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国立劇場
いとうせいこうによる 文楽の極意を聞く

かしら編(その5)

かしら編(その4)よりつづく

いとうかしらを丸々最初からっていうのは、今までもやってはいたんですか。

村尾(文楽技術室長)公演の日常業務の合間を見てやったことも、もちろんあります。当然、一から作れないと直せないっていうのもありますので。

いとう作ってたんですね。

村尾作るのは作ってたんですけどね。ただ、なかなか舞台にかけてもらえるようなものはできないですね。

いとうそれは、やっぱり人形遣いの方が、「ちょっとこれちゃうな」みたいな?

村尾そうですね。初めて仕上げたのは「老女方」というかしらでした。大江師匠の三回忌でしたか、師匠に習っていたお素人さんたちのサークルみたいなところの展覧会に向けて作ったものでしたが、それを文雀師匠が、「よっしゃ魂入れたろう」とおっしゃって。

いとう遣ってくれた。

村尾1公演、遣ってくださって。それはもう自分で最前列のチケットを買って観ますよね(笑)。

いとうそれは素晴らしいですね。一番前にいてくれたら、人形だって嬉しかったろうし。

初めて手掛けたかしらについて語る村尾室長

村尾今までは、大江師匠が作った人形だから、ああやって舞台で泣いて笑って怒って、というのがあるんだなと思ってたんです。それで、文雀師匠に遣っていただいた時に、見た目には、造形的にはまだまだやなと感じたんですけど、ただ……。

いとうへええ。バランスが今一つだったとかですか?

村尾顔の……、

いとう表情?

村尾舞台で照明が当たって、その陰影で表情が出る部分があるので。

いとうなるほど。面(おもて)の世界ですね。

村尾ただ、ただそんな中でも文雀師匠が遣われると、やっぱりとちゃんと芝居したので。

いとうそうか、やっぱり。

村尾そのことを逆に思い知らされた。

いとうなるほど。そこは人形遣いの技なんだと。

村尾そうです。我々の仕事は人形遣いさんが表現をするお膳立てというか、手助けというか、ということを改めて認識しました。いい経験です。

いとうそうですよね。誰もできない体験じゃないですか、そもそも。

村尾そうですね。

いとうしかも一番最初にこの世界に入った時は、そんなに興味もなかったのに。

村尾文楽の「ぶ」の字も知らずに。

いとうかしらを作ってるって、アーティストの仕事だけど、でもまあ、文楽の世界で言えば、やっぱりそれは職人。

村尾そうですね。アートではないです。

いとううんうん。

村尾作家として魂込めて作ると、人形遣いさんが持った時に邪魔になるので、だから我々は職人に徹して魂を抜いていく作業をしなきゃならないという。

いとうなるほど、なるほど。いろんなふうに見えるようにですね。

村尾はい。だから先ほど作業部屋で見ていただいたように、壁にかかってる時は抜け殻でないといけないんです。

いとうあの時はね。

村尾人形遣いさんが胴串を持った瞬間に魂が入るのでなければ、芝居はできないっていう。

いとう最初からなんか笑ってるなとかっていうようじゃ、駄目ってことですよね。

村尾そうなんです。その魂を抜くというのが何なのかってことですけど、例えばさっき話した、垂直と水平の話ですね。人形遣いさん、いちいち人形を見ながら遣ってるわけじゃなくて、こう構えてこうしたらこっち向いてるぞ、とかいうのが体にしみ込んでいるので、かしらが歪んでるとそれを邪魔してしまいます。だから、まずはそこをきっちりやらなきゃいけない。真っすぐに彫るためには、最初の「木取り」で丸太から四角く取るんですけど、そこで正中線をきちっと入れて水平垂直を取っておかないと駄目なんです。それが歪んでいても、人間の目ってそればっかり見てると目が慣れてしまって。

いとう間違いかどうか、わらなくなる。

村尾そうなんです。中心線が歪んでいてもわからないですし、

いとうへええ。

村尾なので、あらかた彫り上がってきた頃に、1か月ぐらいしまっておくんです。

いとうわざと?

