作＝久堀裕朗（大阪公立大学大学院文学研究科教授）

※令和8年初春文楽公演にて『新薄雪物語』を28年ぶりに上演するにあたり、平成27年4月～31年1月まで、当劇場文楽公演解説書に連載された同タイトル（全16回）の特別編を公開します。楽しく作品理解が深まること間違いなしです！　ご観劇の前に、ぜひお読みください。第1回、第2回に続く最終回です。

瑠璃（るり）【文楽系ユーチューバー】　突然ですが、ここで「瑠璃の調べてみました！ コーナー」、パチパチパチー（拍手）
竹田【古書店主人】　びっくりするなあ、急に。
瑠璃　わたしもこのチャンネルのナビゲーターで、文楽歴11年になりますからね。竹田さんだけに任せていられません。『新薄雪物語』といえば〈陰腹〉が有名ということで、今回は他の作品にどんな〈陰腹〉の場面が出てくるか調べてみました。
竹田　なるほど、興味深いね。
瑠璃　まず〈陰腹〉というと、文楽や歌舞伎で、登場人物がひそかに切腹していて、それを隠したまま現れて、苦痛に耐えながら、やがて心中を明かす演技のこと、あるいはその場面のことです。『新薄雪物語』は28年ぶりの上演なので観てないんですけど、知ってる作品の中に出てこなかったか探してみました。
竹田　何かあったかなあ？
瑠璃　フフ、ありますよ（得意そうに）。たとえば、『日吉丸稚桜（ひよしまるわかきのさくら）』駒木山城中（こまきやまじょうちゅう）の段。令和2年の文楽素浄瑠璃の会で聴きました。鍛冶屋（かじや）の五郎助（ごろすけ）の〈陰腹〉です。五郎助は、娘への恩愛と元主人への申し訳のために命を捨てるんです。
竹田　なるほど、『日吉丸』があったか。
瑠璃　まだありますよ。知りたいですか（得意そうに）。『恋女房染分手綱（こいにょうぼうそめわけたづな）』能舞台定之進切腹（のうぶたいさだのしんせっぷく）の段。これは最近上演されてないので、観たことないんですが、娘の重の井の命を助けるために父定之進が娘に代わって切腹するという内容です。
竹田　能舞台で『道成寺』上演中の〈陰腹〉か。
瑠璃　どちらも子のために親が切腹していて、そこが『新薄雪物語』とも共通する点かと思いました。
竹田　どちらも『新薄雪物語』より後の作品だから、影響を受けたのかもしれないね。
瑠璃　それにしても、どれもあまり上演されない点が気になりました。文楽では親が子を犠牲にする芝居が多いから、そういう内容に抵抗がある現代のお客さんも多いと思うんですけど、こっちは子を助けるために親が犠牲になるという内容だから、むしろ受け入れられやすいんじゃないでしょうか。
竹田　その通りだと思うよ。少なくとも『新薄雪物語』は、もっと上演されてよい名作だし、再評価の余地も大きいと思う。二つの家の息子と娘が恋に落ち、親が対応を迫られる芝居といえば、『妹背山婦女庭訓（いもせやまおんなていきん）』の妹山背山（いもやませやま）の段が有名だよね。あの段でも最後は両家の親の心が通うけど、その過程で子どもたちは命を落とす。それに対して『新薄雪物語』では、左衛門と薄雪の首を討つ代わりに、父親の園部兵衛と幸崎伊賀守（さいさきいがのかみ）が進んで命を捨てる。二人の父が同じ意図で切腹することから、〈合腹（あいばら）〉とも呼ばれるんだ。派手さはないけど、心底の一致が確認される場面はしみじみとして感動的だ。まず伊賀守と兵衛が「子を思ふ親心は、これほどにも割符が合ふものか」と、互いの心が通じ合っていたことを確かめ合う。さらに、二人がすでに腹を切っていたと知った兵衛の妻も、「両方お心の合うたこと、竹を割つて合はせたやうなと申さうか、子ゆゑに命お捨てなさるゝお前方は、恩愛もあり慈悲もあり」と言う。苦痛の最中にあっても、子を逃した二人の父の心は晴れやかだ。兵衛の妻も交えて笑い合う、いわゆる〈三人笑い〉は、浄瑠璃史に残る名場面だと思うよ。
瑠璃　思い入れがありそうですね。
竹田　ああ、若い頃に観た舞台の印象は強かった。先代織太夫さん（九代目竹本源太夫）の語りが耳に残っているよ。今回の「園部兵衛屋敷」も楽しみだ。
瑠璃　視聴者の皆さんも国立文楽劇場の初春文楽公演、絶対にお見逃しなく。
竹田　ところでこの動画、観る人いるの？
瑠璃　まとめに入ろうとしているところで、何てことを言い出すんですか。チャンネル登録者数もうなぎ上りで、国立劇場公式チャンネルもおびやかす勢いなんですよ！
竹田　まさか、そんなことは。
瑠璃　今はまだ「谷陰の薄雪」なんです。
竹田　どういうこと？
瑠璃　今は谷陰の薄雪のように身を潜めていても、将来は天下に名を上げるということです！
竹田　大膳推しのようだね（苦笑）。

※この会話はフィクションです。

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