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国立劇場
いとうせいこうによる 文楽の極意を聞く

吉田簑紫郎編(その2)

吉田簑紫郎編(その1)よりつづく

いとうその時、楽屋に遊びに行き始めた時はどこに住んでたんですか。

簑紫郎京都です。

いとう京都から大阪まで、もうしょっちゅう行って。

簑紫郎で、その次の大阪公演ぐらいからだったかな、師匠が自分の黒衣をくれたんですよね。まだ背が低かったんで、絡げてもらって。

いとううんうん。

簑紫郎それで、まあなんか、人形遣いになった気分で(笑)、もう舞台に。

いとう出たんですか?

簑紫郎いや、出てないです。(舞台の)袖とかにいました。

いとう小道具渡しに下から這って行ったり、みたいなことも?

簑紫郎そんなのとか、小幕開けたりとか。

いとううんうん。

簑紫郎あとは楽屋で師匠の着物畳んだりとか、お茶出したりとか。

いとうそれは中1、中2とか?

簑紫郎そうですね。で、中2ぐらいの時に、袖で見てたらいきなり師匠が「おい、足、足持て」って。

いとう嘘でしょ?(笑)そこで足遣い?

簑紫郎そう。だから初舞台は14歳。

いとうええ、すごいなあ。

文楽劇場に出入りするようになった時の思い出を語る簑紫郎

簑紫郎よくわからんけど、こんなんしてたらいいんかな、みたいな。

いとう歩いてるみたいに見えるかなと。

簑紫郎いや、止まってるんですよ、師匠。

いとうそうなんだ。

簑紫郎止まってるのに、ずっと僕、こうやって……、

いとう動かしちゃってたの?(笑)

簑紫郎はい(笑)。『女殺油地獄』の与兵衛でした。「豊島屋」で、母親とお吉の会話を盗み聞きする場面で、すっと出て、すぐ引っ込むいうところでした。

いとうやっぱりこう自分というものを示したくてこう、動いちゃうもんですか?

簑紫郎盗み聞きしてるのに、ずーっと足だけこう動いてる(笑)。

いとう変だよね(笑)。

簑紫郎お客さん、もちろん師匠を見てんですけど、なんだか自分だけ見られてる感じがして……。

いとうもう汗びっしょりみたいな感じで、

簑紫郎ドキドキしましたよ。

いとうその時、もう気持ちは入れようっていうふうに思ってるんですか?

簑紫郎いやいや、そんなんはないです。なんか動かさなあかん、ってそれだけです。

いとうあー、生きてなきゃいけない、みたいな感じで。ほんでまあ、舞台から帰ってきて、簑助師匠はなんか言ったんですか?

簑紫郎いや、なんも言わないです。

いとうなんも言わないで、簑紫郎さんは楽屋に戻って、「さっき俺出たなあ」みたいな。

簑紫郎「あれで良かったんかな?」みたいな。

いとうすごいデビューですね。

簑紫郎まあでも、昔はそんな感じですよね。

いとうそうなんですか?

簑紫郎別の一門のお師匠さんでも、「おいボン、ちょっと持つか?」みたいな。

いとううわー。

簑紫郎そんなでしたね。

いとうそんななんだ。

簑紫郎はい。

いとういいなー。

簑紫郎なんかね、遊んでくれましたね。

和やかに笑いも交えて話し合ういとうせいこうと簑紫郎

いとうでもその遊びがもう、稽古になっちゃうんですもんね。

簑紫郎そうそう。なんか舞台やるのも、そういうことの延長みたいな。型にはまってやってるんじゃなくて、ある程度は芝居を自由に楽しむっていう感じが、昔はすごくあったなって思います。

いとうやっぱりそういうジャズ感がありますよね。「プレイしてみろ」「お前もちょっと弾いてみろ」みたいな。

簑紫郎で、ずれてるんですけど、だんだん合ってくるんですよ。僕も中3ぐらいで、動くようなところの足とか、立廻りとかさしてもらってました。そういう時に動きがはまってくると、まあ、師匠は気持ち悪がったかもしれないですけど(笑)、自分の中で、「あ、なんか、形になってるんちゃうかな」って。

