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鶴澤清志郎編(その4)
鶴澤清志郎編(その3)よりつづく
いとうそれとさ、前話したときに、たしか音の減衰の話をしたんじゃなかった?
清志郎どんなでしたっけ?
いとう三味線の良さって何かなという時に、いろんな三味線の人たちが、音が減衰することの消えていく消え方がほかの楽器と違うんだと。何なんだろうと思うんだけど、それは。切ないのかな、何かこう消えゆく時が。その三味線の音自体の魅力はどうなんですか?
清志郎何でしょうね。人それぞれが持つ音があって。
いとうあ、そうなんだ、やっぱ。違うんだ。
清志郎僕はどっちかというと音が暗いほうですけど、「泣く」音のほうが好きなんですよね。明るい派手な感じよりはそっちが好きで、その余韻は確かに「泣き」に適していると僕は思っています、三味線の独特の余韻というんですかね。あんまりこうずーっと尾を引くわけでもなく。
いとううんうん。
清志郎声楽とくっついているからか、そんなに楽器そのものの音量を上げるとか、そういうことは考えてなさそうですし、太夫の声をかき消すほどは出しゃばらないというんですかね。あとは綺麗に響けばいいとか、大きな音がすればいいというだけでもないという気もするので、適切だなと思います。サワリの音色とかも少し憂いがあって、弱さみたいなものもあるし。
いとうそうですね。音が揺れるということがね、やっぱりそういうね、弱さというか、変化にも通じるというか。
清志郎文楽の中に出てくる矛盾を抱えているシチュエーションとか、弱い人間の葛藤する心情には非常に合う音だなと思いますね。何か近いものがあるかというと……なかなか義太夫に書かれている物語に合う楽器というのがほかにあるのかなと。
いとう合う楽器がないと?
清志郎ちょっとやっぱりそれは思いつかないですね。長唄の、細棹の三味線でもないし、お箏でもない、琵琶でもない。やっぱり義太夫の三味線。
いとう太棹。
清志郎うん。
いとう太棹だと何が違うの?例えば細棹とだと、やっぱりこの物語は表せない、ちょっと違うと?
清志郎やっぱり音色が、太棹のほうが適しているような気がしますね。音がこう、細棹の音はすごく前にばっと抜けていくようで、明るいように感じますね。音が泣いているように聞こえるとしたら、義太夫の三味線のほうが。
いとうブルースね。ブルースが入っているか、入ってないかっていう問題なのかな。
清志郎ああ、そういうことなんですか。細棹でもきっと出せる方もいらっしゃるんでしょうけど。

いとうでも、桜井は確かに三味線の憂いの音のFとか何とか言っていたけど、そこのコード感というものが、すごくブルースギターに似てるって言っていました、うん。同じような音の周りを回っているって言っていたし。あと、アルバムの『服部』のさ、ほら、誰だっけ? ど忘れ(笑)。
清志郎ユニコーン?
いとうユニコーン!ユニコーンのさ。
清志郎奥田(民生)さん?
いとうそう、奥田君。奥田君が言っていたけど、同じギターでも弾く人が違えば、どうしてもそれぞれの人の音になっちゃうって言ってた。
清志郎三味線もまさにそうです。
いとうそうなんだね。どういうこと?体に響く音が変わっちゃうということか。体に響いているということか。
清志郎それもあると思いますね。体型や力もあるし、骨とかいろんな具合で物理的な個性が音に出るのもあるし、イメージする音色も違いますし。こういう音にしたいというイメージが人それぞれで。
いとううわー。
清志郎僕だったら悲しい音が好きだし、もっと明るい音を好む人もいるし、強い音が好きな人もいれば、繊細な音がっていう人もいるし。自分の好みです。
いとうそこは自分の色を出してもいいんだ?お師匠さん的には、最初にまず、お前も俺の音を出せ、というふうには言わない。
清志郎おっしゃらないですね。それはおっしゃらないですね。そういうのも、どうしろということもあまり言わない。とにかく、しっかり強く弾くという最低ラインは。
いとうやりなさいよと。
清志郎はい。優しい、弱いニュアンスを弱く弾いてやっちゃダメという。
いとう強く弾いてもそれを出せと。
清志郎はい。目いっぱい弾いて柔らかい、目いっぱい弾いて優しく、目いっぱい弾いて弱いっていう。
いとううおー、いいなあ。
清志郎とにかく強くしっかり弾けということだけですね、言われ続けているのは。どうしてもごまかしちゃうんですよ。ちょっと弱く弾いたら弱く聴こえるだろうって。
いとううまく聴こえるじゃないって。
清志郎そういうことをやってしまうんですけど。
いとう僕も、当時の咲甫太夫師匠、年下の師匠ですけど、「何で思いっ切り声を出さないんですか?」って言われて、本当にびっくりした。だって、CDとか聴いて行っているから、ここ悲しいとこだから音量下げるでしょうって。普通の芝居だったら絶対下げるでしょうって思うから、下げていると、「年齢なりの精いっぱいをやってくださいよ」って言われる。何なんでしょうかね。この精いっぱいをやる文化。この浄瑠璃っていう。
