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吉田簑紫郎編(その4)
吉田簑紫郎編(その3)よりつづく
簑紫郎あとは、もうほんまに名人の人たちは、遊ぶっていうことの延長線上に舞台があった、ってことも感じましたね。
いとううん。
簑紫郎先代玉男師匠は、「人形やから別に全部リアルじゃなくていいんや」って。「人形らしいぎこちなさから、バッと見せる。これが文楽のええとこなんや」と。
いとううわー、面白いことおっしゃってますね。
簑紫郎それがね、昔の映像を見たらやっぱりすごい。
いとうどんなところが?
簑紫郎変な遣い方って言ったらまた怒られるんですけど(笑)、人形の姿勢みたいなのが、崩れた瞬間に、バシーンてこう立ち上がる。
いとうへー。
簑紫郎映えるっていうか、その魅せ方がめちゃくちゃ面白い。
いとう人間じゃできない動きを、逆にやってるんだ。
簑紫郎そうそう。だから文楽は、そこが面白いんやって話になる。
いとうやっぱりどうしても、リアリズムみたいな頭が現代人はあるから、人形を人間のように遣おうとする、と思うんですけど、それじゃあもう面白味ないじゃんって言ってるんですね。
簑紫郎僕なんかがまだまだこんなこと言ったらあれなんですけど、その一線越えたところにこそ、天才的な煌めきがあるんじゃないかなとか思いますよ。
いとうあー。
簑紫郎絵で言ったらピカソだって、まともな絵描いたわけじゃないですか。
いとうもうそうですね。
簑紫郎究極があれですよ。同じやなって僕は思うんですよ。
いとうああ、なるほど。そうか。
簑紫郎僕も10歳で、初めて文楽をテレビで観て、生でも観に行った。観に行ったけど、聴きに行ったっていう感じですよね。
いとううん。
簑紫郎ちょうどね、『ひらかな盛衰記』の「逆櫓」やったんですわ。なんや、太夫さんがえらい力入れて「ヤツシツシ ヤツシツシ ヤツシツシ ヤツシツシ」って語っていて、それから目離せなくて、僕は一体何を見に来たんやろうって。
いとううーん、人形を見に来たはずだったのに。飲み込まれたんでしょうね。
簑紫郎衝撃でしたね。うん。
いとう全体的にこの人形浄瑠璃にある、なんか、トゥーマッチなところですよね。なんじゃこりゃっていう。
簑紫郎そうですよね。
いとうそんなに笑うかっていうのもあるし。人形たちが、ピョーンってすごく飛び上がったとして、「そんなに飛び上がっちゃったらリアルじゃないじゃん」とか言われても全然平気ですもんね。
簑紫郎平気で娘の首斬ったりとかね。すげーなってなりますよね。
いとうそうそう内容もね。芝居によっては息子の首を渡してたり、見せたりして。そもそも異常ですもんね。
簑紫郎いやー、ほんまにもう何を観に来たのか分からんっていうぐらいの衝撃がありますよね。僕、映画でもなんでも、1回観て分からん映画ってリピートするんですよ。
いとうあ、何回も観るんですか。そうなんだ。
簑紫郎だから何度も観て、色んな見え方を楽しみたいっていう、マニアックなところがあるんです。
いとうで、そういう簑紫郎さんに、俺が聞きたかったのは、立役もやられるわけだけど、女方でやっぱりすごい技を見せてっていうか、存在感を見せてると思うんですけど、人形遣いにも女方がメインになる人とそうでない人がいるわけですよね。最初、女方にいったのはどんなだったんですか? 何を遣った時とか。
簑紫郎あ、僕はどちらかというと立役が好きなんですよ。
いとうあ、そうなんですか?
簑紫郎そう。立役やりたいんですよ。今のお客さんも知らない方も増えたんですけど、もちろん、うちの師匠、簑助だったら女方のイメージだと思いますけど。
いとうそうそう、そうなっちゃう。
簑紫郎立役いっぱい遣ってきたんですよ。僕、師匠の立役がすごい好きやったんですよ。
いとうあー、なるほど。
簑紫郎『冥途の飛脚』の忠兵衛とか、『心中天網島』の治兵衛とか。
いとううんうん。
簑紫郎それこそ、時代物で言ったら、『伊賀越道中双六』の「沼津」の十兵衛、『祇園祭礼信仰記』「金閣寺」の東吉とかもされてましたし。やっぱり立役遣ってもどこかしらに色気があって、『女殺油地獄』の与兵衛なんか、妖しい色気がもうもんもんと出てるんですよ。そういうのがすごく好きですね。
いとうでも、女方の役はもちろんやるでしょ?
簑紫郎それはそうですね。立役が好きとは言いながら、女方ももちろん好きです。
いとうある意味、女方がよくできる人は、その色気がこう立役にも入ってくるというか、そういうことはあるんですかね。
簑紫郎まあ、いいところでそれが出たらいいなって。
いとううんうん。それぞれの遣う人によって、持っているもんが出てきて、それもまたそれぞれ人によりけりで、その持ち味みたいのが出てきて、それによって配役されるんですか? どうなってるんですかね?
簑紫郎その辺、あんまりわからないです。僕個人では、去年は1年通して、ほぼ立役でした。12月の鑑賞教室では女方やったんすけど、最近は「寺子屋」の松王丸とか、『夏祭浪花鑑』の団七とか。
いとううんうん。
簑紫郎文七(のかしら)系の役もさしてもらってるし。師匠が病気される前、言われてたのは、一緒に飲んでる時だったと思いますけど、「人形遣いは人形遣いや。なんでもやる、やるのが人形遣い。私らは生涯人形遣い」と。
いとううーん。
簑紫郎それだから先代玉男師匠と、文雀師匠も、立役も女方もどっちも面白かったですよね。
いとううんうん。
簑紫郎先代玉男師匠の女方はまたうちの師匠とはもう違って、なんて言うか、かっこいい女方やったんですよ。
いとう「かっこいい」ってのは……?
