国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「三味線の響き—古態楽器の聴き比べ—」

開催:令和元年5月31日(金)
場所:国立劇場伝統芸能情報館3階レクチャー室


長唄演奏家の杵屋佐吉さんと地歌演奏家の梅辻理恵さんによる古態三味線の合奏


今回のあぜくらの集いでは、6月の邦楽公演「日本音楽の流れⅢ─三味線─」に先立ち、江戸時代の三味線の形態を今に残す「古態楽器」を取り上げました。江戸時代初期から中期に製作された(又は当時の特徴を備えた)楽器の数々を実際にご覧いただきながら、現在広く使用されている三味線との違いや共通点について比較考証する試みです。 長唄演奏家の杵屋佐吉さん、地歌演奏家の梅辻理恵さんによる実演を交え、静岡大学准教授・長谷川慎さんによる解説と共に、なかなか触れる機会の少ない古態楽器の世界へと誘われました。

◆三味線の分類と特徴  

まずは古態楽器の研究を続ける長谷川慎さんから、現代の三味線と古態三味線の分類、形態の特徴を解説していただきました。現在、三味線の種類は棹の幅による違いから、大まかに「細棹」「中棹」「太棹」と称されます。「細棹」は長唄など、「中棹」は地歌、清元節、常磐津節、新内節、一中節、小唄、端唄、民謡など、「太棹」は義太夫節や津軽三味線などに用いられますが、「これはおおよその分け方で、職人さんのセンスや演奏者によって好みが違います」と長谷川さん。1ミリの差でも使ってみると大きな違いがあるそうです。 また、棹の断面は細棹が「V字型」、中棹が「U字型」、太棹は「下膨れ型」などの違いがあり、古態三味線には棹幅が細く厚みも薄められた形が見られるとか。専門的に見ると実に様々な違いがあることに驚かされます。


◆三味線の変遷  

三味線は16世紀後半、琉球から伝来した三(さん)線(しん)がその始まりとされています。現存する最古の三味線は、豊臣秀吉が淀君のために作らせた「淀(よど)」で、かなり棹が細いもの。時代が下り、19世紀前後には細棹と太棹とに分化され、歌物に用いられた細棹はそのまま今日京都の地歌で使われている柳川三味線として伝わり、大阪や江戸ではさらに大型化され現代の細棹・中棹三味線へと発展し、語り物に用いられた太棹も同様に大型化され、現代の太棹三味線へと進化していきました。 胴と皮の張り方も違いがあり、「古態の三味線では胴板の厚さは薄く、猫や犬などのきわめて薄い皮をゆるく張っていたと想像できます」と長谷川さん。現代の三味線は胴板が厚く、皮の張り方は強く、皮の素材はヤギやカンガルー・合成皮革など多様化しているそうです。



古態楽器の聴き比べの解説をする長谷川慎さん

◆名工・石村近江家  

長谷川さんから「バイオリンにストラディヴァリウスがあるように、古態の三味線にも石村近江家という名工がいました」という興味深いお話が続きます。大名が競って求めた近江製は形が美しく、華奢で薄い造りが特徴で、「歌三味線の手本になったのではないか」と長谷川さん。これが、明治以降も京都の柳川三味線のひとつの型となったのではないかということです。この古近江や、「八ツ乳(ぢ)」と言われる猫の皮の最高級品は江戸の川柳にも詠まれ、その音色も格別でした。 皮の張り方には「水張(みずば)り」「乾張(かんば)り」の違いもあるのだとか。前者は十分に水分を浸透させた皮を張るもので、弾いた後の余韻がビンビンと強く、後者は皮をやや湿らせた程度で張るもので、音がすっきりと聞こえる特徴があります。


◆いにしえの音を聴く  

長谷川さんのレクチャーのあとは、杵屋佐吉さんの登場です。演奏曲は長唄「秋(あき)の色(いろ)種(くさ)」。まずはインド産500年生と言われる貴重な紅木を使用し、高蒔絵、金漆など贅を尽くした名器「白(はく)龍(りゅう)」を用いての演奏。続いて4代石村近江作による名器を復元した「野路(のじ)」を用いて同じ曲を演奏し音色を聴き比べます。約80年前に作られた「白龍」はサワリがあり、古近江「野路」にはサワリがありません。「新しい三味線は鼓膜に響きますが、野路は皮が柔らかく張ってあるせいか、音が骨を伝って背中と脳に響く感覚です。非常に軽くふわっとして、棹が細いのに大きな音が出る。弾いていてもとても気持ちのいいものです」と佐吉さん。長谷川さんからは「江戸時代の音はこうだったのではないかと推測できますね」。  


続いてのご登場は、京都祇園の芸妓さんたちに柳川三味線(京三味線)の指導もされている梅辻理恵さん。地歌「雪」の合いの手を、まずは現代の地歌三味線で、次に水張り・八ツ乳の皮を張った古態の三味線「高砂(たかさご)」を用いて演奏していただきました。「心地よいさわりの響きは水張りの特徴です」と長谷川さん。次に、12代石井近江作とされる柳川三味線「花壽々(はなすす)き」(石井エミ所蔵)でも聴き比べ、明治の作と伝わる三味線独特のりんとした音色がします。


続いて、明治期の柳川三味線を用いて地歌「火桶(ひおけ)」を披露した梅辻さんは「自分では小さい音のつもりでも、会場の後ろの方までよく音が聴こえる《遠音がさす》三味線です。」と語り、「火桶とは火鉢のことです。火鉢を女の人に喩えた歌詞がついており、京舞の舞地として残っている珍しい曲です」。 長唄、地歌における古今の三味線の音色を聴き比べたあとは、4代近江を佐吉さんが、12代近江を梅辻さんがそれぞれ用いて長唄「晒(さらし)の合方(あいかた)」と地歌「晒の合の手」の合奏と相成りました。現代の三味線の源流となっている2挺の近江三味線が時代を超えて、いにしえの音色を運ぶ場に遭遇するという、得がたい体験となりました。


あぜくら会ではこれからも会員限定の様々なイベントを開催してまいります。皆様のご参加をお待ちしております。

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