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国立劇場
いとうせいこうによる 文楽の極意を聞く

鶴澤寛太郎編(その4)

鶴澤寛太郎編(その3)よりつづく

寛太郎ただその祖父のやり方が間違ってたとも思ってないです。今の師匠も祖父の弟子でしたけど、「おじいちゃんはこう言うけども、ここは理にかなってないよね。おかしいよね」っていうところも師匠は整理されてる。確かにそうだなと思うこともありますし、疑問に思ってたことを「こうだと思うんだよね」って言われたりもして、「あ、確かにそうだな」って感じることは結構あります。

いとうああ、そうなんだ。

寛太郎これはいいところも悪いところもあるんですけど、僕は祖父が年いってからの弟子なので、

いとうそこからの芸を浴びたってことなんだね。

寛太郎はい。だから、全盛期の芸ではなかったし、僕は若い頃を知らないんですよね。自分自身の演奏を若手っぽくない芸だと僕は思っているんですけど、歳を重ねた祖父に教わったことを、そういう自覚なくやってきたところがある。

いとうそういう芸を一番聴いてたからね。

寛太郎はい。別に若手だからと言って若手らしさを追求したり、はつらつと元気いっぱいやる必要はないと思っていますけど、なぜ祖父がそういう演奏しているのか、加齢によるものなのか、好みによるものなのかっていう整理がなく、ただ真似をしているだけだったところを、今の師匠が整理してくれたのは大きいです。「自分が教わったときはこうだった」「晩年はこう弾いてたけど、本当はこうだよ」とか、そういうことをすごく言ってくれて。

いとうそれはすごいことだね。

寛太郎そうなんです。他にも、「年を取るとお腹で持てなくなってサラサラって行っちゃうけど、ここはしっかりと持たないとダメだよ」とか。

いとうなになに、お腹で持つってどういうこと?

寛太郎弾く前に、こうグッとお腹で取って決めてから入らないと、ってことです。それをせずにぬるぬるっと弾き始めてしまうと、間がにじんでぼけてるんですよね。

いとうああ。

寛太郎僕はきちんと取ってるつもりだったんですけど、抜けていたんですよね。

演奏上のイキについてかたるかんたろう

いとうそれって呼吸? 「ウッ」って腹に納めるやつ?

寛太郎そうですね。呼吸ですね。

いとう呼吸を詰める。「コミ」っていうやつかな。少なくとも謡ではそう言うんだけど。

寛太郎はい。今の師匠は大鼓もやっていたことがあって。

いとうそうか、「コミ」の世界だやっぱり。

寛太郎はい。なので、「やっぱり大鼓でもきちんと取ってるよ」って。だからよほどきちんと取らなきゃいけない。僕は大きな間を取ってるつもりでしたけど、「それは空けてるだけだよ」みたいな。

いとううんうん。

寛太郎じゃあ、きちんと間を取るためにはどうしたらいいんだっていうのは、教えてもらえる。頭では理解する。でも僕はすぐに体現できなかったんで、あとは僕の努力ですよね。自分の体と相談。ということでこの数年は、自分の脳みそと、体、実際の動きとをどうマッチングさせるかっていうのをすごく気にしています。

いとう鍛えてるの?

寛太郎鍛えているのとはちょっと違いますけど……。年齢と立場が少しずつ上がっていき、環境が変わることによってそうなってる側面もあり、演奏という行為に慣れているというのもあり、若い頃より撥を握って弾いている時間が減っているんじゃないかとか、知らず知らずのうちにちょっと抜け落ちていることがあるんじゃないかなとか。

いとううんうん。

寛太郎自分では言われたとおりやっているつもりでも、周りにはそう聴こえてないっていうことは、自分のイメージと実際の動きにだいぶギャップがあるんじゃないかなと。なので、録音して聴いて、録画して自分の姿を観て、あとは弾きまくる。

いとうへー、そうなんだ。

寛太郎「腕固め」っていうのがあるんです。三味線の弦に手拭いをかけて、色んなフレーズ弾いてみたり、ひたすら「タタタ、タタタ、タタタ」って弾き続けるとか。

いとうなんでタオルを?

寛太郎音が大きすぎるっていうのが1つと、あと弦が傷むんで。

いとうああ、なるほど。

寛太郎普段の何倍も弾くわけで、度々、弦が切れたら鬱陶しいですし。っていうのもあって、手拭いをかけてやるんですけど、この腕固めが僕は大嫌いで、「やらんでも弾けるやん」ってずっと思ってたんです。祖父もあんまりやってなかったし。撥遣いも悪くなると思ってましたし、やってこなくても、なまじそれでなんとなくやれてきてしまったから大嫌いなままで。でも、今これだけ撥遣いを気にしている上で、それをやったらどうなるのかなと思って、この2、3年、実験でずっとやっています。

いとう実験かー。

寛太郎随分変わってきたなと自分では思うんですけどね。

いとうもう、日々やってる?

