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竹本千歳太夫編(その4)
竹本千歳太夫編(その3)よりつづく
いとう今回の公演での『瓜子姫とあまんじゃく』は口語じゃないですか。あれについてはちょっと聞いておかなきゃなと。
千歳太夫あれはね、師匠の初演なんですよ。
いとうああ、そうなんですね!
千歳太夫で、文章は木下順二さん。元々ね、お芝居で山本安英さんがおやりになったらしいんだけど、それを木下さんは浄瑠璃の文章にして。
いとううん。

千歳太夫「瓜子姫は今日も楽しく機を織っていた」。本当にこんな朗読のような文章に、喜左衛門師匠は節をお付けになったんですけど、『101匹わんちゃん』ね、それこそ昭和34年くらいかな。その時に、喜左衛門師匠もお迷いになったのか、『101匹わんちゃん』観に行ったっていう話。ディズニーの映画ですね。
いとう作るために?
千歳太夫作るために。
いとう参考のために?
千歳太夫参考のために。
いとうへえ、そうなんだー。
千歳太夫って聞きました。
いとう面白いですね。だって聞こえてくるのは英語でしょ。
千歳太夫だと思いますけどね。でも観に行かれたらしい。
いとうそうか。要するに、浄瑠璃のというか、日本の芸能の、五・七を中心とする乗り方ではやりづらいのをどうするかってことを考えたんですかね。それ、ほとんど日本語でラップをどうするか、みたいな初期の悩みと同じじゃないですか。
千歳太夫そうかもしれないですね。僕はね、師匠は、あの文章を最初に読まれてね、どう感じたのか聞くの忘れちゃったんですけどね。ただ、なんというか普通の文章でも節はつけられます。つまり、朗読してても、関西弁でリズムがあれば曲にはなると。
いとううんうんうん。
千歳太夫義太夫節の太夫のリズムと読み方があるので、それに乗ればできる。
いとうそうですね。きっとね。
千歳太夫色んな作家さんの文章読んで、ほとんどの作家さんの文章、いとうせいこうさんのでもいける。
いとういける?
千歳太夫いけますいけます。江戸の言葉でもいけます。
いとう僕も新作能を書いて。
千歳太夫ええ。
いとうわざと現代語っていうか、普通の言葉を平易に使うようにして、能の役者さんに渡したら、 やっぱり能になってました。
千歳太夫そうでしょうね。
いとうそういう風に読んでましたね。「ああ、こう読むか」って。完全に現代語のつもりで書いていても、やっぱり調子がついてるんですね。だから読みやすいって地謡の方に言われました。
千歳太夫色々な本を読んでてね、これは義太夫節、浄瑠璃調で読み下せないなあってなったのは……。
いとうあるんですか?
千歳太夫養老(孟司)先生の文章だけ(笑)。
いとうあはは(笑)。
千歳太夫あの文章はね、読み下せない。文学調の文章は大概は読み下せます。川上未映子さんなんか、そのまま浄瑠璃になる。
いとううわ!すごいですね。
千歳太夫なるなる。
いとうそれは、川上未映子さんに届くといいですね。
千歳太夫うん。『乳と卵』とか読みます。面白いですね、あれ。
いとううん、面白いですよね。浄瑠璃的な情念もあるしね。
千歳太夫話が飛んですいません。
いとういやいや、全然全然。
千歳太夫卵ぶつけ合うとか、ほとんど新喜劇みたいなんです。吉本の新喜劇ね。
いとう川上さん、大阪の人でもありますしね。でも、そういう風に自分たちの方向に持ってきてやることができる、現代語でもできるっていうことは、すごく大きな勇気を与えますよね、色んな人に。
千歳太夫と思います。
いとううん。
千歳太夫三谷(幸喜)さんの新作もね、前やりましたけど、あれもちゃんと読み下せましたから。劇作家さんの文章は大概、読み下せますよ。
いとうなるほど。それはやっぱりそういう風に、もう調子ができてるっていうのかな。
千歳太夫そうだと思います。
いとうそういうもんなんですね。じゃあ、そのつもりでみんなが来てくれれば、もう本当に浄瑠璃聴くつもりで来てくださいってことでいいです?
千歳太夫いいですね。いとうさんの文章でもいけます。
いとうあはは(笑)。いや、もうそれはいつかぜひやってもらいたい、千歳さんにやってほしいなって思います。でも、そういう場合でも一番、これはやりにくいんだよなっていう、やりにくさってどっかあるんですか?