清志郎趣味では済まないからだと僕は思っているんですけど、お客様が、聞き手がいるので、自分1人だったら、自分のできることをやればいいんですけど、聴かせなきゃいけない相手がいて、できる限りその人たちに感動してもらいたいので。でも、聴いている側に何が伝わるかというのは、うちの師匠なんかもそうおっしゃっていると思うんですけど、内容だけじゃなくて、演者そのものも。
いとう演者も見ているよと。
清志郎必死に訴えかけようとする。「筒いっぱい」というか。
いとううん。「筒いっぱい」って言うよね。
清志郎目いっぱいやっている姿にキャラクターが乗っかる。やる本人から何の気迫も感じられなかったらダメなんだと。
いとう何も感じないのにうまかったら、キャラクターの良さも出ないよねという。
清志郎そうです。何も伝わらないので。むしろ下手でもいいから筒いっぱいやる。
いとうやってる姿がいいんだ。
清志郎そう。そっちのほうが重要で。
いとううわー。たぶん完全にヒップホップのバイブスのヒントです、それは。

清志郎で、それも若い時からそういうやり方をし続けて、いずれその鎧と言うんでしょうか、それが剥がれ落ちたときに出てくるその本体が、痩せているか、太っているかということになってくるので、初めから目いっぱいやってないと、そういう芸をやっていると、本当に細い体が出てくる。
いとうずーっとそうだと、もう太くはなれないもんね。
清志郎そうなんです。それを今考えて常に筒いっぱいやる。
いとうやるということと。じゃ、今、筒いっぱいやってればいいじゃないですか。悩んでいる場合じゃないじゃないですか。
清志郎今も筒いっぱいですよ。そうです。舞台上では筒いっぱい以外の手がない。
いとう手がない(笑)。どういうこと?
清志郎本当にそれしか方法がなくて。
いとう筒いっぱいがずっと、それしかないんだね、きっとね。
清志郎本当にそれしかないんですよね。その先に何かがあると師匠がおっしゃるなら、きっと何かがあるんでしょうし。
いとう見える何かが。
清志郎そうなんですよね。それだけですね、三味線持ったら筒いっぱい弾くというだけで。
いとうおー、ロックンロールだぜ。
清志郎普段はそれだけですね。ほかにできることが思いつかない。
いとうあとさ、この間話した時にも言ったんだけど、何であんなに音程がね、変わっていっちゃう楽器をね、こんな長く何百年も使ってるんだろう。ずーっと直しているじゃないですか。この3本の弦を。
清志郎そうですよね。
いとうすごく変わっちゃうの?
清志郎すごく変わっちゃいます。
いとう何か止めとく方法はないんですか、あれ。
清志郎ないですね。弦が伸びるので。
いとう弦の問題ですか、あれは。
清志郎弦の問題なんです。
いとう伸ばして張るから伸びるわけだけど。
清志郎はい。弾く時は撥を打ちつけるんで、その振動を与えるたびに伸びてしまう。なので、基本的には弾いたら下がる。
いとうそうか、そういうことなんだ。
清志郎はい。でも、上げた状態から下げたら今度は上がっていくということも起こるので。
いとうえっ、どういうこと?今のどういうこと?
清志郎1回、二上りという調弦にしたとすると、二の弦の音を上げます。
いとう上げて。
清志郎今回の舞台では、本調子という調弦から二上りで二の弦を1回ギュンっと上げているんですけど、その二上りから今度、三下りに戻すんですけど、二を下げても弾いている間に今度、二がどんどん上がって。
いとう上がっていっちゃうんですか。
清志郎元に戻ろうとする。
いとうはあ、なるほど、なるほど。
清志郎次は二を下げながら三を上げていく、とか。
いとううわ、ものすごい調整してる。
清志郎そうなんですよね。
いとう不思議な楽器だなあ。
清志郎調弦の苦労がなくなったらものすごく弾きやすい楽器ですよね。
いとう誰かが発明しなかったのかなというぐらい。
清志郎そうなんですよ。400年何してたんだっていう(笑)。
いとうあははは。(笑)

清志郎本当に何していたんでしょうね。ピアノみたいな楽器を生み出す知恵があったら……。
いとうそうそう。
清志郎三味線も何とか誰か。
いとうねえ。たまに誰かが来て調弦してくれたら、ピターっとその音で決まるとか。
清志郎そうですよね。
いとうでも、世界の楽器で……というか、シタールもそうなのかな。
清志郎どうなんでしょう。
いとうどうなのかな。でも、強くはそんな叩いてないから。
清志郎ほかの楽器全然わからないです。
いとうむしろドローン(持続音)を弾けるってことは、そんなには変わらないということなのかな。
清志郎ですかね。弦もガットとかを使っているんだったら、ひょっとしたら三味線の絹の弦よりは伸びにくいのかもしれないです。
いとうでも、そんなことをしたとしても、太棹のあの音が出ないんだよね。
清志郎そうですね。変えられないですよね。どんだけ弱点が多い絹糸でも、やっぱりあの音色には変えられないですよね。
いとうあれを常に自分の耳で聴きながら、だって弾いている途中で変わっちゃうわけだから、弾いている途中でもすかさず直しているじゃないですか。
清志郎はい。
いとうだから、自分にとって完全に「これだ」という音は、それでも出る時がしょっちゅうあるということでしょう?というか、動かしていてパーフェクトをキープしているということですか?