寛太郎そうです、ほぼ毎日。

腕固めについて聞き入るいとうせいこう

いとうどのぐらいの時間やってるんですか?

寛太郎決めてるのは、三の糸を上から「タタタ、タタタ、タタタ」って打ちつける「三つ撥」っていうのがあるんですけど、これを連続で5分。それから色んなフレーズを、あれを5回、これを5回とか弾いていって、一通り終わるのが20分から30分くらいですね。できることならこれを2セット。ただ、どうしてもやっぱり日によって力んでたりとか、なんか手首が痛いなとか。違和感あるなと思ったら直ちに辞めるっていう。

いとうスポーツだね、もうね。

寛太郎そうですね。そんなふうにしてます。で、それが何をすればどういう効果が得られるのかがまだ全然わからないんで、それを日々模索しながらです。でも実は、曽祖父(六世寛治)は結構腕固めしてたんですよ。

いとうあ、そうなんだ、そうか、曽祖父も祖父も国宝だもんね。でもお二人はやり方が違ってたってことなんですね。

寛太郎そうですね。芸も違うと思ってます、僕は。曽祖父は本当に真面目っていうか、堅物で、もう毎朝、ルーティーンみたいなのをこなして、腕固めもずーっとやってて。大工さんが隣の家で仕事をしていて、曽祖父の腕固めに合わせてトンカチを振ると、「なんかうまいこと行くねん」みたいな。

いとうえ、そうなの?(笑)

寛太郎「お師匠さん、毎日それ弾いてください」って言われてたとか。そういう基礎トレーニングみたいなものを大事にしてたみたいで、だからこそ曽祖父は、死ぬ間際でもむちゃくちゃかっちり弾いてるんですよ。録音を聴いて、すごいなと思いました。

いとうどっか抜いてみる、とかっていうことはしない。

寛太郎はい。ふにゃっとしてるところがないんですね。緊張感も実際の間も、音もほとんど揺れてないんですよ。

いとうへえ。それがいくつぐらいのときでも?

寛太郎87になる直前で亡くなってるんで、85くらいの時とかじゃないですか。

いとううおお。

寛太郎でも弾いてる時の姿勢は歪んでたらしいです。昔の人に聞いたら。三味線が重いから支えられなくて段々左に傾いていくんですって。で、弾くとなったらまたぐーっと戻ってきて弾いてるみたいな。

いとううわあ、すごい(笑)。

にこやかな表情で曾祖父について話すかんたろう

寛太郎そんな人だったみたいです。そういうことをきちんとやってたから、あそこまで丈夫だった可能性もあるなと思って、腕固めは嫌いやったけど、じゃあやってみようって。

いとうこの時期に、腕固めの世界に入った。

寛太郎そうですね、研修生を経験している人は、「こうやるもんや」って研修生の時に教えられて当たり前にやってくるものなので、みんなにはその積み上げがあります。僕はその点でいうと後輩よりも劣ってる可能性があるので、より目的とか効果を、

いとうはっきりわかるようにしてやらないと、意味がないというか、追いつけないっていう感じ?

寛太郎そうですね。やってて気づくのは、僕は思っている以上に体を動かすのが不器用なのかもしれないなって。

いとうふーむ。

寛太郎どんなにやっても、左手の指の捌きの進歩が遅いなと思うことが多くて。後輩たちが難なくやってることでも、意外と躓いたりとかしちゃいますし。逆にその後輩たちが躓いてることも、なんとなくやってしまっている部分もあるんで、得手不得手があるんでしょうけど。そういう、「ここがダメだ。じゃあどうすればいいのか」っていうのを、きちんとイメージしてやって、じゃあその結果どうだったのかっていうことも自分で考えながらやらないと、漫然とやってても意味はないな、ということに気づきましたね。

いとうその、体的には上半身の動きってことですか?

寛太郎そうですね。肩から、というか肩甲骨、鎖骨から腕、指までの動きという感じですね。

いとうそれによって音としてはどういうことが違ってくると思われるんですか?

寛太郎うーん、撥を遣う右手に関して言うと、腕固めをすることである程度力を入れて弾くことを経験して、最低限の最適な力で弾けるようになる、ということですね。

いとううんうん。

三味線の棹を強く押さえるために爪や指先に糸の跡がついているかんたろうの右手

寛太郎右利きなこともあり、日常生活で左手の指を1本ずつ意識して動かすことはそうそうないわけですが、左手も、必要最低限かつ十分な力でポジションを押さえながら動かすわけですよね。

いとう縦にも横にもだよね。

寛太郎そうですね。押さえたり、はじいたり。演奏技法において自分はどういう運動が得意でどういう運動が苦手なんだっていうのを考えて、その運動がフレーズとして含まれている曲を練習します。右手で言えば、演奏中に力が入っていっぱいいっぱいになってくると、手首がぐっと固まってくる。そうなると、本来は小指側重心で撥を下ろしたいのに、どちらかというと親指側に重心が来て弾くことになる。

いとうん? どういうこと? なんだって(笑)?

