鼓というのはそれができる楽器で、舞台上で先生の後ろに座りながらそれを体感することができました。自分の鼓でも、いつかなにかを呼んでみたい。まだまだ未熟な芸ながら、心底そう思います。

*神遊(かみあそび) 観世喜正師(シテ方、観世流)、一噌隆之師(笛方、一噌流)、観世新九郎師(小鼓方、観世流)、柿原弘和師(大鼓方、高安流)、観世元伯師(太鼓方、観世流)の5名を中心に行っていた公演シリーズ。様々な視点から能をとりあげ、上演が稀な曲も積極的に上演するなど、毎回コンセプチュアルな公演を行った。2016年3月に活動を終了した。

―これからの目標はありますか?

 研修中から散々苦労していたのが3番目物、あるいは鬘物と呼ばれる能でしたが「井筒」の囃子を打たせていただいた時に、鼓の掛け声の難しさと面白さを感じました。3番目物についてはもっと勉強しなければと思います。

 また昨年から新型コロナウイルスの影響で、多くの舞台が中止を余儀なくされました。私も一時は能を打つ機会を失ってしまった。だからこそ舞台で鼓を打たせていただけることの有り難さを、今まで以上に感じています。舞台を観にいらしたお客様が、能の世界に浸ることで少しでも安らいだ気分になれればと思います。お弟子さんの中にはオンラインのお稽古で生活に張り合いを持たせていると言う方もいらっしゃいます。打ちたい曲も、やりたい舞台もたくさんありますが目の前の稽古と舞台ひとつひとつを大切にしていきたいと思います。

―能楽師を目指す若い人たちに何かメッセージはありますか?

 自分より年下の人と話をしていると、男女を問わず自由で新しい感性を感じることがあります。能楽は長く受け継がれてきたものだけれど、時代というものと全く無関係ではいられないと思っています。芸として守っていかないといけないものはもちろんあるのですが、自分たちの世代では難しかったことも、当然のように突破できる力が今の若い世代にはある。世阿弥の風姿花伝で書かれていたように、いつか「型」を破るために能楽の世界に入ってきてほしいと思います。


「研修修了者インタビュー 小鼓方観世流 岡本はる奈 <1>」はこちらから

 

<プロフィール>
岡本はる奈 

1982年生まれ
小鼓方観世流
故観世豊純 及び 観世新九郎に師事

国立能楽堂第8期能楽研修修了

小鼓草子2020

岡本はる奈さんのブログです。
研修生だったころの話も多く掲載していますので、是非ご覧ください。