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【2月文楽公演】好評上演中、23(月・祝)まで!(舞台写真あり)
横浜・日本大通りのKAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉にて、2月文楽公演が11日(水・祝)に初日を迎えました。第三部は、本格的な文楽を短い時間とお求めやすい価格でお楽しみいただける《文楽名作入門》として、「文楽は初めて」という方にもぴったりです。横浜港や中華街などがほど近いKAAT神奈川芸術劇場で、周辺の散策とご一緒に文楽の魅力に触れてみませんか?
舞台写真とともに、みどころをご紹介いたします。
通し狂言『絵本太功記』(えほんたいこうき)
近松柳ほかの合作により、当時人気だった太閤秀吉の一代記である読本(よみほん:江戸時代に刊行された小説の一種)『絵本太閤記』をもとにして書かれ、寛政11年(1799)10月に大坂豊竹座にて初演されました。織田信長(作中では、尾田春長)が、家臣の明智光秀(作中では、武智光秀)の謀反により自害した「本能寺の変」前後の物語で、羽柴秀吉(作中では、真柴久吉)が光秀を追い詰めていくドラマをお楽しみいただけます。
文楽の演目の中でも特に著名な本作を、今回は約20年ぶりの上演となる場面を含む、通し狂言として上演いたします。

尼ヶ崎の段
【第一部】〈発端 安土城中の段〉
尾田春長による天下統一が目前とされた安土桃山時代末期。安土城では、春長のもとで、春長の忠臣・武智光秀、真柴久吉が並び立っています。城内では、日蓮宗の寺から植え替えさせた大蘇鉄が夜中に声を出して振動するという不思議が起こっていました。占いで法華経の法力が原因だと知った春長は、捕えていた法華の僧を散々に侮辱して手に掛けようとします。
光秀は主君の横暴を諫めますが、これに怒った春長は、光秀を打ち据えました。

安土城中の段
〈六月朔日 二条城配膳の段〉
都の秩序を回復した春長の功により、春長の嫡子に位が授けられることとなり、二条の御所では饗応役の光秀と森の蘭丸が勅使を迎えます。
光秀の一子・十次郎が膳を運んでくると、蘭丸は、光秀がもとは浪人であったことなどを言い立てて光秀を嘲ります。光秀が蘭丸に詰め寄ると、光秀の忠誠心を疑っていた春長は、その本心を探ろうと光秀の襟を摑んでねじ伏せ、蘭丸に光秀を打つように命じました。蘭丸に鉄扇で眉間を割られた光秀でしたが、なおも春長の短慮を諫めたので、春長は一層怒りを募らせて光秀父子を館から追い出しました。

二条城配膳の段
〈六月二日 本能寺の段〉
春長の寝所である本能寺に、春長の側室・阿野の局と春長の孫の幼い三法師丸が訪れました。春長は、光秀の動向を警戒する蘭丸の忠告に耳を貸さず酒宴に興じ、また、蘭丸も恋人の腰元・しのぶとのとの語らいに緊張を緩めてしまいます。
深夜、眠れずにいた春長は、辺りの喧騒に異常を察知します。光秀が謀反を起こしたのです。敵に斬り込み負傷して帰ってきた阿野の局に、春長は、三法師丸と尾田家の旗を託し、久吉へ無念の思いを伝えるよう命じました。そして、兄が光秀側に付いたため自害したしのぶの臨終の間際、春長は深手を負った蘭丸を夫婦として添わせてやりました。押し寄せる敵の攻撃を待ち構える春長との別れを惜しみながら、阿野の局は敵を斬り伏せて久吉のもとへ向かいます。