清志郎そうですね。ただ、合奏になると、シンの方の調弦について行く。
いとうああ、そうしなきゃいけないんだ。リーダーについていく。
清志郎そういうことになります。1人ならある程度自分だけで済むんですけど、シンの人について行くとなると、そうもならないですし。調弦がバラついてきたら、今度はどう合わすか、っていうことも。
いとうどっちに合わすという、みんなが。
清志郎糸問題はかなり大きいんです。
いとう糸問題が。糸問題大変かもしれないけど、ちょっとそれを気にしてるだけでお客さんもすごい面白いと思うんですよね。そんな繊細なところで動いてるんだというところがまずあるから。
清志郎でも、狂っていること前提の楽器なんで。
いとうどういうこと?
清志郎調弦が狂っているのが当たり前なので、開放弦を弾く時になったら、合ってても合ってなくても取りあえず糸巻に手が行くようになってるので、頻繁に調弦してるようには見えますよ。結果的に必要ない時でも触ってるんで。
いとうあ、そうか、常に触っている、癖になっている。
清志郎そうですね。弾いた瞬間に持ったら間に合わないので、開放弦弾くときには手が先に出て、合っていたらパッと離してまた次、みたいな。
いとううーん、試してみなきゃならないんだ。
清志郎ただ、あんまり舞台上で太夫さん語ってるのにベンベンベンベンって。
いとう鳴らしてるわけにいかないもんね(笑)。
清志郎そのチャンスを待ちながら、できるだけいいタイミングを狙います。
いとう恐らくここで、ここで直せるだろう、あっ、直さなくて済んだ、で、次はどうかなと思いながら、もう次の音行ってる。しかも音はけっこう、ちょっと早めにスーッと減衰していく。でも、倍音みたいな音だけは多分聴こえていて、何というかな、余韻が、聴こえないのに余韻が残るような感じがあるんですよね。
清志郎そうですよね。
いとうあれは、だから感情ということで言えば、思い入れとか、人の思いってすぐ変わってしまうものだからね、でも、やっぱり残っているものがあるわけじゃないですか。そこのところまでを語っちゃっているという感じがこっちはしちゃう。
清志郎嬉しいですね。
いとう小説はそれできないからね。だって、「そして去っていったのであった」って書いちゃったら、去っていっちゃってるんだもんね。「去っていったのであった」の後ろ姿を見ている人の気持ちがなきゃいけないじゃん。ここは三味線がやっているんだね。
清志郎そういうことなんですね。
いとうそれなんじゃないかな、すごいのは、三味線の。

清志郎太夫さんが語っている間も、息を詰めている状態ですし、それがどういう伝わり方するかわからないですけど、やっぱり息を詰めているという見えない動作が、意外とお客さんにとっては、何かの圧力になったりもする。
いとういや、最高なんだ。最高にかっこいいんだ、あれ。
清志郎そういうことも大事。
いとう息を詰めてるふりしててほしい(笑)。
清志郎死にます(笑)。
いとうでも、あそこで、「うん」ってやって、いわゆる「コミ」ってやつがさ、来てくれていると盛り上がるよねえ。こっちも、だって息止まっちゃうんですもん、絶対に。
清志郎ああいうことに重きを置くとか、ああいうこと大事だって思われた方々がすごいなと。
いとうそうですよね。
清志郎僕たちはそれをルールとして伝えて。
いとうああ、そうか、そうか。
清志郎それがお客さんに伝わる。ま、それが目的じゃないんでしょうけど、物語を普通にやっていたらそうせざるを得ない結果、そういうものが生まれた。
いとうのもあるけど、パフォーマンスというところもやっぱりあると思いますよ。それを見せるという。三味線弾き自身が思わず前にのめっちゃって息を詰めて太夫を聴いちゃう。客もそこでコントロールされちゃう。。たぶん、息を詰めた後の一発というのは、自分にとっても違う力が入っているんでしょうしね。
清志郎そうですね。
いとう裂帛の気合いが会場全体を支配する。
鶴澤清志郎編(その5)へつづく2月文楽公演は
2月8日(土)から26日(水)まで!(17~19日を除く)
チケット好評販売中
国立劇場チケットセンターはこちら※残席がある場合のみ、会場(きゅりあん大ホール/文京シビックホール大ホール)にて当日券の販売も行っています。
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