いとううんうん。

簑紫郎この役らしく、ちゃんと動けてるんちゃうかなみたいなね。

いとう左だったらちょっと変な動き方してたら、お客さんからも見えやすいけど、足だと少し妙な動きしてても、そんなに見えないというか。

簑紫郎そうですね。でも、その辺もなんかやっぱ師匠がフォローしてくれてましたよね。ちょっとずれたら師匠の方が合わしてくれたりとか、

いとうなるほど。

簑紫郎太夫三味線で言ったら、引っ張ったり縮めたり、みたいなやりとりがあって、

いとう戦ってますよね。

簑紫郎そんなんがあるじゃないですか。人形も三人遣いなので、例えば僕がちょっと左出すのずれたりしたら、主遣いがそれに合わしてくれたり。

いとうもう体の向きが変わっちゃってたりしてても、それはそれでありだな、みたいな。

簑紫郎「んん?」って言いながら、それに合わしてくれて、ちゃんと振りになってる。僕なんかが左行ってても、毎日、昨日と違うやり方とかを研究しながらやるわけじゃないですか。

いとうあ、そうなんですか、簑紫郎さんそういうやり方なんですか。

簑紫郎いやだって、今でも勘十郎兄さんでもそうやし。簑助師匠もそうやったし。

いとうえー!?

簑紫郎もう何十回遣ってる役でも、毎日何かこう考えながらやってますよ。

いとうなにかしら実験してるんだ。

簑紫郎なんかやろうとしてるなっていうのを感じて、それに合わして、こっちもこうしていく、みたいな。

いとううわあ。

簑紫郎だからずれたりとかするんですよ。

いとうそれはそうでしょ。でも、全員のプレイは揃ってるっていう、

簑紫郎揃っていくんですよ。そんななんで、ずれたことで怒られたりはしないですよね。逆に言うと、毎日同じことして、工夫もなんにもなく、突然違う振りをバッとやったりとかして、ついて行かれんようになって、動かれへん方がめちゃくちゃ怒られます。ボーっとしてるから。

いとうついて来れないんだってことだ。

簑紫郎だから、絶対に気抜いたらあかんのですよ。当たり前ですけど。

微笑みをたたえながら話に聞き入るいとうせいこう"

いとううんうん。それをそれぞれの人形でそれぞれやってるわけだから、当然こっちの人形が何か違うことをやったのが伝播して、こっちの人形の解釈が変わってもおかしくもなくって、それが面白い。

簑紫郎キャッチボールをする感じですよね。

いとう無言で。

簑紫郎あっちはこうしたら、こっちはこう応える、に対して、こっちはこう動くみたいな。

いとうそれをお客の側がどう感じ取るか、どう見て取るかも問われてるんですもんね。

簑紫郎そうですね。それもやっぱり、ちゃんと固まった基本技術がないとできないです。僕らなんかも主遣いやってて、慣れてる左遣いの人が来たら、ふっと「今日ちょっと、角度こっち向いてやってみようって」って思ったりします。

いとう本番の最中に思いついちゃうんですか?

簑紫郎やってる最中に。

いとう動いてても?

簑紫郎「あ、こっちの角度で見せた方が、性根伝わりやすいかな」とか。それを受けてくれる左遣いとか、足遣いが来てくれる時はそういうことができるわけですよね。

いとうそれは簑紫郎さん、師匠たちがそうだったから、それでいいっていうことでやってるんですよね?

簑紫郎みんなそうでしたよね。

いとう今は減ってるんですか、そういうの?