寛太郎撥はこう握って、ここを起点に弾くんです。

いとうああ、小指の、外側のところね。

寛太郎はい。小指や薬指重心で弾きたいんですけど、力が入ってくると、親指に力が入ってくるんですよ。で、こうなってくると、大体肩が前に入ってくるような状態になるんです。

いとうなるほどね。周り込んでくるみたいな感じで。

寛太郎はい。だから、親指重心になると小指と薬指も浮いて、肩から先の姿勢が変わってきちゃう。肩の位置が前に出るから、親指重心になるのかもしれませんけど。

いとうなるほどねえ。

寛太郎まずは肩を引いて下げて、そうしたら肘も勝手に下がってくるんで自ずとポジションがニュートラルに戻ってくるんですよね。そして小指にきちんと意識だけあれば、それ以上ひどい姿勢にはならない。

いとううんうん。

寛太郎なので、腕固めをする時は、力が入ってしまってもあえて5分弾き続けるって決めてやっています。舞台でも力が入ってしまうシーンっていうのはあるわけですよ、演奏していると。その時に力が「入っちゃった」と軽率に処理するんじゃなくて、力んでいる自覚を持った上で、どう抜くのか、どう処理するのかっていうことに意識が行くように、稽古の段階では意図的にそういう現象を作り出して対応するみたいなことを考えています。

いとうすごいね。

寛太郎目に見えた、すごい成果が出ているわけではないですけど。

いとうでも、長く弾いても全然へたらないとか?

寛太郎そうですね。あとは自分の中での安心もあります。手応えはあります、自分の中では。

いとうその真面目さは、中学校のとき以前にももうあった、もう元からあるもの? ひいおじいちゃんの真面目さが来ちゃったんじゃない、これ?

寛太郎なんでしょうね。基本的には真面目な人間ではなく、不真面目に生きてきちゃったんで……さっきの入座の経緯からしてもそうなんですけど。

いとうまあ、そうなんだけど(笑)。

寛太郎でも、もしかしたら潜在的に、自分の好きなものに対して、興味のあるものに対しては……っていうのはあるのかも。

いとうだってすごいもん、そのストイックさって言ったら。

寛太郎まあ、楽しいですね。自分の体の反応が変わっていったりすると。

いとうああ、そうなんだね、やっぱり。

寛太郎はい。毎日やってて、「あ、できるようになってきた」って思っても、次の日はできへんかったりすると、「結局、できる日とできへん日あったら意味ないな」と思って、毎日できるように、むらをなくすにはどうしたらいいんやろうなとか。

いとうちゃんと考えてるわけだ。

寛太郎1人遊びですけどね(笑)。

いとういやいや(笑)。

かんたろうの取り組みにじっと耳を傾けるいとうせいこう

寛太郎器用な人は、それをなんとなくやってるんだと思うんですけど、僕は割と頭で理解できないと、動けない、というか動かないタイプなんです。それもあって、はっきり自分の中で「こうなんだ」って思いたいがために、わざわざ、きっと遠回りだろうと思いながらやってるっていう感じですよね。

いとうでも、それの効果がこれからもし出てくるとしたら、これは将来がすごい楽しみだよね。だって相当鍛えてるわけだからさ、長持ちしそうだもん、そのやり方。

寛太郎そうですね、年いったときにも対処できたりとか。あとは、これは僕らの仕事のひとつですけど、継承とか伝承っていうのがあります。「口伝」というと、すごくいい感じの言葉ですけど、感覚に頼っている部分がかなり多いなと。僕は、自分がそういう稽古をされてきたからそう思っていて。属人的で、再現性がすごく低いですよね。

いとうなるほど。

寛太郎特に今は、三味線聞いたことないですとか、そもそも楽器を触ったことないとか、古典芸能に触れたこともないとかっていう人が、当たり前に入ってくるわけですよ。

いとううんうん。

寛太郎そういう人たちに教えるのに、洋楽器はきちんとメソッドっていうのがありますけど、僕らはきちんと考えてきていないから、メソッドはないし、教科書もないわけです。

いとうそうなんだよね。

寛太郎でも、もしメソッドみたいなものがあれば、そういう人たちに1から、「あなたがやっているのはここが間違っているからこうなっているんですよ。正しいのはこういうやり方ですよ」って言ってあげることができる。再現性の高いやり方を僕たちが今考えないと、本当の意味での伝承はもう無理なんじゃないかなと。

いとうつながっていかないんじゃないかっていうことですね。

寛太郎はい。そういう意味でも、自分の経験が活きればいいんじゃないかなっていうのは思います。

いとうもはや流派を作ってるようなもんですよ、それは。

寛太郎まあ、そうかもわからないですね。


(つづく)

9月文楽鑑賞教室は9月10日(木)から20日(日)まで!(休演日:14日(月))

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