7月27日(日)、国立劇場大劇場にて、昨年ご好評をいただいた「バックステージツアー」を、今年も開催いたしました。
ご参加の皆さんは、まず客席へ。緞帳が上がると、いつもの華やかな舞台装置とは異なるがらんとした素舞台が現れ、どよめきが起こります。「緞帳や幕を上げることを“飛ばす“と言います」などと舞台用語の解説も交えながら、多彩な舞台機構を駆使したデモンストレーションを楽しんでいただきました。
客席から花道を通って舞台上へ移動していただき、花道の高さ、客席の勾配、邦楽のための劇場ゆえの残響時間の短さについてなど、舞台監督が解説していきます。皆さんが驚かれていたのが、舞台上から客席の様子がよく見えること。「思わずウトウトしていたら役者さんにわかってしまいますね」と、参加者同士で笑い合う声も聞かれました。
そのほか舞台面はすべてヒノキ材で出来ていること、舞台が大きなひとつの空間になっており、中間に柱が使用されていないこと、大小合わせて17の「セリ(迫)」があることなど、興味深く聴き入っておられました。初めて知る方が多かったのは「下座前(げざまえ)スッポン」と呼ばれるセリです。これは『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』など特別な作品で使用されるもの。また花道の「七三(しちさん)」(舞台から三分、揚幕から七分)の位置にある「スッポン」は、人ならぬもの、魔物や妖術使い、獣などの出入りに使われます。「仏教でいう内道(ないどう)・六道(ろくどう)ではなく、外道(げどう)の通り道です」との説明に、皆さん納得のご様子でした。
花道の突き当たりにある小部屋は「鳥屋(とや)」と呼ばれ、出入口には国立劇場の紋が染められた「揚幕(あげまく)」という幕が掛かっています。揚幕を「シャリン」と開閉する音はおなじみですが、この操作は芝居や舞踊の内容に精通した熟練者が一人で担当しています。
さらに、舞台では「盆廻し」と「大ゼリの昇降」を体験していただきました。舞台上をぐるりと一周する「盆廻し」では、徐々に速度が上がるにつれ、体がふらつきそうになります。「ここで目も回さずに演技をする役者さんはすごいですね」と感心される方もいらっしゃいました。「大ゼリ」に乗って降下が始まると、歓声もひときわ高まります。転落防止のためしっかり安全確認をとったうえで「奈落(ならく)」へ。大道具などの保管場所にもなっている奈落から作業場を見学していただきました。
また、今年新たに登場したのが、「振竹(ふりたけ)」の実演です。歌舞伎には浅葱幕(あさぎまく)など幕が一瞬で落とされてパッと場面が変わる演出がありますが、幕を落とす際に使われる鉄管の専用バトンを「振竹」と呼びます。櫛のような突起がある振竹に布を引っかけるように仕込み、くるりと回して「振り被せ」「振り落とし」を行います。動作をわかりやすくご説明するために小さめの布での実演でしたが、瞬時にして場面を変えるための先人の工夫を感じていただけたのではないでしょうか。
舞台裏では楽屋見学が行われました。楽屋入口にはベテランの口番(くちばん)さんが待機して履き物の出し入れや管理を行います。入口正面にある神棚は、新宿・花園神社の稲荷神の分祀で、役者はここでお参りをしてから各自の楽屋へ向かいます。
神棚の隣は楽屋事務所です。楽屋全般の管理・運営から、公演の際には楽器や「消物(きえもの)」(劇中で使用するおまんじゅうや大根など消えてなくなるもののこと)の発注、足袋の発注も行います。足袋は俳優から大道具まで使用用途や好みによって様々な種類があり、大福帳で管理しているとの説明に感心する声があがりました。
楽屋をすべて見渡せる「頭取(とうどり)部屋」には、役者が楽屋入りすると自分の名前に赤いピンを刺す「着到板(ちゃくとうばん)」があります。一公演が終わるたびにカンナをかけて使用しており、役者名が書かれた着到板の感触を確かめる方もいらっしゃいました。
自由時間では思い思いに部屋を見学していただきました。楽屋の各所には写真パネルを置き、歌舞伎公演中の様子をご紹介。役者の楽屋のほか、長い廊下の左右に機能的に配置された「衣裳部屋」「床山(とこやま)部屋」なども見ていただくことで、本番を滞りなく進行させ、しっかりメンテナンスも行える環境を実感していただきました。このほか、「浴場」や「洗濯場」なども、皆さん興味津々のご様子でした。
客席に戻ってからは質問タイムです。舞台上の仕掛けや機構のメンテナンスについてなどさまざまな質問にお答えし、バックステージツアーは大盛況のうちに終了しました。
参加者からは「日頃から観劇の際に感じていた疑問が解決され、今後の歌舞伎観劇がますます楽しくなりそう」、「多くの裏方さんがいることで舞台が支えられていると実感した」とのご感想をお寄せいただきました。
「あぜくら会」では、伝統芸能を身近に感じていただける機会をより多く設けられるよう、今後もさまざまなイベントを企画してまいります。皆さまのご参加をお待ちしております。
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