本能寺の段
〈六月五日 局注進の段〉
久吉は備中高松城を水攻めにしています。城内から、郡家の使い・安徳寺恵瓊と、高松城主で郡家家臣の清水長左衛門の妹・玉露が派遣されました。城を抜け久吉に匿われた浦辺山三郎と協力して、久吉を討ち取る魂胆です。しかし、久吉が名将と知った山三郎は、今や久吉を討つ気をなくし、長左衛門への申し訳に自害を覚悟していました。様子を窺っていた久吉は、長左衛門に渡せば手柄となるという書状を山三郎に託し自害を思いとどまらせます。山三郎と恋仲の玉露は感謝し、山三郎とともに城へ帰っていきました。
その時、深手を負った阿野の局が、久吉のもとへ必死の思いでたどり着きます。阿野の局は、光秀の謀反と春長の自害を久吉に知らせ、役目を果たしたとそのまま息絶えました。久吉は、事の重大さに味方が動揺するのを防ぐため、曲者を斬り殺したようにしてこの場を繕います。

局注進の段
〈六月五日 長左衛門切腹の段〉
しかし、阿野の局と久吉の話を、恵瓊が立ち聞きしていました。恵瓊は早速郡家へ知らせようとしますが、久吉に呼び止められて罵られたうえに、袈裟まで投げ付けられます。なんとその袈裟は、恵瓊が以前ある男に、将来天下を取ると予言した際に与えた袈裟だったのです。すべてを悟った恵瓊は、久吉の言葉に従い、和睦を調えるために郡方へ戻っていきました。

長左衛門切腹の段
やがて、山三郎が持ち帰った久吉の書状を読んだ長左衛門が、味方の助命を条件に切腹の覚悟を決め、久吉のもとへ現れます。妻のやり梅が子供を連れて夫のもとに駆け付けますが、長左衛門はすでに切腹したあとでした。約束どおり、川の堰が切り落とされ、城の周囲から水が引いていくと、久吉は長左衛門を石垣に登らせ、和睦を喜ぶ人々の姿を見せます。

長左衛門切腹の段
次いで、恵瓊に伴われた小梅川隆景がやってきて、久吉と和睦を結びます。隆景に子供の養育を約束された長左衛門は、満足して息をひきとりました。
今後の協力を隆景に取り付けた久吉は、光秀討伐のため、すぐさま都に向かいます。

長左衛門切腹の段
【第二部】〈六月六日 妙心寺の段〉
光秀が陣を構える妙心寺に戻ると、息子の不忠を許せない母・さつきは、みすぼらしい身なりとなり、光秀の妻・操や十次郎の婚約者・初菊が止めるのも聞かず、妙心寺を立ち去りました。

妙心寺の段
夕方、光秀の家臣・四王天田島頭は、一人でいる光秀の様子が気にかかり、こっそり様子を窺っていました。主殺しの罪に悩んでいた光秀は、衝立に辞世の句を書き残し、刀を手に切腹しようとします。田島頭が急いで駆け寄り、同じく父の様子を見守っていた十次郎とともに、光秀を押しとどめました。暴君を殺したのは天誅だ、と言う田島頭の言葉に説得されて迷いが消えた光秀は、都に戻りつつある久吉との戦いを二人に命じると、久吉を討つ許しを得るために宮中へ向かうのでした。

妙心寺の段
〈六月九日 瓜献上の段〉
郡家と和睦した久吉の陣に、献上用の瓜を持った百姓・長兵衛が、旅僧・献穴を連れてやってきました。二人は、村に光秀が陣を取って久吉の命を狙っていることを密告すると、久吉を手引きして光秀を討たせるためにお迎えに上がったと言い、土産の瓜を差し出します。
不意を突いて光秀方の攻撃が始まりました。急いで逃げるよう勧める百姓が、実は光秀の家臣・田島頭だと見破った久吉は、田島頭の攻撃をかわして献穴の袈裟衣を奪うと馬で駆け出しました。久吉の家臣・加藤正清と渡り合った田島頭は、深手を負って最期を遂げました。

瓜献上の段
〈六月十日 夕顔棚の段〉
光秀のもとを去ったさつきが暮らす侘び住まいに、操と初菊が訪れ、さつきに十次郎の初陣の願いを知らせました。
そこへ、一人の旅僧が一夜の宿を乞いにやってきます。藪かげにその僧を追ってきたらしい光秀と目が合ったさつきですが、思うところがあり風呂を沸かして、僧に入るよう勧めます。

