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吉田簑紫郎編(その3)
吉田簑紫郎編(その2)よりつづく
いとう名前がついたのが中3ぐらいで、なんて名前がついたんですか?
簑紫郎「簑紫郎」です。
いとうもうこのまんまだったんだ。
簑紫郎ずっと簑紫郎で、名前は変わってないんです。
いとうそうか、確かにそうですよね。襲名したわけじゃないし。で、もう中3で、ふわっと言われたんですか? 「お前、簑紫郎な」みたいな。
簑紫郎「どっちの漢字がええ?」みたいなのはありましたね。
いとうその「紫」が入ることなんか、ちょっと変わってますよね。これどっから来てる紫ですか?
簑紫郎まあなんかこう、色気があるとか、そんなんだったかなと。僕あんま覚えてないんですよね。でも、ほんまは師匠は「し」には「志」をつけたかったらしいです。
いとううん、普通はそっちでつきますよね。でも本人が嫌がった?
簑紫郎いや、なんとなく色ついてるのかっこいいなと思ったというか。それに、すでに「志」を名前に付けている方がいたんで。玉志兄さんが。
いとうああ、なるほど。で、名前がついて、それから……?
簑紫郎ちょっと親とバチバチなった。
いとうあ、どうしました?
簑紫郎「お前、高校行かへんのか。受験せえ」ってなって。まあ、全然勉強せんかったし、つるむ友達いったらみんなそんなばっかりやし。
いとうそんなって、どういうのですか?
簑紫郎すぐ学校に呼び出されるみたいなね。
いとうも、問題児だったんだ。
簑紫郎問題児でしたね。
いとう問題児だけど、一所懸命通ってなにかをしてる少年なわけじゃないですか。
簑紫郎でも、大阪公演ない時は劇場に行かないから。
いとうあ、そうか。
簑紫郎勉強するような友達はみんな受験勉強してて、ふらふらしてる友達は、もうふらふらしてるじゃないですか。
いとううん。それで大阪公演になると、いきなりもう真面目になる。
簑紫郎もう真面目な青年で。
いとうそこが二重になってんですね。面白いですよね。役の解釈だって、この役はこんな真面目なはずないだろうとかってこともあるし、それに通じるものもありそうだと、そういうふうに思えるじゃないですか。
簑紫郎はい。なんか二面性みたいな。
いとうそうそう。でも、何回もやめようと思ったっていうのは、それよりも後のことですよね?
簑紫郎後です。
いとうこの時はもう面白くて面白くてしょうがない。
簑紫郎とにかく楽屋はよ来て、勝手に師匠の人形持ったりとか(笑)。
いとうすごいなあ、持っちゃった(笑)。
簑紫郎兄弟子のとかも。今はもう時効やからいいと思うんですよ(笑)。でもそういうことも、ひょっとしたら今の若い子はしないと思うんですよ。
いとうあー、なるほど、なるほど。
簑紫郎昔、師匠とかも絶対やったはずですよ。
いとううんうん。実際に持ってみて、重さを知ったり、こないになってんねや、みたいなやつでしょ。
簑紫郎そうです。で、胴串の握るところの長さとか測って、ノートにメモって。
いとうあー。
簑紫郎人によって胴串の大きさが違うんですよ。
いとう違うらしいですね。それで「師匠のはこれなんだ」みたいな。
簑紫郎ほんま、ここ10年くらいでやっと気づいたんですよ。顔より胴串の方が大事なんですよ。胴串がどうにもならんと動かれへんのですよ。右向こう思っても、右向けないんですよ。
いとうそれは胴串がうまくできてないからですか? それとも自分に合ってないから?
簑紫郎合ってないと。例えば大きすぎると向いてくれないとか。
いとうえー。
簑紫郎女方なら肩が落ちてくれなかったりとか。
いとうそれはもう一番大事なとこと言ってもいい、色気がうまく出せないじゃないですか。そんな時はどうやって動かしてたんですか?
簑紫郎チョイの高さを、
いとうチョイって何ですか?
簑紫郎頷く仕組みのことですけど、そこを変えたりとか、持ち方を変えたりとか。
いとういろいろ工夫をしていたんですね。
簑紫郎工夫しました。
いとううーん、すごいですね。
簑紫郎最初はそれが胴串のせいなのか、自分の襟の着付けの仕方のせいなのか。
いとうそれは人形の?
簑紫郎そうです。着付けの仕方が悪かったのか、何が悪いかわからんかったです。
いとううんうん。
簑紫郎分からんうちにいじったら余計に変になってしまうし。
いとうその可能性もありますね。
簑紫郎それで最近、胴串の大きさ、大事やなと。
いとうえ、じゃあ簑紫郎さんの遣うやつは、胴串を変えてもらったりすることはあるんですか。
簑紫郎それはないんですけど、例えば「娘」のかしらの役が付いたときには、「あのかしら出してもらいたいな」みたいなね。
いとう「あれが使いやすいんだけどなー」ってことですね。
簑紫郎そう。だから自前のかしらも持ってるんですけど、それは師匠の胴串のサイズからちょっと削ったりした感じにしてます。
いとううんうん。
簑紫郎そういうの分かるようになって、師匠が亡くなる前なんですけど、師匠にご挨拶に伺いながら、ご自宅に飾ってあるかしらを持たせてもらって、写真を撮ったりもしました。すんませんって感じですけど(笑)。
いとうもう、お見舞いに行くっていう方が大事なのに、偵察ですよね(笑)。
簑紫郎で、かしら欲しいって思われるのも嫌やなって思ったんで、「写真いいですか?」って。
いとうああ、欲しいなんてことまでは言わないよと。
簑紫郎そうしたら、師匠が「出し、出し、持ってみ」って。
いとうで、持たしてもらったんだ。
簑紫郎心の中で、「ああ、ここ凹んでる」「こうなってんのか」とか、直に持てて、色々わかりました。「師匠、久々に持ちますか?」言うて、胴串握られましたけど、本当に晩年だったので、ままならなかったですね。
いとううーん。
簑紫郎それが師匠とコミュニケーションを取った最後でしたね。
いとうそうかー。
簑紫郎すいません、また中3に戻ります?(笑)
いとういやもう、中3の頃とあんまり変わってないだろうなっていう気持ちになってます。「この人変わらないんだな」って。
簑紫郎ま、親と大げんかして家出する言うて、それでまあ、もうしゃあないからってことになりました。
いとうまあ、好きなようにせえみたいなね。
簑紫郎父親はもう他界するまで、最期まで納得いってなかったですね。
いとうあー、そうですか。でも、観に来られた?
