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国立劇場
いとうせいこうによる 文楽の極意を聞く

豊竹呂勢太夫編(その5)

豊竹呂勢太夫編(その4)よりつづく

豊竹呂勢太夫なんかね、例えば同じものを見ても何も思わない人は何も思わないですよ。

いとうせいこううんうんうん

呂勢太夫それを見て、何か思うように躾られる訳ですよ。

いとうそうだね。

呂勢太夫そうすると、口に出すかどうかは別としても、思っちゃうんですよ。で、それを言われたことない人は、それを見てもそう思わないんですよ。だから、その点、素直ないい人だったりするわけで。僕は それを見たら一応思っちゃうんですよ余計なことを。その分ね、嫌な性格の人になって不幸なんです。

いとうあれって言い方おかしいよなとかって?

呂勢太夫いちいち思っちゃうんです、そういうことをね。

いとう僕だって、ほら、詞章が字幕で出るじゃないですか。ずっと頭の中で直してますからね。

呂勢太夫どういう風にですか?

いとう基本、現代語に。

呂勢太夫そうですか(笑)。

いとうずっーと。癖だね。

呂勢太夫すごいですね。

いとううん。で、同じ五と七で行くとしたら、とか。それは、なんか、自分がそういう訳とかをやるようになっちゃったから、悪い癖がついちゃったんです。

呂勢太夫何か書いてください。文楽作品。

いとううん、ほんとだよね。いや、書いたんだよ。書いて渡してあるんだけど、やらないことになっちゃったんだよ、なんだか。

呂勢太夫本当?

いとううん。

呂勢太夫でも、「金壺親父」をやるなら、書いていただいたものも上演するべきですよね。

いとう(笑)

呂勢太夫色んな人の才能の力をお貸しいただいて、

いとうそうね。色んな人たちが集まってくるようにしたいから、これを始めたわけ、この連載を。

呂勢太夫ぜひね。何か私は先生になんか書いてもらいたい。

いとう先生じゃないけど(笑)。

呂勢太夫やっぱこれだけマルチな方って。歌も歌えば芝居もするし、何とかもって、すごいじゃないですか。

いとういや、そんなこと……やらしく聞こえるけど、大丈夫?

呂勢太夫修業を、そういう修業をさせられてきたんで(笑)。

いとうあはははは。

呂勢太夫ピュアな気持ちで言ってますよ。

いとうほんとに?(笑)そしたら嬉しいけど。

呂勢太夫自分にあんまりそういうのがないから、そういう1つの、どういう頭の構造になってるんだろうな?と。

いとういや、こっちは呂勢さんの言ってることの方が全然マルチだと思うけどね。

呂勢太夫すごいご興味ありますね。なんかでも、色んなことできるって。私、義太夫しかできないんですよ。

いとうそれは素晴らしいじゃないですか。

呂勢太夫ね、義太夫オタクなんで。

いとうそうそうそう、義太夫オタクなんだよね。

呂勢太夫私ね、それこそありとあらゆるご注意を受けて叱られてるけど、「お前(義太夫を)好きじゃないのか?」ってことだけは言われたことないですよ。 他の人には「お前ほんとに浄瑠璃好きなのか?」とか、「義理か厄介でやってんのか?好きだったらもっと勉強せい」。それだけは言われたことない。それ以外のご注意だったら、もう全部フルコースで言われました。

いとうあはははは。でも素敵なことだね。

呂勢太夫でも、普通、何か好きすぎると、例えば行き詰まった時に逃げ道がなくなってどうのって言うじゃないですか。

いとうって言うけど、でも?

呂勢太夫でも本当に好きな人って意外とそれで一瞬もうやめたいって思っても、なんか暫くすると「ま、いっか」って立ち直れると思います。

いとういや、それはだって何回もいい師匠に怒られてるから、それを直した時の快感も知ってるでしょ。

呂勢太夫その瞬間めちゃくちゃ怒られて、落ち込んでもうやめたいな、それはありますよ、もちろん。でも、やめます!という風にまで思い詰めるまではないですね。

いとううんうん、必ずどうしたらいいんだろ、と思うからじゃないんですか?

呂勢太夫自分の中で「ま、言われてることほんとのことだからしょうがないか」って切り替える時もあるし、「まあ言われても急にはできないし、ま、いっか。気を付けていたらいつかできるようになるかも……」とかね、そういう時もありますし。また、ずっとね、悩んでることもありますけどね。

いとうそっか、でも結局ずっとそのことを考えてるわけだよね。

呂勢太夫やっぱりね、清治師匠ってすごいです。舞台でも怒ってる!ってなったら、音と雰囲気で、あっ怒ってるなってこちらに伝わる。

いとう分かるの?

呂勢太夫分かるんですよ。「あ、今、怒ってはるな」ってすごい分かるんですよ。そういう、

いとううーん。怒りのオーラを出してくるんだね。

呂勢太夫だから努力するんです。今の私の演奏が生ぬるかったからに違いないとかね、分かるんですよ。

いとうすごいスパルタをやられてるなっていうのは見ててわかる。

呂勢太夫そうなんです。だから、甘やかされないんですよね。だから、ちょっとでも油断してたら鞭が入ってくる。

いとうああ、ピシン!ベン!

