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国立劇場
いとうせいこうによる 文楽の極意を聞く

鶴澤寛太郎編(その1)

左:いとうせいこう、右:鶴澤かんたろう

いとう僕は寛太郎くんが最初に舞台に立った頃をもちろん拝見してますけど、「あれ?」と驚いたよね(笑)。小さい子が出てきたなと。中学生でした?

寛太郎そうですね。初舞台は中学1年生でした。

いとうその小さな子が一番上手の、ほとんど観客の方に突き出る岬の突端にいるみたいなイメージで、こんな若手が文楽の世界に行くんだなあと感慨深いものでした。あのぐらいの年でのデビューはみんなやってるんですか?

寛太郎いや、そうでもなくて、僕がデビューした時は、(鶴澤)清治さん以来って言われましたね。

いとうああ、そうだったんだ。清治さんも中学生くらいで?

寛太郎清治さんは8歳だったかな。

いとうええ?! そんな年で舞台の上にいた?

寛太郎はい、残っている写真を見ると三味線を抱えるように構えていて、(棹の上部の)音締に手が届かないんで、横に座っている三味線弾きの方が調整する、みたいな話を聞いたことありますね。

いとうはあ、そうなんだ。そして、それ以来って感じだったんだ。

寛太郎そうらしいです。

いとうでもさ、その年で堂々としてたから、これはどういうことなんだろうと思って。

寛太郎祖父の襲名を期に舞台に立たせてもらったわけですけど。

いとうあ、そういうことだったんですね。

寛太郎はい。祖父の当時の立場があったから、出演させてもらったんだと思うんですけど。

いとう寛治師匠の襲名?

寛太郎はい。鶴澤寛治襲名ですね。(竹澤)団六から寛治になる襲名でした。祖父を師匠に、自分は「鶴澤寛太郎」になりました。

いとうその時にね。

寛太郎はい。

なごやかに話を聞くいとうせいこう

いとうその経験はいいことだったんですか? 悪いことだったんですか?

寛太郎うーん。個人的には良かったなと、今となれば血肉になってるとは思ってます。けど、当時はもう嫌なことの方が多すぎて(笑)。

いとうどういうことですか?

寛太郎まず、大阪の公演しか出演しないっていう特殊な契約をしてもらって。

いとうなるほど、そうだったんだ。

寛太郎はい。襲名の時だけ、大阪と東京、あと南座もあったかな。

いとううん。うん。

寛太郎その時だけ大阪以外にも出してもらって、それからは全部大阪公演でした。大阪も年4回公演がありますけど、役が付けば出る感じで、全部に出るわけじゃない。

いとうああ、そうなんですね。

寛太郎祖父も忙しいですから、稽古してもらうこともどんどん減っちゃうし、そうかと思ったら学校は同じタイミングでずっと休み続けるので、中間テストからは1回も授業を受けずに、期末テストに臨むみたいなこともあり、あとは遠足とかの行事にはほぼ出られずでしたね。

いとう子供としてはきついよね。

寛太郎はい。あとは、祖父は祖父で、「自分の師匠の手伝いだけしていればいい」っていう考え方で、「お前は子供やし、なにも出来へんねんから」って言うんですけど、周りは当然「若手やねんから、こういうこともやらなあかんよ」っていうので、どっちの言うことを聞けばいいのか……そもそも楽屋内でのルールを教えられてないんで、よく分からないんですよね。

いとうそれ、苦しいじゃん。

寛太郎そうなんです。劇場にも学校にも、どちらにも居場所がなくて。でも公演に出演するってなったら、おそらく劇場の方達は労働基準監督署とかにも行って調整してくださってたと思いますし。それで役を変えたりっていうのもあったでしょうし。

いとううん。

寛太郎本当に周りの人に無理を強いることで、どんどんやりたくなくなってくるっていう。あんまり良い環境ではなかったですかね。

いとういやあ、すごいところをくぐり抜けてきましたね。

寛太郎そうですね。

いとうでも、厳しい状況でも続けてきたってことは、やっぱり実力はあったっていうことでしょう。

寛太郎いやいや、辞めるって言えなかっただけで(笑)。

いとうそうなの?

