一月二十六日ともなれば、すっかりお屠蘇気分は抜けている。とはいえ、初春文楽公演はどうしても観たい。いろいろやりくりして千穐楽のチケットを取った。東京から行くので一泊したいところだが、インバウンドのせいかホテル代に目の玉が飛び出しそうになり、仕方なく朝イチに家を出て夜中に戻る、という弾丸観劇旅行となった。
大阪で文楽を観るのは昨年、十一代目豊竹若太夫が襲名披露をした「4月文楽公演」以来になる。あのときも日帰りしたなあ、とぼんやりと思い出しながら劇場に入ると、舞台の上には大きなにらみ鯛が一対、間に「巳」の字。やはり専門の劇場はいいなあ、とため息が出る。
半蔵門の国立劇場閉場から、東京の公演は流浪が続いている。技芸員のみなさんはいつも通りに演じておられるだろうが、観客は(特に私は)イマイチ乗れない感じがする。劇場建設問題は本当にどうなってしまうのだろうか。
心配しても仕方ないとプログラムを読み始めた。第1部『新版歌祭文』、第2部『仮名手本忠臣蔵』八段目・九段目、第3部『本朝廿四孝』とお馴染みの演目だ。
第1部の「野崎村の段」では、期待通り若太夫さんが聴かせてくれた。人の心の機微を声音だけで伝える力の凄さよ。
このお芝居、何度見ても私は「おみつ」に肩入れしてしまう。田舎娘の純朴さゆえ世間知らずで独りよがり。しかし心根はまっすぐで、久松とお染のために身を引く覚悟をするあたり、文楽芝居に登場する女性の強さを象徴している。でもおみつちゃん、還俗して幸せになって欲しいな。
初春公演は「吉田和生文化功労者顕彰記念」と銘打たれている。和生さんが登場するのは第2部で、役どころは「妻戸無瀬」。
かつて和生さんはインタビューで「難しい役は『伽羅先代萩』の政岡や『仮名手本忠臣蔵』の戸無瀬。女方の最高峰といわれる役で、その場を牽引する責任もありますが、その分、やり甲斐もある」と語っている通り、ものすごい存在感である。
九段目「山科閑居の段」では、由良助に吉田玉男さん、加古川本蔵に桐竹勘十郎さんと見ごたえ十分。やはり忠臣蔵は面白い。
そして第3部で私が期待したのは「狐」。八重垣姫を勘十郎さん以外の人形遣いで観るのは初めてだ。吉田簑二郎さん、大熱演。千穐楽の最後のお芝居に大きな拍手が沸いた。
とはいえ余韻に浸っている間はなく、新大阪駅に直行すると、日曜の晩だからだろうか、大混雑で駅全部がワンワンと鳴り響いている。残っていたお弁当をひっつかみ、ビールを買って座席につき、じっくりゆっくりプログラムを読んで楽しかった一日を反芻する。
そのなかに4月文楽の予告があった。演目は、通し狂言『義経千本桜』。満開の桜の舞台で、あの宙乗りは見られるだろうか。いまから観に行く算段をしておかなくては。
(2025年1月26日第1部『新版歌祭文』、第2部『仮名手本忠臣蔵』、第3部『本朝廿四孝』観劇)
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