千歳太夫あんまりないかな。
いとう住太夫師匠は近松がやりにくいって言ってたわけだから、つまり近松は向いてないとも言える訳で。
千歳太夫わざとだと思うんですけどね。近松をこう読んでいくじゃないですか。
いとううん。
千歳太夫そうすると、おっとっとっとっとって、やっぱり字が1つ足りなかったり多かったりする時に、つっかえるんですよね。それが近松はどうも狙いだったかもしれない。
いとうそうなんですよ。そこが、音楽にするにはこうしたかったんだろうとは思うんですよ。7にも5にもできることを、わざと4とか6にしてるから。
千歳太夫そうそう、そうだと思います。
いとうあれは何なんですかね。
千歳太夫わざとだと思う。「あなた達できますか?」って。
いとう「太夫は、三味線は、そこの間をどう音楽的に埋めますか?」
千歳太夫そうですそうです。聴く方もするじゃないですか。「あれ?」って耳に引っかかるっていうか。
いとうそうです。
千歳太夫近松も、やっぱり……なんて言うんですかね、射程距離の長い言葉を使う人だから。
いとううん。なるほどなるほど。
千歳太夫面白いと思いますね。
いとう千歳さん、普段腹筋してるとか、声のためにやってることって、何かあるんですか。
千歳太夫なるべくね、一応はジムへ。
いとうやっぱり鍛えてるんですね。
千歳太夫鍛えたいと思うんですけど。
いとう「たいと思う」(笑)
千歳太夫なかなか行けないんですけどね。舞台する前にくたびれてしまったらダメなんですけど、体調を整えるっていうか。
いとうそうそう、そのご極意ですよ。極意を教えてください。
千歳太夫暴飲暴食は慎め。そんなもんです。それ以外ない(笑)。
いとう始まる前は、もうご飯はなるべく早く食べとくとか、色々あるじゃないですか。
千歳太夫そうそう、ご飯はですね、大体あらかじめ食べておいて、みんなと言うんですけど、むしろ満腹の時よりも空腹の方が舞台は調子いいです。
いとうそうですか。エネルギーが枯渇しちゃうとかいうことはないってことですか。
千歳太夫うーん……。
いとうあったとしても、ご飯いっぱい食べちゃってるよりは絶対いいと?
千歳太夫絶対いい。
いとういいんですね。ハングリーな方が。
千歳太夫これはね、人によると思います。舞台10分前でもお饂飩召し上がったほうが力が入るって方もいるから。
いとうそうかそうか。
千歳太夫これは個人差がある。
いとうそれはしょうがないですね。
千歳太夫僕なんかは、舞台をやる前はものは入らない。終わってからじゃないとダメですけどね。いろんなパターンがあります。
いとううんうん。
千歳太夫だってね、今の若太夫さんのおじいさんの(十代目)若太夫師匠、舞台をやってる途中でお腹が減るっていうの、聞きましたよ。途中でお腹が減ってくるっていう意識、僕にはないです。
いとうあ、ない?
千歳太夫ない。終わって、「あ、お腹減ったな」っていうのはあるけど。
いとうああ、はいはい。
千歳太夫僕はね、胃が上に上がってるんですよ。
いとうえ、胃が?
千歳太夫ちょっと。
いとう普通より?
千歳太夫そう。だからね、げっぷが多いでしょうって主治医に言われるんですけど。普通は中性の所まで、酸が上がってきてるらしい。
いとうああ、なるほどなるほど。酸が上がっちゃう。僕もそうなんですよ、胃酸過多。それって、お腹の所の声出す具合には影響ないんですかね?
千歳太夫あんまりないです。
いとうじゃあ、全然問題ないですね。
千歳太夫結構ビールとか飲んでたんですけど、そう言われて本当に飲めなくなって、飲まなくなりました。次の日辛くなるから。
いとううん。
千歳太夫役も重いし。
いとううん。
千歳太夫お酒飲んで何かあったら、面目ないですからね。せっかくいただいた役をね。
いとうもちろんもちろん。
千歳太夫11月文楽公演始まってから、お酒は飲んでません。
いとうすごい!(拍手)
千歳太夫飲みたいですけどね(笑)。
いとうえ、飲みたいは飲みたいんですか?(笑)
千歳太夫飲みたくなってきた(笑)。
いとうでも、確かに体は、確実に飲まない方が楽ですよね。
千歳太夫楽ですね。
いとう声の調子もコントロールしやすいし。
千歳太夫と思いますけどね。
いとう今後、千歳さんがこれをこういう風にやりたいんだっていう、なんかこう、像はあるんですか。師匠とかを観てきて。
千歳太夫で、うーん……年取ってきますからね。なんて言うかな……師匠の姿勢には近づきたいと思います。
いとう姿勢?
千歳太夫姿勢。そう、芸に対する姿勢の話ですね。
いとううん。
千歳太夫芸に向き合った時、自分で真面目にやってるつもりなんですけどね。どっかこう、穴がありますね、なんか。
いとうまだまだ考えとかなきゃいけないというところがあるんじゃないか、と。
千歳太夫 ちょっと薄いね、と自分で思います。
いとう師匠はそこのところをもうピタって、あらゆること考えてたんじゃないかと感じる?