寛太郎そうなんですよ。僕、中卒で文楽に入るって言ったんです。もう学校に居場所もないし、高校に行っても勉強する気もないからって言ったんですけど。当時、NHKの密着のドキュメントが入ったりとかしていて、なぜか流れで、祖父も親も、「高校ぐらい今時行っとかんと」みたいになったらしく、なんとなく高校へのルートを敷かれてしまったというか。それで、高校行くなら、一旦休むか辞めるかしたいと思ってたんですね。

いとううん。

手振りを交えて話すかんたろう

寛太郎でも、なかなか言われへんなと思ってたら、ある日、「あの子には難しいかな、と思ったけれども、中学3年間続いたからもう辞めるって言えへんやろ。安心したわ」って祖父が言うのを聞いてしまったんですよ。

いとうああー(笑)。

寛太郎ってなると、もう今更辞めるって言えないみたいな。

いとう寛太郎くんは人がいいな。

寛太郎勇気がないんですよね。それでも辞めてやるっていう勇気が。

いとうでも、確かに辞めた後、その先がわからないんだもんね。

寛太郎そうなんですよね。

いとう見えないんだもんね。他にやりたいことあるならいいけど。

寛太郎そうなんですよ。高校に行きたいわけでもないし、他になりたい職業も明確にあるわけじゃないし、っていうので、なんとなくずーっと居続けちゃったみたいな。

いとう面白いな。でもそれはやっぱり文楽という世界の面白いところがすごく出てると感じていて、寛太郎くんは寛太郎くん独自の、文楽に入るいわば「血」のルートがあるじゃないですか。

寛太郎はい。

いとう文楽はあくまで実力の世界だと思うんだけど、その中に「血」の問題もあって、結局は「どっちなんだ?」みたいのがあるじゃない?

寛太郎そうですね。

いとう逆に言うと、文楽はそれがどちらもあって自由だな、すごく複雑で奥深いなと思うけど、でもその狭間に、挟まれた身になってみろよっていう話だよね。

寛太郎そうですね。おっしゃったように、ルートがいっぱいあるのは僕は大事だと思っていて、例えば、過去に対談されてる勘介は家の子じゃないですけど中学校を卒業したぐらいで飛び込んできた。そういうルートがあるのはすごく良いと思うんですよ。

いとううん、そうだね。

寛太郎もちろん研修制度があるのはいいと思うし。なんて言うか、選んだルートによってすでに人生が決まってしまう場合もあって、それが本人に合わない可能性もある。いろんなルートで入れる可能性があって、それを受け入れる、育てるような土壌があってもいいですよね。

いとうはいはい。

寛太郎ルートの途中が合わないこともある状況で、スタートラインに立つぐらいまで各ルートの情報がきちんと整理されていればいいんじゃないかなと。

いとうやり方を色々準備しておいて、それぞれの人が「あ、違うな」ってなったら違うものがあって。みたいな?

寛太郎そうですね。その方が良いかなと僕は思ってます。僕のように、いわばおかしな入り方をした人間の時はこうでしたよ、それがいかにイレギュラーだったかっていうことも含めて、広く知ってもらうのもありですよね。

いとううん、大事かもね。

寛太郎一般的に言えば勘介みたいな入り方は、ひとつの希望でしょうし。

いとうそうですよね。「じゃあ、僕も」ってことにつながりますもんね。

寛太郎はい。研修生は2年間ありますから、志望部門が決まっていない人や、じっくりやりたい人にとっては適してますよね。ただ、初めからやりたいことが決まっている人にとっては、ちょっと長いかな。言ってしまえば一直線に行けないので、やらなくていいことも多いかな、という気もします。

文楽の世界へのルートについて質問するいとうせいこう

いとううーん、なるほど。すでに知ってることをもう1回やんなきゃいけないとかっていうこと?