呂勢太夫ダメ、生意気な、ってなるんですよね。でも、ご自身もそういうすごいテンションでやっておられるので。

いとうそうですよね。

呂勢太夫ご自身がそうだから、こっちもそれに立ち向かっていくんです。

いとうしょうがないね……っていうか、そんなことをそんな相方につけてもらえるなんて、

呂勢太夫この話、色んなところで喋ってるんですけど、一番最初に弾いてもらってから1年ぐらい経った時に、舞台で語ってたら、急にね、ものすごい「ブヮーン」って三味線がもの凄い気迫になったんですよ。すごかったですよ。もう音色もイキもね、すごく力が入ってて。で、怒ってるなってもちろんすぐに分かったんですよ。「あ、怒られてる」って。で、ぐるっと盆が回った瞬間に、「君ね、休憩するなら楽屋でして!」って言われたんです。

いとううわあ。

呂勢太夫休憩してるつもりなんて全然ないですよ。でも、何かやっぱり足りないんです。さっきの「筒いっぱい」が。

いとううんうんうん。いっぱいでやってないんじゃないかって。

呂勢太夫足りない。「僕はね、相手が君だろうが越路さんだろうがね、同じ気持ちでやってるから」っておっしゃいました。ほんとその時の三味線すごかったですよ。演奏の気迫で、自分が怒られていたのはもちろん舞台ですぐに分かりましたけど。あとでそこに出演していた人形の今の玉男兄さんがわざわざ、「呂勢君、今日の清治さんの三味線、すごかったね」って。

いとうはあ、そう言ったぐらい。

呂勢太夫「兄さん、あれ僕が三味線で怒られてたんです」「え。そうなの?」って。

いとうあはははは。

呂勢太夫それくらいすごかったんです。だから自分で、そういうのを舞台で身をもって知るっていう。

いとうそうですね。

呂勢太夫それはすごい今でも常に意識してます。

いとうでもそれは、例えばさ、清治さんが、その時の音色っていうのは、別に怒りの音色な訳じゃないでしょ。このバチの何か、音の大きさとか。だって、お客にとっては怒りじゃないでしょ。怒りを感じないでしょ?

呂勢太夫すごい力の入った、テンションと気迫だったです。

いとう「すげえな!」って?

呂勢太夫テン!という勢いとか、パーって、隣からその伝わってくるそのパワー。すごかったです。

いとう何これ?っていう。パンクじゃん、みたいな。

呂勢太夫すごいんですよ、本当にパワーが。同じ楽器ですよ。でもね、全然違うんです。

いとうはあ、そうなんだね。

呂勢太夫「そんなんだったら誰でもやるよ」ということ、よく清治師匠がおっしゃるんですよ。「人がやれないようなことやれ」って。

いとううん。

呂勢太夫「できるようにやるんだったら誰でもできる」って言うんですよね。「人ができないようなことをやるからすごいんだろう」とかね。「君がこう、形のないものでお金もらってるのに、身も心も何もすり減らないで仕事してたら詐欺じゃないか」とかって。

いとうすごいこと言うね。

呂勢太夫そういうこと言われているんですよ。「無形のもので商売してるんだから、なんか自分の心身をすり減らすとか、そういうものがなかったら詐欺だ」って言われるんです(苦笑)。

いとうそのお叱りの言葉で、365日のあれ、日めくりができるよね。いいよね、それ(笑)。「あー、しまった!」って思うよ、みんなが。

呂勢太夫結構ね、そうなんですよね。「なるほど」という風に年取ってくると思いますよね。

いとうでも、じゃあ今は1番いい時だね。だってそのターンが変わってさ、全部が自分のものになってくる歳になったってことでしょ。

呂勢太夫うーん……昔のね、60歳前の人ってもっと上手かったですね。

いとうそう?

呂勢太夫それは間違いないです。修業が違う、それは間違いないです。

いとうそれはお稽古をすることで乗り越えるっていうのと、それから昔のものを聴くってことで乗り越えるの、これ確率的にはどっちなんですか?

呂勢太夫両方じゃないですか。

いとう両方全部、手一杯?

呂勢太夫僕らはいいものを若い時に聴いてるっていう財産はあるんですよ。

いとうああ、なるほどなるほど。

呂勢太夫録音って、全然ほんとの形じゃないんですよね。津太夫師匠の浄瑠璃なんか録音で聴くと、「え?」って感じで、生の語りとは全然違うんですよ。でも若い時にそういうのをナマで聴かせてもらってて、「こんなだった!」っていうイメージだけはある訳ですよね。実際できないんですけど。でも今やってんのは違うよねっていうことは分かる。

いとううん。

呂勢太夫だからその辺と、やっぱり絶対教えてくれる人は必要ですね、我々の場合は。自分の才覚でなんか絶対できません。やっぱり教えてくれる人は絶対必要ですよ。

いとう常に外部からちゃんと自分以上のものを与えてもらって、

呂勢太夫やっぱ自分のことって一番分かんないですよね。

いとうまあそうですよね。自分の中にしか解決案がないっていうのはつまり問題が小さいんですもんね。

呂勢太夫それで色々アドバイスを受けるって、人によってはきつい言い方をする人もいれば、親切な人もいますけど、でも、やっぱり人から言われてることって当たってますよね。なんかすごい嫌なこと言うなと思っても、ないことは言ってないですよ。でも、多少誇張したり、厳しめに言う人はいますよ。

いとううん、いるかもしれないけど……。

呂勢太夫けど、でも、ないことは言ってないですよね。

いとう火のないところには?

