国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「伝統芸能を未来へつなぐ ~国立劇場伝統芸能伝承者養成所~」

開催:令和7年1月23日(木)
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター カルチャー棟B1階 リハーサル室


 伝統芸能伝承者の養成は、国立劇場事業の大きな柱の一つです。国立劇場伝統芸能伝承者養成所は一昨年秋より、国立劇場から国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区代々木)に拠点を移し、未来を担う伝統芸能伝承者を継続して育成しています。今回の「あぜくらの集い」では、令和7年(2025)3月に研修修了予定の第28期歌舞伎俳優研修生と第8期大衆芸能(太神楽(だいかぐら))研修生の研修の成果をご覧いただきました。


 国立劇場の伝統芸能伝承者養成事業は昭和45年(1970)にスタートし、今年で55年目を迎えました。歌舞伎俳優を皮切りに、歌舞伎音楽(竹本、鳴物(なりもの)、長唄)、大衆芸能(寄席囃子、太神楽)、能楽、文楽と養成対象を広げ、現在に至ります。今日では、歌舞伎俳優の3割以上、太神楽師の4割以上を養成研修修了者が占め、日本の伝統芸能を次代に伝える重要な役割を担っています。  今回成果を発表したのは、歌舞伎俳優研修生4人と、大衆芸能(太神楽)研修生2人でした。「あぜくらの集い」として拠点である養成所に一般のお客様をお招きし、現役研修生の発表をご覧いただくのは初めての試みです。あぜくら会員の皆様のほか、研修生たちの成長をご寄附によって支援していただいている国立劇場養成所サポーターの皆様もお招きしての成果披露となりました。

歌舞伎「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」五段目

 

 まずは、第28期歌舞伎俳優研修生による「仮名手本忠臣蔵」五段目、山崎街道鉄砲渡しの場と、同二つ玉の場を上演しました。衣裳やかつら、化粧などの拵(こしら)えをしないあげざらい(発表会)の形ですが、義太夫と三味線(竹本)、黒御簾の三味線と鳴物は生演奏で、附打(つけうち)も入って臨場感たっぷりです。  チョンチョンと柝が入ると、ドロドロドロ…と鳴物の雨音が不穏な空気を醸します。今は猟師として暮らす塩谷判官の家臣・早野勘平は、猟の帰り道でかつての朋輩・千崎弥五郎と出会い、敵討ちの企てを耳にします。一方、勘平の女房おかるの父・与市兵衛は、おかるが身を売って作った大切な金を、盗賊の斧定九郎に命もろとも奪われてしまいます。財布の中身を数えて定九郎はニヤリと一言「五十両」。と、そこへ駆け込んできた勘平の猪を狙った鉄砲に撃たれ、定九郎は絶命。敵討ちの一味に加えてもらうため、暗がりの中で定九郎の懐にあった財布を持ち去った勘平は、やがて勘違いの連鎖が生む悲劇に巻き込まれていきます。  猪役や後見には1年目の第29期研修生も協力し、明瞭で落ち着いたせりふを聴かせた勘平役をはじめ、28期生4人それぞれがしっかりと人物像が伝わる芝居を披露しました。

歌舞伎界を支える養成所

 

 指導にあたったのは、平成19年(2007)から歌舞伎俳優研修講師を、平成30年(2018)からは主任講師を務める中村萬壽です。研修生は2年間にわたり、実技、立廻り・とんぼ、化粧、日本舞踊、義太夫、長唄、鳴物など、歌舞伎俳優になるための基礎をみっちりと学びます。今回の成果発表について、萬壽さんは「皆さんが普段ご覧になっている俳優さんと遜色ないレベルまで行っていると思います。私はかなり厳しく教えたと思いますが、2年間、皆よくついてきてくれました。養成所出身の俳優たちは今の歌舞伎界になくてはならない存在です。今回のようにあげざらいで義太夫や鳴物、附打入りでご覧いただけるのもサポーターの皆様の支えがあってこそ。普段の稽古はテープですが、芝居の〝間〟に合わせてもらえる本職の方との芝居は全く違います。これからも養成事業にご理解、ご支援いただけますと幸いです」と語ってくださいました。

 

  

  

寄席に欠かせない演芸「太神楽(だいかぐら)」

 

  

 続いて、第8期大衆芸能(太神楽)研修生による「太神楽」が披露されました。江戸時代初期、獅子頭を担いで各地を廻る神事芸能から始まる太神楽は、次第に曲芸などをレパートリーに加えて、江戸の寄席には欠かせない大衆芸能となりました。

 大衆芸能(太神楽)研修主任講師の鏡味繁二郎とともに講師を務める、鏡味仙志郎の流れるような口上で研修生2人が披露したのは、撥(ばち)の曲芸「投げもの」と、五階(ごかい)茶碗(ぢゃわん)の曲芸「立てもの」です。前者はいわゆるジャグリング、後者は茶碗を使ったバランス芸。「投げもの」では投げる撥を1、2、3本と増やして回転させたり、左右の撥をダイナミックに交換したり、片手のみで2本を扱ったり。「立てもの」では顎や親指、咥(くわ)えた撥の先などに茶碗を積み上げ、扇子や鞠も駆使してバランス芸のバリエーションを見せていきます。ピンと張った糸の上に積み上げた茶碗をくるくると廻すクライマックスから、逆順で一つ一つ茶碗を下ろして手元に収めるまで、2人は太神楽の基礎的な曲芸を落ち着いて披露しました。

 大衆芸能(太神楽)研修では3年間の研修期間に、こうした曲芸のほか、日本舞踊や鳴物、囃子など、寄席の活動に必要な技芸全般を学んでいきます。

 自身も第1期研修の聴講生として参加した経験を持つ仙志郎さんは、「太神楽がどういうものかわからずに入ってきた人でも、研修期間を経てしっかり吸収してくれます。ゆくゆくは噺家さんたちに可愛がられるような、いい寄席芸人になってもらいたいですね」とおっしゃっていました。

 プロとしてのスタートラインに立つまでの基礎をじっくりと学べる国立劇場伝統芸能伝承者養成事業。その意義と必要性を目に見える形で実感できるあげざらいとなりました。

 

  

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