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国立劇場

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【6月邦楽公演「現代邦楽名曲選」特別インタビュー】 宮田まゆみ(笙奏者)
「めづらしく今めきて 雅楽の瑞々しい感性」


宮田まゆみ

―これまで国立劇場の主催公演に60回以上ご出演いただいております。最初にご出演いただいたのは、昭和54年6月でした。

多忠麿

宮田まゆみ(以下、宮田) : もう40年以上も昔になりますか。当時の舞台のことはよく覚えております。最初は演奏ではなく、「舞方」としての出演でした。その頃はまだ雅楽を習い始めたばかりで右も左もわからないころ。
師匠の多忠麿(おおの・ただまろ)先生(1933-1994)から「五節舞を上演するために手伝ってくれないか」とお声掛けいただいて、出演することになりました。たしか私以外は東邦音楽大学の学生さんだったんじゃないかしら。


―舞も習われていたんですか。

宮田 : いいえ全然。私は昭和50年に大学をピアノ科で卒業したのですが、次第にピアノの演奏から音楽美学に傾倒するようになりました。そのなかで、雲の切れ間からすっと差し込む光の筋が、まるで宇宙から降り注ぐ笙の音色のように感じられて、そこから雅楽に関心を寄せるようになりました。
そして、昭和53年から大学の先生の薦めで千日谷雅楽会に通うようになり、多忠麿先生に教えていただくことになったのです。当時の指導者は多忠麿先生、東儀博(とうぎ・ひろし)先生、芝祐靖(しば・すけやす)先生でいらっしゃいました。初めは唱歌を習っていたのですが「君、五線譜読めるでしょ」ということで、翌54年4月には早坂文雄先生の「羅生門」に参加することになったのです。そして同年6月に国立劇場に出演することになりまして。


昭和54年(1979)6月国立劇場 「五節舞」

―目まぐるしい日々でしたね。それ続く国立劇場の公演は‥‥。

宮田 : 昭和54年9月「秋庭歌一具」ですね。隈取りのような大胆なメイクをして舞台に立ったことが忘れられません。当時、武満徹(たけみつ・とおる)さんのレコード(雅楽「秋庭歌」琵琶「旅」収録)は持っていたのですが、まさか自分が舞台に立つなんて。
私、もともと人様の前で演奏するつもりは全くありませんでした。笙の音もただ聴けるだけで良かったんです。舞台に立つなんて想像もしていませんでした。演奏を聴いていただくという自覚ができてきたのは、本当にずっとあとのことです。


昭和54年(1979)9月国立劇場 舞楽「秋庭歌一具」

―その後は毎年のように国立劇場にご出演頂いております。

宮田 : 秋庭歌の翌年は「雅楽の四季」ですね。上手の出舞台(文楽床の位置)に座って演奏したことをよく覚えています。とても緊張しました。
昭和56年には、平安時代の楽師・源博雅(みなもとのひろまさ)が残した『長秋竹譜』を芝祐靖先生が復曲なさった公演で、竽(う)という古代楽器を演奏しました。復曲というと、一見難解なように思われるかもしれませんが、実際に音楽を聴いていただくと、骨格のしっかりした音楽と感じられるのではないでしょうか。
現行の雅楽は、複数の調性が混在している複調性(ポリモード)といえると思うのですが、古代の雅楽は、比較的調性が整っていて聴きやすいように思います。芝祐靖先生は、古譜の解読に大変なご功績を残されましたが、復曲演奏に参加させていただくなかで、往時の音楽の姿に触れられて、とても貴重な経験をしました。


