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国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「義太夫節の魅力」

開催:令和6年5月11日(土)
場所:シアター1010(10階アトリエ)


 (株)コテンゴテンとの共催企画として「あぜくらの集い」を開催しました。5月文楽公演の開催にちなみ「義太夫節の魅力」と題した今回は、第一部のゲストに豊竹呂勢太夫さんと脚本家・演出家の岡本貴也さん、第二部のゲストに本公演で襲名披露された豊竹呂太夫改め十一代目豊竹若太夫さん、ご案内役には早稲田大学教授の児玉竜一さんにご登場いただきました。

【第一部】

 

 

◆竹本義太夫に惚れ込んで

 朗読劇などの脚本・演出でも知られる岡本貴也さんは、義太夫節の開祖・竹本義太夫(1651~1714)を主人公にした小説『竹本義太夫伝 ハル、色』を令和4年(2022)に発表しています(『竹本義太夫伝 浄るり心中』として文庫化)。この作品にアドバイザーとして関わったのが豊竹呂勢太夫さんです。同時代の大作家・近松門左衛門を扱ったフィクションは様々ありますが、大坂・道頓堀に竹本座を開き、近松とも手を携えて新しい浄瑠璃の世界を確立した義太夫が創作物の中で取り上げられる機会は少なく、小説化は呂勢太夫さんにとっても嬉しい驚きだったとか。
 この日の対談は、義太夫の墓がある大阪・超願寺と四天王寺、茶臼山近くの生誕地跡(呂勢太夫さんが再建に尽力した石碑も)、近松や義太夫らが祭神として祀られる生國魂神社内の浄瑠璃神社など、義太夫ゆかりの地をスライドで紹介しながら進行しました。
 『摂州合邦辻』を観て浄瑠璃に魅せられ、いつしか竹本義太夫にも興味を持つようになったという岡本さんは、「農民からスーパースターになった義太夫と同時に、あの時代の芝居が作られるプロセスにも興味がありました」。義太夫に関わる年表を自作し、史実にはない部分を想像して膨らませていく創作過程は、大変な分だけ手応えがあったようです。
 子供の頃から大きな声の持ち主で、畑仕事をしながら目の前の料亭から聞こえてくる浄瑠璃を真似していたところ〝スカウト〟されたという異色の経歴を持つ義太夫について、呂勢太夫さんは「我々はどうしても神格化してしまいますが、小説の義太夫さんはとても人間味があるんです。有名なエピソード以外は岡本先生の自由な創作なので、小説らしく恋愛模様が入っているのもいいですね(笑)」。
 義太夫節の大立者の一代記であるとともに、「若者の〝たぎり〟を描きたかった」という岡本さん。小説の白眉は、義太夫の師匠である宇治加賀掾(うじかがのじょう)が、竹本座の櫓(やぐら)を上げた義太夫に激怒して京から道頓堀に乗り込み、師匠と弟子が隣同士の小屋で芸の火花を散らす〝道頓堀対決〟です。「手に汗握るクライマックスは、ぜひ本を買って確かめてください」とアピールする呂勢太夫さんに、会場は笑いで包まれます。

 


 

左から豊竹呂勢太夫さん、岡本貴也さん

 

 義太夫が生きた時代から300年以上を経てなお、「大きな声で感情を伝える義太夫さんのエッセンスは今も変わらず伝わっています」と呂勢太夫さん。最後は呂勢太夫さんから岡本さんへ「ぜひ文楽の新作を」とのリクエストに拍手が沸き、第一部は終了しました。

 

【第二部】

 

 

◆大名跡復活で決意も新たに

  第二部では、初代豊竹若太夫が初演した『和田合戦女舞鶴』市若初陣の段を襲名披露狂言として勤める十一代目豊竹若太夫さんの登場です。案内役の児玉竜一さんとは息もピッタリ、軽妙な掛け合いによる楽しいトークが繰り広げられました。
 まずは、東京での披露公演を前に西新井大師で行われたお練りの様子や、襲名披露パーティーでも紹介された新・若太夫さんの歩みをまとめた映像を見ながら、57年ぶりとなる今回の大名跡復活に至る経緯を振り返っていただきました。
 人間国宝だった十代豊竹若太夫を祖父に持つ環境にありつつ、もともとは大江健三郎さんのような小説家を目指していたという若太夫さん。ところがある日、大阪・朝日座で観た四代竹本津太夫が語る『御所桜堀川夜討』弁慶上使の段に衝撃を受けます。「ぶわーっと汗を流して語る津太夫師匠の迫力、三味線の音色、人形の動きを見て、この芸能こそが、僕が求めているシュールレアリズム=抽象芸術じゃないか!と目から鱗が落ちたんです。あの時にインスパイアされた衝撃がいまだに残っています」(若太夫さん)
 そして昭和42年(1967)、三代竹本春子太夫に入門。祖父の幼名である豊竹英太夫を名のり、春子太夫の早逝後は、四代竹本越路太夫門下で芸を磨きます。平成29年(2017)には明治初めから続く重要な名跡である六代豊竹呂太夫を襲名。さらに、諸先輩師匠たちの後押しも受けて、かねてより心に期していた祖父の大名跡・豊竹若太夫を襲名する運びとなりました。
 今回の襲名披露狂言『和田合戦女舞鶴』は、初代若太夫が初演し、十代目も襲名披露狂言としたゆかりのある演目です。武道に秀でた女性・板額と、その息子・市若丸が辿る運命を描く市若初陣の段は、たっぷり一時間の長丁場。鶴澤清介さんの三味線で一人語り切る若太夫さんを観客は固唾をのんで見守り、将軍・実朝をめぐる物語の世界に引き込まれていきます。
 「込み入った筋なので心配しましたが、お客様はちゃんとついて来てくださっています。並木宗輔が書いたこの素晴らしい物語に、僕自身が毎日感動しているんですよ」と充実ぶりを語る若太夫さん。児玉さんも客席側の実感として、「市若がどんどん言葉で追い詰められていく様が手に取るように伝わります」。太夫、三味線だけでなく、板額を遣う人形の桐竹勘十郎さんも初役という緊張感が、作品全体に良い相乗効果をもたらしたようです。

 


左から十一代目豊竹若太夫さん、児玉竜一さん

 

 大名跡を復活させ、ますます意気軒昂な若太夫さん。「初代若太夫の路線、お祖父様が得意にされた路線、そして並木宗輔ものなど、挑戦していただきたい演目はたくさんあります。ぜひ太夫陣の先頭に立っていただけたら」という児玉さんからのエールに、「これからも頑張ります」と力強く決意表明。その姿に会場から惜しみない拍手が送られました。

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