簑紫郎うーん。

いとうアドリブ、ちょっとした思いつきみたいの。

簑紫郎うーん、減ってるかもしれませんね。

いとうそうすると割と教科書どおりにやってしまう。

簑紫郎そうですよね。昔はもっと遊んでた、いい意味で。

いとう大事、大事。

簑紫郎で、それを楽しんでるから、お客さんが楽しめるわけですよね。

いとうそれはまあ、確かにそう。

簑紫郎師匠なんかもちょっと脇の役だったりすると、どうやるのか、それが楽しかったんやと思うんですよ。

いとう僕も能の謡を10年ぐらい習ってて、ワキの師匠がよく「昔のシテは本番で変えてきたんですけどね」って言いますね。

簑紫郎多分同じやと思います。

いとう何か思いついて違うやり方しても、ついて来れないって。やっぱり、そうなっちゃってるんですかね、古典芸能自体が。

簑紫郎まあ、全体そうなってるんですかね。古い映像とか掘り出して見たりするんです。

いとううんうん。

簑紫郎モノクロ時代のとかを見てても、ビデオでも分かるぐらいですよ。「あ、これアドリブで遊んでやってるな」みたいな。

いとうああ、違うんだ。

簑紫郎「やろうとして噛み合わへんな」とかもわかります。

いとうはいはいはい。こっちが飛び出してて、みんながついていけなくなっていることがわかるけど、それが面白いんだよって。

簑紫郎面白いんですよ。

いとうだよね。

真剣な眼差しで語る簑紫郎

簑紫郎だから常にこう変化を求めてるっていうか、マンネリが一番良くないですよね。

いとうそうですよね。

簑紫郎うん。

いとうそれは素晴らしいし、そのとおりだと思います。

簑紫郎だからそういう、昔の「遊び」を取り戻すみたいなことを……、

いとうそういう会をやってみたらどうだろう?

簑紫郎やろうとしたけど、まあ自分の力では、もうどうにもならんなっていう。でも、僕は外からいろんなお仕事をいただけているのはありがたいことです。

いとうそう、簑紫郎さんはいろいろな人と組むことをやってるイメージ。

簑紫郎そんなんでも、自分がやりたいことじゃないことは、お断りしてるんです。

いとううんうん。

簑紫郎僕がやりたいことっていうのが、多くのお客さんには受けないかもしれない。でもやっぱり、自分がそれをやりたいと思ったらそれをやる。

いとうやる。でも本当は、文楽の本公演でそれをやりたいわけでしょ?

簑紫郎まあ、「この芝居なら、やっぱりこの役やりたいな」っていうのはありますよ。

いとうで、違うやり方、「あの人は違うやり方やったなあ、面白かったな」っていうのでやりたい。

簑紫郎そう。「このお師匠さんは、こういうやり方だった」っていうのを、若い人は知らんから、そういうことを、

いとう見せてみようかなみたいな。

簑紫郎そうです。だから興味ある後輩と話してるとほんと楽しいんですよ。

いとううんうん。

簑紫郎例えば「文雀お師匠はんはこんなやり方やったで」「へえ。俺もちょっと見てみます」みたいな。でも、今それをそのままコピーするのは面白くないから、そういうのを応用して、こういうやり方もあったっていうのを、表現できたらいいなって。

話が進まないことに思わず笑ういとうせいこう

いとうちょっと話がまた元に戻るけど、まだ中3ぐらいしかいってない(笑)。

簑紫郎はいはい(笑)。

いとう中3で「ちと、足やってみろや」なんて言われてる時にはもう名前ついてるんでしょ?

簑紫郎中3の終わりぐらいで名前いただいたんですよ。

いとうそれはもうさっきのちょこっと足を動かした後のことだ。

簑紫郎そうです、そうです。

いとうじゃあ動かした時は誰でもないっていうか、普通の中学生のまま、本名ですよね?

簑紫郎本名でしたけど、一応研究生にはなっていました。研修生ではないんですよ。

いとうあ、違うんですか?

簑紫郎僕は直接師匠のところに入ってるんで、

いとうそうか、国立劇場の研修制度にいたわけじゃないんだ。

簑紫郎そうじゃなくて、もう、あの、師匠に直接入門した形だったので、そういうケースだと研究生になるんです。


(つづく)

5月文楽公演は5月25日(月)まで!
(休演日:18日(月))

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※残席がある場合のみ、会場(シアター1010)にて当日券の販売も行っています。

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