千歳太夫そう思います。ものすごい精神力だなと思います。浄瑠璃のことが頭から離れないんでしょうね、みんな。
いとうああ。
千歳太夫 山城少掾師匠でもね、僕の大師匠ですね、11月文楽公演で『忠臣蔵』の六段目が出てますけど。
いとううん。
千歳太夫 「金」っていう文字がね、47回使われてるっていう発見をなさったんです。じーっと読んでてね。
いとうそうなんですよね。
千歳太夫 パズル消しみたいなもんでしょうね。
いとうそうか、読んでてわかることがあるんですね。
千歳太夫 そうなんです。きっと床本を読まれていて、「47あるな」って。
いとうすごいですよね。
千歳太夫「眼光紙背に徹す」って言うじゃないですか。
いとうそうですね。
千歳太夫すごいですよね。ただ読んだ訳じゃない。
いとう書いた方もすごいけど、見抜いた方もすごい。
千歳太夫 すごいです。
いとうそういう世界がこの浄瑠璃の世界なんだ。
千歳太夫 近松半二でも、なんかね、色々あるみたいですよ。
いとうそうなんですか。ここのところが、みたいな?
千歳太夫 うん。これ、咲太夫師匠に聞いた話。「金殿」、『妹背山』の四段目を稽古していただいたんですけど。
いとううん。
千歳太夫 お三輪が出てきて、馬子唄を歌わされるじゃないですか。
いとううんうん。
千歳太夫 で、官女たちが馬子の唄なら面白かろって言うんです。馬子の唄なら聞いてもいいよな、面白いだろうってことね。そこでおっきいお師匠さん(山城少掾)もね、「馬子の唄」を「んまこのうた」って語っていて、蘇我馬子を利かせてあるんじゃないかって言うんです。
いとうなるほど。
千歳太夫 「んまこの唄なら」って必ずおっしゃるのね。
いとううん
千歳太夫 おっきいお師匠さんもレコードが残ってて、「んまこの唄なら」って言ってるって咲太夫さんがおっしゃって、聴いてみたら、確かにそうなんです。
いとううわ、面白いなあ。すごい。
千歳太夫 すごいでしょ?
いとうそうなんですよね。いや、すごいな。それこそ文学ですね。すごいですね。
千歳太夫 書いた人もね、見抜けるかって感じだったかと思いますよね。
いとうもう本当にそうですね。でも、他にもいっぱいありうるってことですもんね。そんなことが。
千歳太夫 あると思う。
いとう今のは割とこう、ドストエフスキーみたいな人とか、ナボコフみたいな人は特にそうだけど、もう色んなところに色んな仕掛けをして、でも一切言わないで死んでってんですよね。
千歳太夫 ああ、そうですか。
いとうやっぱりすごいですよね、書く人達のなんかこう……いつか誰かが見抜くだろう、みたいな。
千歳太夫 うんうんうん。
いとうそこに賭けてやろうか、どうだ、みたいな感じ。かっこいいですね。そんなふうになりたいな。
千歳太夫 ドストエフスキー、文庫本開いたらさ。
いとううん。
千歳太夫 1ページ全部、字が埋まっててさ(笑)。
いとううん(笑)。
千歳太夫 米川正夫さんの訳で読んで。
いとう改行がない(笑)。
千歳太夫 ない!(笑)
いとうずーっと喋ってますからね、人が。
千歳太夫 樋口一葉の文章もそうだった。
いとう一葉もそうですね。ドストエフスキーは割と浄瑠璃に向くかもしんないですよ。セリフがすごいから。
千歳太夫 うん。そうかもしれないですね。話が飛んじゃったけど。
いとう話飛んじゃったけど、ともかく今後も色々教えてください。
千歳太夫 いや、こちらこそお願いします。
いとう昔、源内のだったかな、すごく淫靡な浄瑠璃の台本、くれましたよね?
千歳太夫 『長枕褥合戦』。
いとうそう。源内ってこういう人だったんだ、っていうのが本当に面白かったですね。で、深川の方じゃないですか。それこそ。
千歳太夫 そうそう、源内ね。
いとう源内っていう人が違う風に見えたのも千歳さんのお蔭だし、千歳さんはいろんなもん読んでんだなって思って。
千歳太夫 ありがとうございます。
いとうその時からもう本当にありがたいなと思っております。
千歳太夫 いえいえ、せいこうさんほどじゃありません。
いとういえいえ、今後も教えてください。よろしくお願いします。
千歳太夫 こちらこそです。取り留めのない話で。
いとういえ、すごく面白かったです。
千歳太夫 ありがとうございました。
いとうありがとうございました。
(了)