寛太郎例えば、勘介が研修生で入ってきたとして、「絶対人形やります」って決めてきちゃってるから、極端な言い方ですけど、太夫と三味線の授業はほぼやる意味ないですよね。

いとうなるほど、なるほど。

寛太郎太夫や三味線をやりますって決めている人は、人形遣いの修業をやる意味はないかなと。一方で、研修生だと、人形遣いの希望者は2年目に実際に舞台で研修ができるんです。でも、太夫や三味線はそれができない。

いとうあー、そうか。

寛太郎結局は稽古場での稽古だけになってしまうんですよね。それが果たしていいことなのか……。

いとうお客さんの前でやった方がいいんじゃないか。

寛太郎そうですね。もう少し何か手伝ってみるとか、発表の場があるとか。漫然と稽古するだけで、発表の場がない稽古することがいかにしんどいかを僕は知ってるだけに、そう考えてしまいますね。やっぱり人前での発表の場があると、稽古でも身の入り方が全然違うんで。あとは、子供で入ってきた子は、さっさと舞台に上げて名前もつけて。

いとううんうん。

寛太郎名前もらって舞台に出たとしても、もし合わへんかったら辞めたらいいと思うんですよ。進学や就職をしてもいい。そんな新陳代謝があっていいと思うし。もし肌に合って残ってくれるなら、

いとうそれはそれでいいよね。

寛太郎今の僕みたいに、長くやっていることっていうのは単純にメリットなので。

いとう早めに入れば、その分の稽古もあるし、その分の経験もあるってことですね。

寛太郎そうですね。はい。

いとう文楽の人たちにね、こうやって話を次々聞いていくと、みんなすごくバシバシ意見を言うんだよね(笑)。

寛太郎そうかもしれません。

いとう他だとさ、なんかこう師匠を気にしてとか、会社の中であの人が気になってとかってなりやすいのに。これやっぱり大阪ならでは? どういうことなのかな。

寛太郎不思議ですよね。

いとうとてもいい。僕は素晴らしいことだと思う。

寛太郎でも過去にこの企画で対談されてる人で言えば、大阪の人は半分くらいですかね。勘介も関東ですし、呂勢さん、千歳さんも関東ですよね。

いとうそうだよね。そうか、じゃあ違うか。

寛太郎なんでそうさせるんでしょうかね。芸として独立してるからですかね、それぞれが。

いとうだからこそ、それぞれが言い合えるってことになるのかな。

寛太郎はい。

質問に対して率直に答えるかんたろう

いとうそれは同じ三味線の人にも、それ以外の太夫、人形遣いにも何か言ったりってことはあるんですか?

寛太郎太夫は特に密接に関わっているんで、お稽古ではもちろん、いっぱい言うことはありますよね。

いとううん。

寛太郎人形遣いさんとは、古典演目をやる上で、合わせるっていうことが基本ないですから。

いとううん、そうだよね。

寛太郎だから、普段、細かい話をすることはあんまりないですけど、例えば飲みに行ったりしたら、やっぱりそういう話も出てきます。「もっとここの仕組みはこうした方がいいんじゃないか」とか、それぞれが「ここはもっとこんな感じでもいいんだよね」とか話したりもしますよね。

いとうまあ、あくまで話題としてだよね。飲んだときのね。

寛太郎そうですね。

いとうそれで、中学生でデビューしてから今は何年になるんですか?

寛太郎丸25年で、26年目になります。

いとうそうか、もうそんなに経ったんだ。

寛太郎そうなんですよ。

いとうあの日の頃のことが浮かびますから。「ちっちゃいやつが前にいるぞ」っていう(笑)。

寛太郎いまだに色んな方に言われます。

いとうやっぱりそうだよね。

寛太郎その時の印象がすごいって言われますね。

(つづく)

9月文楽鑑賞教室は9月10日(木)から20日(日)まで!(休演日:14日(月))

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