村尾わざと見えない所に。

いとう見ないようにする。

村尾忘れるように。で、久々に出してきたら、「何じゃこれ」ってなることもありますけど、そうやってニュートラルな目で見ようとしています。駄目な部分をもう一回修正していって、それを何回か繰り返すことによって、邪魔な部分が落ちて良い人形になるという。

かしらの世界ならではの話題を楽しむいとうせいこう

いとうなるほど。主張がないっていうか、主張を抜くっていう。

村尾でも、役の性根は入れなきゃいけない。

いとうそうですよね。そこの違いは何なんでしょうか?

村尾うーん……説明が難しいですね。

いとう性根はあって、やっぱり怒りってなった時に一番すごいようにとかっていうのは、そのかしらの人生があるわけだから。

村尾まあそうです。だからその軸になる性格というか、怒りっぽいとか泣きっぽいとか、そういうのはあるんですけども、そこに行き過ぎるとそれしかできなくなる。さっきおっしゃってたように、もう笑ってたら笑いっ放しになってしまうんで、大江師匠から教わった中で「100%に行くな」ということがありました。一歩手前で止めろということですね。

いとうああ、やっぱりそうなんだ、寸止めですね。

村尾行き切ったら、余白がなくなってしまうという。

いとうそうですよね、表現になっちゃから、押し付けになっちゃいますものね。

村尾自分が主張をしないように一歩手前で止まる。「娘」のかしらなんか彫る時にも、性根は笑いですが、一番ニュートラルな顔、何も考えてないような表情にしておけば、

いとう人形遣いさんがそれを。

村尾喜怒哀楽のすべてができる。

いとうなるほど、そうか。今、室長が一番作りたいかしらとかあるんですか。これをやりたいんだっていう。

村尾今やりたいと思ってるのは、何か1つの演目ですべてのかしらを、

いとう全部。

村尾『曾根崎心中』なら『曾根崎心中』の登場人物全部の。

いとうわあ、お初がいて、徳兵衛がいてという。

村尾九平次がいて。

いとう九平次、嫌なやつがいて。

村尾天満屋亭主も遊女もいて、お玉ちゃんもいて、それが全部自分が作ったかしらでという。それはちょっとやりたいなとか思っています。

いとうそれはすごいことですけど、できないことじゃないわけですよね?

村尾見本はありますから。

いとうしかもそれを室長がやってくれることで、後々の「曾根崎」の時にも、もうそういう替えがあると便利なことがある。

村尾そうですね。人形遣いさんも公演の合間に個人のお仕事があって、やっぱり「曾根崎」はよく出て、タイミングが重なったりすると2セット用意しなきゃいけない。でもそうなると、本来のお初、徳兵衛じゃないものを用意しなきゃいけなかったりするので。それだったら別に一式あれば、安心して「どうぞどうぞ」という感じで出せるので。

いとうやってくださいってことになりますもんね。そうするとみんながやれることも広がりますよね。

村尾そうですね。

いとうそれはぜひ。もう始まってるんですか、それは。

村尾この前、徳兵衛は作ったんですけど、もうちょっと頑張らないといけないなって。

いとう自分で?

村尾自分で。

いとうこれ違うと。

かしらを作る作業について語る村尾

村尾できた瞬間は、「結構やったやん」って思ったんですけど、かつらを付けてもらって、しばらくそのまま置いといて、この前久々に見たら、「これでできたと思ってたのか……」ってなってしまって。

いとうええ、それはどんな感じですか。

村尾いやもう、やっぱり目がそこで満足しちゃったんですよね。当時は完成っていうことで満足してしまってて、「結構いけたんちゃう?」って思い込んでたんですね。客観的に見ると、「うーん」って。

いとうまだいけない。

村尾これ、徳兵衛として出すのはちょっと恥ずかしいなって。

いとうへえ。それはやっぱり性根ですか。

村尾性根なんですかね。これまでの徳兵衛のフルコピーを目指してるわけではないんですけど……この顔でちょっと徳兵衛は難しいかなと。

いとうカリスマがないとか、スターの顔じゃないとか。

村尾そういうとこですね。

いとうじゃあそうするとあれって、やすっていくものなんですか。彫ってから。

村尾彫刻刀で彫って、和紙を貼ってから胡粉を塗っていくんですけども、最初はペースト状の胡粉を作って、下地を一回塗っては乾かしていっていうのを5、6回繰り返します。でも、でこぼこしているんで、やすりで表面を整えていって、形を作っていくんです。だから、「彫り半分、塗り半分」って言われるんですよ。

