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国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
<12月歌舞伎公演『通し狂言 伊賀越道中双六』を楽しむために> を開催いたしました

10月21日(火)開催  於 国立演芸場

小玉祥子さん 中村吉右衛門さん
小玉祥子さん                        中村吉右衛門さん

国立劇場12月歌舞伎公演『伊賀越道中双六』の上演に先立ち、その魅力をご紹介するあぜくら会員限定イベント「あぜくらの集い」を開催いたしました。特別ゲストに中村吉右衛門さんをお迎えし、初役への意気込みを語っていただきました。

武士の宿命がよぶ悲劇

まず第一部では〈「岡崎」鑑賞ガイド〉と題して、44年ぶりの上演となる「岡崎」(山田幸兵衛住家の場)を中心とする今回の通し上演について、国立劇場制作部の岡野豪が、作品の解説をしました。
 剣豪・荒木又右衛門(あらきまたえもん)(劇中では唐木政右衛門(からきまさえもん))が活躍する伊賀上野の仇討ちを題材とした〈伊賀越物〉の中でも、近松半二が書いた『伊賀越道中双六』は最も名高いもののひとつで、「沼津」と「岡崎」と呼ばれる二つの場面が大きな山場となっています。仇討ちという武士の世界の宿命を背負わされた人間が親子や夫婦を犠牲にしなければならない悲劇を、情愛豊かに描いた名作です。どんでん返しの趣向も盛り込まれた「岡崎」は、戦前まで、初代中村吉右衛門をはじめ名優たちによって度々上演されてきましたが、戦後は昭和27年2月新橋演舞場(八代目松本幸四郎(初代白鸚)所演)、同45年9月国立劇場(二代目中村鴈治郎所演)の二回のみ。各役とも難役で、顔ぶれが揃わなければ上演できない芝居とされていましたが、今回は満を持して政右衛門に挑む当代吉右衛門さんを筆頭に、どの役にも理想的な出演者を得て、44年ぶりの上演が実現しました。
  見どころも豊富です。二幕目では、政右衛門が主君誉田大内記(こんだだいないき)に素手と扇で神影流(しんかげりゅう)の奥義を伝授する場面があり、初代吉右衛門の工夫による演出が踏襲されます。三幕目は、政右衛門の助力を得て敵をねらう和田志津馬に、茶店の娘お袖がひと目惚れをします。若い娘のほのかな恋心が描かれ、またコミカルな飛脚が登場して、ホッと一息つける場面になっています。そして四幕目の「岡崎」では、しんしんと雪の降り積む夜に、政右衛門に大きな試練が訪れます。寒空の下で凍え苦しむ妻のお谷に気づかない振りをし、莨(たばこ)の葉を刻みながら必死で動揺を抑える〈莨切り〉の場面。また、仇討ちを成し遂げるために、生まれたばかりの我が子を自ら手にかける政右衛門。この時の血を吐くような苦しみの様子を始め、初代吉右衛門は印象に残る舞台を残しました。政右衛門の深い悲しみと共に、仇討ち遂行の陰で、最愛の我が子を失う母親、想う人の花嫁になる夢がはかなく消えた乙女の悲しみなど、運命の非情さに耐える女性たちの姿も、観る方の胸に深く刻まれることでしょう。

現代に通じる「思い」を

吉右衛門さん
吉右衛門さん

第二部ではいよいよ吉右衛門さんの登場です。毎日新聞社学芸部編集委員の小玉祥子さんを聞き手に、楽しいお話を聞かせていただきました。
 初代吉右衛門が得意とした役だけに、「やりたいというより、やらなければいけないものだと思っていました」という当代。実父である八代目幸四郎が政右衛門を演じた昭和27年の舞台を7歳の時に観ているというものの、「肝心の〈莨切り〉は何も覚えていません」と笑います。大詰の立廻りで、小柄(こづか)を木の上の敵に投げ付ける場面が記憶に残っているそうで、今回はその演出を復活させる予定です。
 44年ぶりとなる今回の上演にあたり、今という時代と共通する思いを伝えることができれば成功ではないかと、吉右衛門さんは語ります。
 「仇討ちというと古い時代のことのようですが……。現代でも、例えば自然災害で家族を亡くされた方は、仇の討ちようもありません。でも、生きていかなければならない。その苦しみを、仇を討ちたくても討てない人の苦しみにも共通するものとして感じていただけたら、と。天災に遭っても苦労に苦労を重ねて再建を果たした方々のように、幕切れの仇討ちが成就した場面では、達成感を感じていただけるとありがたいなと思っております」。

「岡崎」への意気込み

一番の見どころは、やはり「岡崎」における政右衛門の苦渋の表現です。
 「凍え死ぬような雪の寒さの中、乳飲み子を抱えてやって来た、妻のお谷を助けたくても助けられない政右衛門。涙ながらにお谷を遠ざけ、今度は最愛の我が子を仇討ちのために殺してしまう……。『寺子屋』と同様に、本当に切ないお話です。血も涙も腹の中に流して我が子を殺す政右衛門の気持ちを、どう演じればお客様にお分かりいただけるのか、難しいところですね。お谷との場面もひとつのクライマックスですから、お谷役の中村芝雀さんとも話し合って、なるべく盛り上がるようにしたいと思っています」。
 赤ん坊を手にかけた政右衛門の目に光る涙を見て、剣の師匠である幸兵衛はすべてを悟ります。本当の涙を見ていただくよりも、「心の中で泣いていることが伝わるような芝居ができれば」という吉右衛門さん。殺した我が子をあえて投げ捨てることで、そこまでして仇を討たねばならない政右衛門の苦渋が際立つのではないか、とも話してくださいました。
 また私生活では、最近初孫誕生を喜ばれた吉右衛門さんなので、赤ちゃんを生活のなかで身近に感じるようになった経験も、今回の芝居に活かせればとのことでした。

役作りの工夫

小玉さん
小玉さん

政右衛門は荒木又右衛門をモデルにした剣豪ですが、初代吉右衛門は普段から道場を持ち、剣術や弓道にも励んで舞台に活かしていました。「主君の誉田大内記に神影流の奥義を伝授する〈御前試合〉の場面で、初代は実際の新陰流(しんかげりゅう)の先生に助言をいただいて、他の役者さんのような奉書ではなく、扇で刀を受ける演出にしています。私は剣道の心得はございませんので、二刀流もどこまでご披露できますか……あまり楽しみになさらないでください(笑)」。
 茶目っ気たっぷりにお話ししてくださった吉右衛門さん。最後に「一人ひとりの人間が本当によく描かれた作品です。皆の力を結集し、人間の喜怒哀楽や様々な面がぶつかり合ってより良いお芝居を創り上げていきたいと思っています」との力強い言葉に、満場の客席から大きな拍手が起こりました。

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