国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「石見 大元神楽の魅力─受け継がれる舞と神事─」

平成27年5月28日(木)開催
於 国立劇場伝統芸能情報館 3階レクチャー室

国立劇場6月民俗芸能公演『石見 大元神楽』(6月20日)に先立ち、あぜくらの集い「石見 大元神楽の魅力─受け継がれる舞と神事─」を開催しました。慶應義塾大学名誉教授の鈴木正崇氏をお招きし、島根県西部に古くから伝わる大元神楽の成り立ちやその魅力、神がかりを含む神事性についてお話しいただきました。

大元信仰と神楽

まずは大元神楽の概要から。島根県西部、旧石見国(いわみのくに)の邑智(おおち)郡一帯に伝わる大元神楽は、この地方の大元信仰に基づいています。「大元」とはその地域に暮らす人びとの「一番の根元にあるもの」のこと。「大元さま」と呼ばれる神様は神社ではなく、樟(くぬぎ)、椋(むく)、椨(たぶ)、椿(つばき)などの常緑樹に祀られています。「大元さまは山の神様でもあり、その山の主が蛇と言われます。蛇は水とも関係があり、水源に祀られている神様でもあります」と鈴木氏。人びとは自然を敬い、恵みに感謝し、自然と深くつながる農耕生活の守護神として大元さまを信仰してきました。大元さまは地域の人びとの暮らしに密着した神様なのです。

大元神楽は、毎年の秋に数番奉納されますが、七年ごとなど(周期は各集落によって異なる)の式年祭では奉納される番数も多く、大規模な神楽になって見ごたえがあります。古くは「大元舞」として元和元(1615)年の記録に残っており、熊野信仰、八幡信仰、天神信仰や、修験道、陰陽道といった様々な信仰が重層的に混淆しています。

石見国の西隣に位置する浜田市を中心とした石見神楽が八調子の速いテンポで見る人を楽しませる娯楽の要素が強い神楽であるのに対し、大元神楽はゆるやかな六調子のテンポを基盤とし、その優雅で重厚な舞は祈願など神事色が強いのが特徴です。

神がかり

大元神楽では神木に祀られた大元神を、藁を使ってとぐろ状に作られた「藁蛇(わらへび)」に移し、神社の拝殿を利用した祭場に迎えて祀ります(かつては田畑に仮殿が建てられたそうです)。ここで式年だけの特別な舞を舞います。「自然の中に鎮座している神様を招いて楽しませ、農業の守護や一年を無事に過ごせたことへの感謝、未来の豊穣などを祈願します」と鈴木氏。立派な舞殿(又は神殿(こうどの))も大元神楽の特徴で、天井から吊り下げられた五行の色にちなむ赤、白、青、黒、黄の五色弊の「彫紙(きりがみ)」と、九つの「天蓋(てんがい)」に神様が降りてくるとされています。

皆の心がひとつになると神がかりが起きて、神様の託宣がもたらされることも大元神楽の大きな特徴です。「神がかりの候補者である託太夫(たくだゆう)だけではなく、氏子全体が精神的な高揚を共有し、皆の肌が合わなければ神がかりは現われません。自然と神が交流・融合し、託宣で指針を得て、自分たちの生き方や歴史を定期的に確認するのです。中国地方には神がかりが出る神楽が他にもありますが、それぞれの地域でやり方が違います」。

大元神楽はこのような「『託宣の古儀』を伝承している点が貴重」であるとして、昭和54(1979)年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

大元神楽の記録映像(神がかりの様子)
大元神楽の記録映像(神がかりの様子)

神楽の内容

この指定にともない、昭和56(1981)年には小田・園幡山八幡宮にて大元神楽の現地公開が行われました。神職を中心として村人が協力し、神がかりを成就させました。その後は、村人中心とした神楽団・神楽社中が整備されて維持されてきました。今回の公演はその中でも最も良く古儀を伝えるとされる市山神友会(いちやまじんゆうかい)が上演します。

大元神楽は一夜構成で、演目は三十三番に及びます。神を祀る「神事」、神を祀る舞「神事舞」、儀礼を芸能化した舞「儀式舞」、仮面をつけて物語を演じる「神楽能舞」という大きく4つに分類されますが、鈴木氏はこれらを独自に9つのカテゴリーに分けて、内容を詳しく解説してくださいました。

まず藁蛇を憑代(よりしろ)として大元神を祭場に招く神迎えを行い、夕方から神事が始まります。大元神を招く「山勧請(やまかんじょう)」、神楽囃子の奏楽「太鼓口(どうのぐち)」、狂言風のコミカルな「山(やま)の大王(だいおう)」、ダイナミックな鬼退治を舞う「鐘馗(しょうき)」など数々の興味深い演目が続きますが、特に神事舞の「天蓋(てんがい)」、「綱貫(つなぬき)」、「六所舞(ろくしょまい)」、「御綱祭(みつなまつり)」などでは、神がかりが現れる可能性が高いそうです。神がかりが起きると藁蛇を降ろして寄りかからせて作柄や災害などの託宣を聞き、相伝の秘法によって託太夫を正気に返します。

現地で感じる迫力

実際に現地で行われた大元神楽の様子をビデオで見ながら解説を伺うと、まさに臨場感たっぷり。特に神がかりが現れた場面は、会場中が固唾をのんで見入っていました。6月の国立劇場公演では「綱貫」や「六所舞」は演目に含まれていなかったため、「ぜひ現地に行ってご覧になってください」と鈴木氏は力を込めます。

鈴木正崇氏 画像
鈴木正崇氏

演目が多岐にわたり、またその土地の神様に捧げられる神楽の性質から、地元以外の地域ではあまり知られていませんが、国立劇場公演と今回の「あぜくらの集い」を機に、大元神楽に興味を持たれた方も多いのではないでしょうか。会場からは今後現地で行われる大元神楽の時期についても質問が出ました。次回は三年後の平成30(2018)年秋の予定とのこと。もしかしたらその時に、再び神がかりが見られるかもしれません。

鈴木氏の熱の入った解説によって、未知なる世界に触れられた学びの場となりました。

あぜくら会では、伝統芸能を身近に感じていただけるよう、今後もさまざまなイベントを企画してまいります。皆様のご参加をお待ちしております。

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