簑紫郎口で説明できないです。
いとう意地のあるっていうか、きちんとしたというか、そんな感じ?
簑紫郎ですね。もちろん色気もあるんですけど、なんか、どっちか言ったらこう、あの、立廻りするような、女方なんかはめちゃめちゃかっこ良かったんですよね。
いとうはあ……それはどこが違うんですかね?
簑紫郎それを研究してるんですよ。
いとういまだに。
簑紫郎そう。
いとう昔の映像なんかも観ながら。
簑紫郎今度4月公演では(『ひらかな盛衰記』の)お筆をやらせてもらうんですけど、あの役に似た、先代玉男師匠が遣った女方の映像を取り出して、どういう感じの振りやったかなみたいなのを研究して、そこにこう、混ぜて……、
いとう自分なりのをね。師匠、先輩のやり方をそのままやる気はないということですかね?
簑紫郎そのままってのはできないですから、やっぱり。
いとうできないというのは、動きがですか、それとも何か別の?
簑紫郎やっぱり先代玉男師匠の作品なので、あのかっこよさができるまでに何十年もの過程があったってことですよね。だからあくまでも研究として観てる感じです。
いとう常に今は、自分のやり方でしかできないですもんね。
簑紫郎そう。だから、玉男師匠の足の運びとか、体の運びなんかをちょっとこう真似したりとかもね。
いとうなるほどね。じゃあ大体愚痴以外のとこは聞いたんで(笑)、どうすればいいんですかね。だって大事なことじゃないですか、これからどうすればいいかって、
簑紫郎結局、色んな人と本公演以外にさせてもらったりとかですよね。(尾上)右近さんと、歌舞伎とやったりとか。
いとうそうね。ケンケンもそういうチャレンジを好むタイプだし、いい刺激でしょうね。
簑紫郎とにかく楽しもうと思って。自分がやりたいことを楽しまんと損やなって。
いとううん。
簑紫郎もう文句ばっかり言ってますけど(笑)。
いとう状況の方から変わってくれるわけではないわけだからね。
簑紫郎そうですね。好きで入った世界ですけど、楽しいことなんて10あるうちの1か2ぐらいですよ。でも、その1か2をどう工夫して膨らまそうかなって。そういうところで楽しみながら、改めて文楽の良さっていうものを再認識して、意識して本公演頑張ろうって思ってます。
いとう右近君との競演っていうのは、右近君の方から話が来たんですか?
簑紫郎そうです。彼が「研の會」で、彼自身も立役やりたいけど割と女方が多かったりしたじゃないですか。
いとうイメージがそういうふうになってるから。
簑紫郎で、一緒に話してたら同じ境遇やねみたいな話になって、与右衛門とかさね、打って替えで『かさね』をやることになりました。
いとう「打って替え」って説明お願いします。
簑紫郎昼の部は僕が人形で与右衛門で、右近さんがかさね。夜の部は僕が人形でかさねやって、右近さんが与右衛門やってみたいな。
いとう面白いことしましたよね。
簑紫郎あれは面白かったです。
いとう俺ちょっと観に行けなかったけど、人形と実際の歌舞伎役者はやっぱり一緒に板の上に立つべきだなって思ってて、新作書きたいなってずーっと人に話してたんですよ。やっぱりどっちが人形か分かんなくなるような瞬間はたまらなくいい。
簑紫郎サイズ感違うんですけど、その違いを合理的に見たり、捉えたりすることから徐々に外れてくるんですね。
いとうああ、なるほど、なるほど。
簑紫郎だから、人形か人間かっていうところが、自分でも、
いとうあ、やってる方もわからなくなっちゃうんだ。
簑紫郎そうですね。なんか、そういう物理的なそういうものを超越したところで芝居してるなっていうのはすごい面白かったです。『かさね』は今は文楽にないんで、人形振りに再構築して、それをメモして、デッサンして大変でした(笑)。
いとうあ、全部最初っからだったんだ?
簑紫郎藤間の御宗家は何もおっしゃらないのですよ、これが(笑)。
いとうそうなんだ。
簑紫郎「簑紫郎さん、文楽らしく振りを考えていただければ」とか、「廻るだけで」とか。
いとう一回ちょっと踊って見せてくれるとかね。
簑紫郎そうです。もう気分的にはかなりしんどかったです、ほんまに。えらいの引き受けたな思うて。与右衛門かかさねか、どっちかやったらまだええんですけど。
いとう2役あるから大変だよね。でもまたやるでしょ、この企画は?
簑紫郎やりたいですね。
いとうやっぱり発見がすごくあっただろうなって思いますよ。
簑紫郎ありましたね。『かさね』も、色んな人の組み合わせの映像を揃えて、例えば(片岡)仁左衛門さんと(坂東)玉三郎さん、亡くなった(四代目中村)雀右衛門さん、(十八代目中村)勘三郎さん、(十代目坂東)三津五郎さんのとか、ほんと色々観て、ものすごく面白かったです。
いとうあれは映像になってるんですか?
簑紫郎DVDになって販売されていたみたいです。
いとうそういう形で残していかないとね。簑紫郎さんがやってること、チャレンジを。
(つづく)
5月文楽公演は5月25日(月)まで!
(休演日:18日(月))
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