簑紫郎来てましたけど、なんか面白くないな、最後までこれやるのか、みたいな。
いとうあー。
簑紫郎母親はもう諦めてたんですけど。おそらく自分が連れて行ったってことで。
いとうまあそうですね。そうやって色々やってたけど、いつ、一番最初にやめようと思ったんですか?
簑紫郎20代の半ばぐらいですかね。
いとうそれ、なんでなんですか?
簑紫郎修業は「足遣い10年、左遣い15年」っていうのが、よく言われてますけど、全然そんなことなかったですからね。
いとうえ、ずーっと足ってことですか?
簑紫郎もう全く足遣い卒業できる気配ないなっていう。
いとううーん。
簑紫郎10年目ぐらいからは、師匠がちょこっと左を遣わしてくれたりとかしてたんですよ。それはすごく嬉しかったですね。でも、足遣いを卒業するっていう気配は全くなくて、そこから、倍以上、足遣いやりましたから。
いとう20年?
簑紫郎正式には結局38歳まで足遣い。
いとううわー、厳しいなー。
簑紫郎で、今度も同じような感じで、左遣いやってきて、勘十郎兄さんの左、卒業さしてもらった、と思ったら今度は玉男兄さんの左ずっと持ってるんですよ、ここのところ。
いとうあー、そうなんだ。
簑紫郎いや、一門じゃないのに遣ってくれるの、すごく嬉しいですよ。
いとうまあそうだよね。
簑紫郎こんなんでも頼っていただいてるのかなって。
いとううんうん。でも、主遣いのところに行かないと、最後の醍醐味が待ってるわけだから。僕もお手伝いさしてもらってるあの『曾根崎心中』、あそこでは主遣いをやってるわけじゃないですか。でも要するに本拠地に行った時にっていうことですか?
簑紫郎本公演ですよね。和生兄さん、勘十郎兄さん、玉男兄さん、こういった皆さんが、今の自分のキャリアの時に何をやってきたかっていうことは常に意識してます。30代40代の頃からずっとそうです。
いとううんうん。
簑紫郎ただ、持ってないから、同じようにはできないですよね。うん。
いとうあ、持ってないって、人形を持ってないからってことですか?
簑紫郎それはもう言い訳にしか聞こえへんようになるから、あまり言いたくはないんですけど、でもやっぱり経験値って大事です、本当に。
いとうで、その足遣いが長い時にもうやめようって思ったんですか?
簑紫郎思いましたね。
いとううーん、さすがに20年までになるとそうですよね。
簑紫郎「あ、これはもう主遣いになられへんわ」と思って。でもね、今やからこそ言えるんですけど、その足遣い長かったから、色んな人の色んなやり方、色んな芝居を覚えました。変な言い方ですけど、もう嫌でもサボられへんっていうか。誰かしらの足には入ってましたし。師匠はもちろん、文雀師匠、和生兄さん、勘十郎兄さん、玉男兄さんの足にも行きました。なんかもう常に舞台にいてたっていうのが結果良かったって、今やから言えます。
いとうやっぱり足遣ってて、全然違うんですか、主遣いによって?
簑紫郎違いますよ。「こんなに楽なんて」って思うこともあります。
いとう同じ芝居なはずなのに。
簑紫郎例えば、玉男兄さんは構えが、ガーッとすごいんですね。
いとうしっかり立ってるんだ。
簑紫郎人によって微妙に構えの位置が違いますけど、それによって足遣いの入るスペースが決まってくることもあって、足も遣い方が変わってきますよね。
いとうどっしりしてれば助かるってことですか?
簑紫郎そうですね。
いとう揺るがない?
簑紫郎というより、足遣いがどこまで体を突っ込むかが変わるんですね。例えば、こんな構えだと……。
いとうああそうか、主遣いの肘が少しでも前に行ったら、その分もちろん足は前に出なきゃなんないから、突っ込んでいかなきゃいけないっていうことだ。
簑紫郎そう。いいか悪いかは別として、主遣いによって、足遣いとしても自分の構えが変わってくるんですね。そういうのもまた1つの勉強で、「あ、こういう構えになると、ひと回り大きいサイズ感で見えるな」とか。
いとう広がって見えるっていうか、膨らんで見えるっていうのか。
簑紫郎ですね。
いとう太夫の言うところでは、息をすごく太く使ってるとかって言うじゃないですか。それの人形版ですかね。
簑紫郎そういうことだと思います。
(つづく)
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(休演日:18日(月))
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