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【6月邦楽公演「現代邦楽名曲選」特別インタビュー】 田中之雄(琵琶奏者)
「古典の技術を身につけて、時代に生きたセンスをとりいれる」


田中之雄

1966年『武満徹の音楽』「エクリプス」

―いつから琵琶のご演奏をはじめたのですか。

田中之雄(以下、田中) : 実は、はじめての音楽との出会いはクラッシックギターでした。その中で色々な音楽とのかかわりを持つようになりまして、たまたま聴いた武満徹のレコードに≪エクリプス≫という曲が収録されていて、そこから琵琶に興味を持つようになりました。たしか、1968年頃だったでしょうか。川口市にいらした錦心流の石坂南水先生に入門致しまして、琵琶を始めました。


―はじめは何をお習いでいらっしゃったのですか。

田中 : 基本的に古典曲の習得から始まりました。語りを中心にしたお稽古ですね。
しかし、習い始めて半年くらいで、石坂先生が鶴田錦史先生をご紹介下さったのです。普通、別の師匠のところへ付かせるっていう事はしませんよね。どうしてそうなさったのかはわかりませんが、鶴田錦史先生は当時、若い子を育てたいという熱心な意欲をお持ちでいらっしゃったようで、その関係から弟子として預けられたようでした。その頃稽古に通っていた仲間には半田淳子さん、後に岩佐鶴丈さん、齊藤鶴竜さんがいましたね。


―どのようなお稽古でいらしたのでしょうか。

鶴田錦史

田中 : 主に古典曲が中心です。先生の音色をよく聴き、手の形なども注意深く見ていた覚えがあります。稽古を通じて、弾き語りに関してはその内容の情景が浮かぶような演奏を心がけるようになりました。現代曲では琵琶ならではの余韻といいますか、サワリ特有の音色が持ち味なので、一つの音を生かすための余韻、間を大切にし、先生は五線譜をただ演奏するのではなく、西洋楽器に近づきすぎないように、琵琶の特色を生かすという事を重視されていましたね。
また、様々な演奏家と交流を持つようにとも言われまして、NHK邦楽技能者育成会への入会も勧められました。実に懐の深い先生でいらっしゃったと思います。私は、1973年にNHK邦楽技能者育成会を卒業しましたが、このとき、色々な邦楽演奏家とのご縁を頂き大変有意義な時間を過ごせたと思っています。


―武満徹との交流はございましたか。

フランスの新聞に掲載された
『パリの秋』記事の一部

田中 : 1978年パリで開催された『パリの秋「日本の時 空間-間-」』(磯崎新・武満徹ディレクター)の時のことです。この芸術祭に出演予定であった鶴田先生から突然電話が入り、『私の体調が悪いので、あんた私の代わりにパリへ行ってもらうよ』とのこと。私は『えっ?!』とあまりにも突然だったので驚きました。それが出発の10日くらい前の事だったと思います。
急遽私のもとへその役割が回ってきたのです。まさか先生の代演なんてできるなんて思いもよりませんでしたし、ゆめゆめパリで演奏するとは…。それからは、渡航準備に大忙し。曲の練習をする時間なんて全然ありませんでした。
武満先生の構成したプログラムは、伝統と現代の二本立て。西洋と東洋の二項対立ではなく、声明や琵琶などの「伝統音楽」と、若手作曲家による器楽曲中心の「現代音楽」に分けて構成されていました。伝統音楽には、横山勝也先生と私の他に、天台声明、沢井忠夫先生、富山清琴先生の出演が予定され、ソルボンヌ寺院が演奏会場でした。



「芸術新潮」1979年2月号、146頁
(左から田中之雄、横山勝也、武満徹)

田中 : 無事にパリに着き、1日目の演奏の後、武満先生から質問されたことがありましてね。
「田中君は何か他の楽器をやったことがある?」と聞かれたので、「クラシックギターをやっていました」と伝えたところ、「あぁ、そう、あまりギターは弾かない方がいいね」と。
その時は何のことか分かりませんでしたが、その後、それは演奏の中の半音の音程の事だと気付いたのです。琵琶の半音は平均律よりかなり低い半音なのですが、その頃の私の半音は平均律に近かったのですね。
武満先生は、その琵琶独特の半音の音程がすごく気に入っていたようで。このような微妙な音程を聴き取る音感の鋭さに驚きました。
『パリの秋』は、日本の音楽界でも話題を呼び、『芸術新潮』『音楽の友』等でも大きく取り上げられています。


―その後、国立劇場にご出演頂きました。

田中 : 昭和58年には、≪エクリプス≫を横山勝也先生と演奏させて頂きました。山川直治さんが企画された「現代日本音楽の展開」の第一回目でしたか。感慨深いですね。その後、武満先生の作品では、昭和59年に≪旅≫で出演させて頂いております。当時鶴田先生は、座談会に出演されておりましたので、私が一人で演奏することになりまして。琵琶三面のうち二面の演奏は事前録音したものを再生し、残り一面を私が担当しました。


