文楽入門 ある古書店主と大学生の会話 特別編(卒業後7年)~新薄雪物語~
作=久堀裕朗(大阪公立大学大学院文学研究科教授)
※令和8年初春文楽公演にて『新薄雪物語』を28年ぶりに上演するにあたり、平成27年4月~31年1月まで、当劇場文楽公演解説書に連載された同タイトル(全16回)の特別編を公開します。楽しく作品理解が深まること間違いなしです! ご観劇の前に、ぜひお読みください。第1回はこちらから。
第2回 判じ物・刀
竹田【古書店主人】 じゃあ、このへんで一つクイズにしようか。
瑠璃(るり)【文楽系ユーチューバー】 何だかすっかり竹田さんに仕切られているみたい。まさか番組乗っ取りを企んでいるのでは? 「古書店主竹田の文楽からくりチャンネル」とか……
竹田 バカなこと言ってないで、これを見てよ。さっきの小説『新薄雪物語』に出てくる判じ物だよ。
小説『新薄雪物語』(筆者蔵)より
瑠璃 判じ物って何ですか?
竹田 文字や絵で何らかの意味を表した一種の謎解きだよ。これどんなメッセージになってるかわかる? 文字の部分は、右側に「うすゆきへんじはんじもの」、左側に「春の日の山さまへ参る」、下に「谷かげのはるのうすゆきより」とある。「春の日の山(春日山)」は園部右衛門のことで、これは薄雪から右衛門への返事の手紙なんだ。いちばん上には変体仮名で「もの」が四つ書かれている。
瑠璃 その下は、月と松かな。犬と鼠がいて、間にあるのは刀みたい。その下に「心」とありますね。うーん、ものものしく……月夜の松の下で……チュウ犬のように、心して刀を持って守ってとか……
竹田 ……? 答えにたどり着きそうにないから言ってしまうよ。「もの」と四つ書いて「しもの(下の)」。月は弓張月で、下に松がある。「下の弓張月」とは23日の月のことで、その夜に待つということ。「刃(やいば)」の下に「心」は「忍」という文字で、これが犬と鼠の間にある。すなわち「戌(いぬ)の刻(午後8時頃)」と「子(ね)の刻(午前0時頃)」の間に忍んできてほしいというメッセージ。「谷陰の春の薄雪」とは、「人知れずうちとける」ということ。右衛門の熱意に折れて、ついに薄雪が送った承諾の手紙なんだ。
瑠璃 なるほど。手が込んでますね。
竹田 これが浄瑠璃でも取り入れられていて、清水の出会いの際に、薄雪姫は刃の絵の下に「心」と書き、「下の三日に園部左衛門様参る。谷陰の春の薄雪」と記して左衛門に見せる。この恋文が敵の手に渡って困ったことになるんだ。
瑠璃 文楽では秋月大膳(あきづきだいぜん)というのが悪役のようですね。
竹田 そう、大膳は園部兵衛に恨みがあって、兵衛の子である左衛門が清水寺に奉納した刀に、味方に引き入れた刀工を使って、ひそかに天下調伏のヤスリ目を入れさせる。ヤスリ目というのは、刀の柄(つか)の中に入る部分(なかご)に、抜けにくくするためにヤスリで付けた筋目のこと。刀工や流派によって特徴があるんだけど、ここでは通常とは逆の筋を付けさせて、不吉な調伏のヤスリ目とするんだ。そうして、左衛門に無実の罪を着せるとともに、手に入れた判じ物の意味を読みかえて薄雪姫も同罪と言い立てる。
瑠璃 読みかえ? チュウ犬?
竹田 いやいや、浄瑠璃に犬と鼠の絵は出てこない。大膳は、こんなふうに読みかえている。「刃の下に心」は、「心」はすなわち「なかご(中心)」のことで、これは刀のなかごに調伏のヤスリ目を入れさせる互いの合図であるとする。そして「左衛門さま参る谷陰の薄雪より」は、「今こそ雪氷として谷陰に身を潜めていても、後には雨あられとなって名を天下に上げよ」という意味で、左衛門の未来の出世を祝福する判じ物と言うんだ。
瑠璃 ちょっとこじつけめいてるけど、大膳うまい!
竹田 感心している場合ではないけど、作品としてはうまくできてるね。もともと小説にあった「刃」の判じ物を、浄瑠璃独自の刀剣の要素と接続して、両者をうまく絡めてまとめ上げていると言えるだろう。
(参考)刀剣書『古今銘尽〈享保2年、田中庄兵衛版〉』(筆者蔵)より
来国俊ほかの刀の銘の部分(なかご)
※この会話はフィクションです。
第3回へ続きます。こちらからお読みください
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