昭和56年(1981)国立劇場
伶楽「曹娘褌脱」―長秋横笛譜より

―昭和58年には、笙奏者としては初のリサイタルも開催されました。

宮田 : 当時国立劇場の制作だった木戸さん(当時木戸敏郎、現木戸文右衛門)から「リサイタルをしなさい」って助言されて。
その時点で、笙の独奏で聴かせられる曲といったら、古典の「調子」六曲くらいしかないのですが、一般の方にも雅楽楽器の魅力と可能性を味わっていただくために, 武満徹さんの『オーボエと笙のための「ディスタンス」』を演奏し、三枝成彰(さえぐさ・しげあき)さん、一柳慧(いちやなぎ・とし)さんに新作を委嘱しました。古典と現代作品の二本立てですね。
こうした企画は今も継続しておりますが、そのきっかけにはいつも国立劇場がありました。例えば、細川俊夫さんとは、国立劇場「東京一九八五」ではじめて出会いました。数台のテレビのブラウン管や霊柩車が舞台上に設置されて驚くような舞台装置でしたね。その際、美術をされたのが磯崎新(いそざき・あらた)さんでしたが、ご夫人で彫刻家の宮脇愛子さんともに、その後も深く交流させていただきました。


昭和60年(1985)10月国立劇場
雅楽の楽器と聲明の声のための「東京一九八五」

宮田 : また、フランスの作曲家ジャン・クロード・ エロアさんとは、昭和58年「観想の焔の方へ」という公演がきっかけとなり、ヨーロッパツアーにも参加させていただきました。深夜2時過ぎまでの演奏となったのが印象に残っています。こうして振り返ると、国立劇場の公演をきっかけに、たくさんの出会いを頂戴したような気がいたします。


昭和58年(1983)9月国立劇場
聲明の声と伶楽の楽器による「観想の焔の方へ」


―これからのご活躍が期待される若い皆様へ何かメッセージはありますか。

宮田 : まず古典をきちんと勉強すること、その上で新作にも積極的に取り組むこと、この二つをお伝えしたいですね。
雅楽は古典音楽ではありますが、『源氏物語』にも「めづらしく今めきて」とあるように、当時においては今風の新しい音楽だったんですね。憧れの唐の「新譜」が入ってきて、きっとワクワクした気持ちだったのでしょう。そういう瑞々しい感覚を宿しながら、古典作品に接することが大切だと思っています。


―今後、どのようなご活躍を目指されていますか。

平成23年(2011)9月国立劇場
「秋庭歌一具」

宮田 : いま、古譜の解読とその演奏に力を注いでいます。特に、豊原利秋(とよはらのとしあき。平安末期から鎌倉初期にかけて活躍。笙を相承した豊原家の第十代で、今の豊<ぶんの>家の御先祖です。)が撰進した「鳳笙調律呂巻」の復曲演奏に取り組んでいます。
一見、古譜の書き方は現在のものと変わらないように見えるのですが、よく見ると拍節や音の使い方などが異なるんですね。そうした、鎌倉から室町期にかけての音楽を研究し直してみることで、古典と現代の両方にとって新しい可能性を拓けるような気がしています。そういえば、実はこの取り組みも、平成18年(2006年7月8日)に企画された国立劇場の公演『管弦-失われた伝承を求めて』がきっかけにあったんですよ。いつも国立劇場は私の活動にきっかけを与えて下さいます。



<プロフィール>
宮田まゆみ
(みやた・まゆみ) 笙奏者
ⓒJames Ware Billett

国立音楽大学卒業後、雅楽を学ぶ。1979年より国立劇場雅楽公演に参加。
古典雅楽はもとより、ジョン・ケージ、武満徹、一柳慧、細川俊夫など現代作品の初演をはじめ、小澤征爾、C.デュトワ、A.プレヴィン、大野和士の指揮のもと国内外のトップオーケストラと数多く共演。加えてヘルムート・ラッヘンマン作曲のオペラ『マッチ売りの少女』への出演、パリの秋芸術祭、ウィーン・モデルンなど各国の音楽祭への出演、東京、ニューヨーク、ミラノ、パリ、ウィーン、ローマ、ロンドンなどでのリサイタルと幅広く活躍している。
2016年に行った『甦る古譜と現代に生きる笙 シリーズⅢ』によって芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。今までに芸術選奨文部大臣新人賞、中島健蔵賞、佐治敬三賞など受賞。2018年秋に紫綬褒章を受章。2021年度国際交流基金賞受賞。伶楽舎音楽監督。国立音楽大学招聘教授。


【公演情報】
6月邦楽公演「現代邦楽名曲選」 公演の詳細はこちらから