昭和58年(1978)6月国立劇場  『第一回 現代日本音楽の展開』
《エクリプス》武満徹作曲

―そのほか雅楽公演にもご出演いただきました。

田中 : もともと雅楽との接点はなかったのですが、木戸敏郎さんからご依頼いただきまして、雅楽の現代曲にも参加するようになったのです。もしかすると、雅楽の琵琶奏者の方のご都合が付かなかったために、私にお声が掛ったのかもしれないのですが、雅楽との共演は初めてだったので、いろいろ戸惑いもありました。
例えば、最初の練習のとき、雅楽の曲のはじまりはテンポも拍子もゆっくりで四拍目から次の一拍目に移るのに少し間があるようなのですね。私はそういった特徴も分かりませんから四拍目から一拍目の頭でインテンポのつもりで出ましたら他の楽器はどなたも音が出ておらず、私の琵琶だけ『ボロロン』と出てしまって、恥ずかしいやら気まずいやらでした。
しかし、様々な演奏家と交友関係を持つことができましたし、このような大規模な舞台で演奏することは滅多にありませんでしたので、今となっては貴重な体験だと感じています。


昭和62年(1987)年9月国立劇場  『舞楽』
《闇を熔かして訪れる影》一柳慧作曲

四絃琵琶

―復元楽器のご演奏にもご協力くださいました。

田中 : 正倉院の資料に基づき復元された「四絃琵琶」も演奏いたしました。楽琵琶は、薩摩琵琶と違って糸口の幅が非常に狭い。そのため、ポジションを押さえるのにとても苦労しました。また演奏方法も、絵画や古史料を参考にしながら復元することが大切だったので、弾き方に慣れるのも大変でした。


―邦楽の委嘱作品も多数初演してくださいました。

田中 : 平成元年には、北爪道雄作曲≪映照≫、平成4年には、野田暉行作曲≪天籟≫を演奏させていただきました。いずれも琵琶という楽器への理解ある作曲家の方でいらっしゃいましたので、良い作品であったように思います。また平成6年に演奏させていただいた北爪道雄先生作曲≪悠遠≫は、自分のパートの弾き語りや長唄の方の伴奏をなど、様々な役割を任された作品でした。長唄の方の唄の間合いに合わせて伴奏することは初めてでしたので、その難しさを感じましたね。


平成6年(1994)6月国立劇場  『第十二回 現代日本音楽の展開』
《映照》北爪道雄作曲

平成9年(1997)1月国立劇場 『ひなの一ふしⅠ』
《琵琶に磨臼》

田中 : また、平成9,10,11年に上演した「ひなの一ふし」というシリーズも思い出深い公演です。これは、間宮芳生先生が、菅江真澄の残した日記を手掛かりに、江戸時代の東北の原風景の再現を試みた企画だったのですが、語りの斎藤忠正さんが秋田県出身で、青森県出身の間宮芳生先生と稽古中も東北弁で喋ったりしていましたので、作品の世界にも入りやすく情景が描きやすかったですね。





平成10年(1998)
田中之雄リサイタル「翹」

―この頃、国立劇場以外ではどのようなご活躍がありましたか。

田中 : 1998年銀座王子ホールにおいて初のリサイタル「翹(ぎょう)」を開催しました。
琵琶は本来唄の伴奏楽器でありましたが武満徹作曲の「エクリプス」「ノヴェンバーステップス」などの曲により独奏楽器としての琵琶も注目されるようになりました。
このリサイタルでは古典曲はもちろん共演者の方々のご援助を頂き、さらに、琵琶の持つ幅広い可能性を追求し、伝統音楽である琵琶が常に新鮮な音楽として次世代にも響き継がれ高く羽ばたくことが出来るようにとの思いで、タイトルを「翹」としました。



―これまでのご経験から若い世代へお伝えになりたいことはありますか。

田中 : 最近は、譜面に強い方が多いように思います。音楽の基礎を勉強されてから琵琶のお稽古を始める方もいらっしゃいますので、楽曲を理解するのがとても早い。しかし、そこから琵琶の特色をどのようにいかすかという事がとても大切だと思います。『楽譜をただなぞるだけでなく、声や楽器の良さを最大限に引き出す工夫をしなさい』と鶴田先生も仰っていました。洋楽器ではなく、日本の楽器を演奏する必然性を理解していただきたいと思います。


―これからの邦楽界へ期待することを教えて下さい。

田中 : 現代に生きた音楽を演奏してほしいと思っています。古典には古典の良さがありますし、古典は必ずしっかり稽古していただきたいと思います。古典の技術を身につけたうえで、その時代時代に生きたセンスや感覚をとりいれた演奏をしていただけるといいですね。私が若かった頃は現代邦楽が盛んでしたが、今ではアニメなどいろいろなジャンルで琵琶の音色を耳にすることが多くなりましたね。これからも琵琶に限らず、もっと日本の音楽が盛んになるよう、様々な可能性に挑戦していただけたら嬉しいです。



<プロフィール>
田中之雄
(たなか・ゆきお) 琵琶奏者

鶴田流琵琶。1973年NHK邦楽技能者育成会18期卒業。1979年日本琵琶楽コンクール第1位ならびに文部大臣賞・日本放送協会賞受賞。
古典曲のほか武満徹作品をはじめ現代曲の演奏を国内外で行う。2010年にはニューヨーク・カーネギーホールにて「ノヴェンバー・ステップス」を演奏。
テレビ音楽ではNHK大河ドラマ「宮本武蔵」「独眼竜政宗」「花の乱」や時代劇「蝉しぐれ」、映画音楽では「忠臣蔵外伝四谷怪談」「陰陽師」「どろろ」他の琵琶を担当。CD「MOONBEAM」「静寂の美」「琵琶」「鎮魂雅哥」「琵琶 田中之雄」他多数出版。元東京音楽大学講師。現在、日本琵琶楽協会副会長。


【公演情報】
6月邦楽公演「現代邦楽名曲選」 公演の詳細はこちらから