夕顔棚の段
十次郎が出陣の許しを得ようと、さつきのもとへやってきます。さつきは出陣の前に初菊との祝言を挙げることを提案すると、さつき・操・初菊の三人は準備を始めました。
〈六月十日 尼ヶ崎の段〉
祝言の準備が整い、夫婦固めの盃が交わされると、操と初菊が別れを惜しむ間もなく、十次郎は出陣してしまいました。討死を覚悟していた十次郎の心を察して祝言を挙げさせたさつきも、操と初菊同様泣き伏すほかありません。
風呂が沸くと、さつきは最初に僧が入るよう促しました。すると、藪かげに隠れていた光秀が姿を現し、この僧が久吉に違いないと、風呂場めがけて竹槍を突き通しました。ところが、中からうめき声をあげたのはさつき。光秀の企みを見抜いていたさつきは、主殺しの罪が親に報いたと光秀に思い知らせるため、自らの命を賭けて光秀の不義を諭したのでした。しかし、暴君を討ち取ったのは天下のためと考える光秀は、改心するよう諫める操の言葉にも耳を貸そうとしません。

尼ヶ崎の段
そこへ、負傷した十次郎が戦場から戻り、味方の全滅を報告します。父の身を案じて退却を促す十次郎は、すでに息も絶え絶えでもはや目も見えません。十次郎を不憫に思う瀕死のさつき、十八年間育てた息子を失う操、祝言を挙げてすぐに夫と死に別れる初菊、それらの嘆きを聞く光秀も、とうとう耐え切れず激しく涙を流します。

尼ヶ崎の段
にわかに辺りが騒がしくなり、光秀が木に登り見渡すと、すでに久吉軍が攻めてきています。奥の間から久吉が装束を改めて姿を現しました。さつきは、久吉に詰め寄る光秀を押しとどめ、息子の罪を一身に受ける本心を久吉に告げると、十次郎とともに息絶えました。光秀と久吉は、改めて山崎の天王山で勝負を決する約束を交わしたのでした。

尼ヶ崎の段
【第三部】《文楽名作入門》
『勧進帳』(かんじんちょう)
兄・源頼朝から追われる身となり奥州藤原氏を頼ろうとする源義経一行の、安宅の新関でのエピソードは、『義経記』に描かれたのち、能『安宅』をはじめ、様々な芸能で脚色されました。なかでも歌舞伎十八番の一つ『勧進帳』は、歌舞伎の代表的な演目です。人形浄瑠璃の演目としては、『鳴響安宅新関(なりひびくあたかのしんせき)』という外題で、明治28年(1895)2月に大阪稲荷座にて初演されました。
義経の従者・武蔵坊弁慶と義経を捕えようとする富樫之介正弘との駆け引きや、文楽のならではの義太夫節の響きと人形の動きが楽しめる弁慶による延年の舞など、観どころ・聴きどころに富んだ作品です。また、今回は、弁慶が豪快な飛び六方で引っ込むラストシーンを、客席に特別に設ける花道で演じます。文楽では珍しい花道を使用した舞台を、ぜひお見逃しなく。
兄・源頼朝と不和となった源義経は、武蔵坊弁慶らわずかな家来とともに、奥州藤原氏のもとへ向かいます。弁慶を先頭に義経を下僕に変装させ、一行は山伏として関所を通過しようとしますが、関守の富樫之介正弘は、一行を通しません。そこで、富樫の疑いから逃れるため、弁慶は、白紙の巻物を勧進帳(寺に寄付を募る願いが書かれた巻物)のように読み上げました。
『勧進帳』
一度は通行を許した富樫でしたが、中に義経に似ている者がいることに気が付きます。弁慶は、富樫を欺くために不忠を覚悟で杖で義経を打ち据えると、それを見た富樫は、弁慶の痛切な思いに共感して関所を通しました。
関所を離れ、主君を打った罪の深さに弁慶がひれ伏していると、富樫が無礼の詫び酒を献上しに追いかけてきました。弁慶は延年の舞を舞いながらも、義経たちに出立を促し、改めて富樫から逃れたことを確かめ、義経たちの後を追って駆けていくのでした。
『勧進帳』
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2月文楽公演は23日(月・祝)まで!
チケット好評販売中
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