呂勢太夫だから、子供の時に、怒られても、「怒られた」ってことにこだわるなって、重造師匠がおっしゃったんですよ。だから、怒ってる人だって、 もしかするとわざと怒ってるってことだってある。人に聴かすためにとか、周りの人にとか。だから、怒られたってことにこだわって落ち込んだらいけないって。 その怒られているところのほんとの意味するエッセンスだけ取ればいいって。「怒られちゃった~」じゃなくて。

いとうじゃなくて、いいところを取る。

呂勢太夫注意されてることはこうなんだ、っていう本質的なとこだけ取ればいい。叱られちゃったって、そこにこだわっちゃダメだよって言われました。

いとうでも、叱られるのは好きじゃないでしょ。

呂勢太夫嫌ですね。好きな人、いないですよね。

いとう本当だよね。でも確かにわかるわ。あと、ドンピシャで叱ってくれる人が本当に素晴らしい人だよね。僕の場合、書いたものへの批判だけど、「すごい読んでくれてんだ」ってなることがある。でも、なかなかそういう人いないけど。

呂勢太夫その点、一緒に出てるっていうことはすごいってことですよ。だって、普通稽古って稽古場でお稽古してもらう時だけですけど、隣で毎日聴かれてるんですよ。

いとうそうだね。

呂勢太夫私の浄瑠璃を毎日。

いとうそうだね。間近でね。

呂勢太夫普通、師匠の稽古って言ったら、3回とかですかね、稽古場で。でも、隣で毎日聴かれてるんですよ。大変なことです(笑)。

いとうあはははは。じゃあ、9月楽しみにしてますんで。

呂勢太夫はい。

いとうよろしくお願いします。

呂勢太夫3回全部来て、色々聴き比べてください。

いとう頑張ります。行けるかな?

呂勢太夫いや、でも本当に私、今日はお会いできてうれしいです。

いとういや、こちらこそ呂勢さんとはちょっと、いつか話をしたいなと思ってたから、ありがたいです。

呂勢太夫私、本当にこういう色んな才能がある人、尊敬しちゃいます。

いとういやいや、才能ないんですよ。やってるだけで、好きだから手を出しちゃうだけで。

呂勢太夫でも、文楽、応援してください。

いとうもちろんもちろん。

呂勢太夫有名な方が応援してくるとね、世間の人も振り向いてくれるというか。「あのいとうせいこうさんが観てるんだから」ってなったり、お客さんって結構そういうのあるんですよね。

いとう若いミュージシャをね、連れてきたいっていつも思ってるんですよ。これ勉強になるのにって。すごい勉強になるって。

呂勢太夫面白いと思うんですけどね。

いとう「こうやって伝えるんだ、気持ちって」っていう。

呂勢太夫パワーがありますからね。

いとうそうそうそう。

呂勢太夫なんかその、義太夫の迫力というかね。

いとうぶっ飛んでるところ。

呂勢太夫大体毎回来ておられますか、公演には?

いとう毎回はさすがにあれだけど、でもそれを心がけて、ずっと通うようにはしてました。

呂勢太夫一番最初に来たきっかけは何なんですか?

いとう一番最初は原宿の、原宿文楽っていうのがあって、私でも見れたやつがあって、玉男さんとかも出てたやつ。それ安かったから行って、ぶっ飛んじゃって。「なんだこれ?!」って、人形。

呂勢太夫何、見ました、その時?

いとう多分それが、こないだ『曾根崎心中』のイベントずっとやってて、

呂勢太夫はい。

いとう「あれは“曾根崎”だったのかな。分かりやすいもんな」って思った。

呂勢太夫あれですよ。それ、私の師匠の、先代の呂太夫師匠が始めたんです。原宿文楽って。

いとうえ、そうなんだ。あれを見て僕は文楽好きになったんです。

呂勢太夫ああいう原宿で若い人に、

いとうそうそうそう。

呂勢太夫見せるって言って、あれ、呂太夫師匠が始めたんですよ。

いとうそうなんですか。

呂勢太夫せいこうさんみたいな人がこうして出てくるから、ああいう催し、大事ですよね。

いとううん。

呂勢太夫安かったんです。切符も。

いとうそうそう。

呂勢太夫すごい行列して、

いとうそうそう、そうなの。あれ安くなきゃ学生じゃ見れなかったから、それが僕の財産になっちゃった。

呂勢太夫やっぱり師匠の、

いとう師匠のおかげです。

呂勢太夫聞いたら多分、喜ぶと思います(笑)。

いとう伝えといて(笑)。

(了)

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