いとうああ、そうなんだ。

様々な大きさの、かしらを彫る彫刻刀

村尾彫って完璧でも、塗りで台無しにすることはあるし、逆に塗りでカバーすることもできる。ちょっとここ彫り過ぎちゃったなって所を、パテ盛りみたいにして盛ることはできたりはするので、そのバランスで完成に持って行く感じでしょうか。

いとうそれであんまり盛ってたら、一回り大きくなっちゃうんですもんね、全体が。

村尾そうですね。だからその塩梅ですね。

いとう衣裳を付けた時に、なんか抜群に違っちゃうってこともあるんですか?

村尾衣裳を着せるのは人形遣いですけど、皆さん、かしらに合わせて胴とか着付けを合わせていかれます。ただ皆さん、うちの徳兵衛はこのかしらっていうのは見慣れてますから、違うのを持っていって「徳兵衛でございます」って言っても、そこで気が乗ってくれるのかどうかっていうとこですよね。

いとうなるほど。「これはおもろいやないか」と言ってくれるのかどうかっていう。

村尾「これは徳兵衛だな」って言われるような。

いとうでも、1つ1つに関してそれがあるとなると、チャレンジングですよね。全部やるわけですもんね。お初、どうすんだってね、今のお話聞いてるだけで、お初、大変じゃないかって。

村尾大変だと思います。

いとうだからといって、じゃあ「どんなお初ならいいと思ってるのか」って言われると、もちろん僕なんか素人だから、それは出てこないから、それは室長の頭の中にしかないんですもんね。

村尾私もわかんないですよ。

いとうやってみなきゃってことですか。

村尾やってみて、やってみて……だから、誰かに見ていただいて、遣えますかっていう段階を踏んでいかないことには、「これがお初です」とはとても言えないですね。

穏やかに『曾根崎心中』とかしらのことを聞くいとうせいこう

いとう実現は何年後でしょう? 一応、目標として。

村尾ええ……全部だったら5年。

いとうあ、でも、5年でいける?

村尾5年で。職員なんで定年がありますから。

いとうなるほど、急がなきゃいけない理由がある。

村尾そうですね。職員であるうちにやろうと思ったらそうかなって。劇場卒業するまでにはまだ7年ありますけど。

いとうでも、いろいろなことを考えると5年っていう。

村尾そうですね。

いとうそれのお披露目の時には一番前の席で見ますから、絶対呼んでください(笑)。

村尾心して、今からやります。

いとう今の状態で、かしら係としては、職員の人数的にはだいぶ余裕のある形になった?

村尾はい。

いとうやっぱりだからこそできることがきっと各分野、出てくるんじゃないかと思うんですけど。それこそ「曾根崎」ワンセットを作ることもそうですし。

村尾そうですね。

いとうそういう意味では、かしら係の世界は今いい形になっている。

村尾ですので、これからは新作があっても、比較的取り組みやすいんじゃないかなと。

いとうあとは新作かあ、また書かなきゃ。実は昔、1作書き上げたんだけど、結局舞台にならなかったんですよね(笑)。なんか、その時にイメージしてたことの中には、人形遣いが自分の前の人形を動かしてるけど、自分の背後にも巨大な人形が付いているっていう状態で。そのことは当時は書かなかったんですけどね。ともかく人間が動くと、それに合わせてでっかい怪物みたいなのも後ろで動くっていう。

村尾オートマタ(機械仕掛けの人形)のような。

いとうある意味、物語的な面では出尽くしてるから、そういうところに仕掛けをしていく以外に新作の根本的な醍醐味はないのかなと。だから、室長に作ってもらえる時期までになんとかしたいと思います。

村尾よろしくお願いします。

いとうよろしくお願いします。ありがとうございました。やっぱり面白かったです。この人形の世界、すごかった。今日はいろいろ見せていただきまして。また寄るかもしれません(笑)。

村尾いつでもお越しください(笑)。

(了)



2月文楽公演は2月11日(水・祝)から2月23日(月・祝)まで!(休演日:16日(月))

チケット好評販売中

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