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国立劇場
いとうせいこうによる 文楽の極意を聞く

桐竹勘介編(その5)

桐竹勘介編(その4)よりつづく

いとうそれで何だっけ、そう、左ももちろんやって、主遣い、まあ今もいってるけど、そうやって大きな役をもちろんやることはゴール、目指すところなんだろうけど。

勘介はい。

いとうこれってさ、どのぐらい自分の中で今かかると思ってるんですか。

勘介今ですね、若手が入ってないっていうのもあって。

いとうあ、そうか、下が来ないと上に上がれないって言ってたもんね。

勘介それはあるんですけど、でももう半分くらいと言っていいのか、左遣いに片足突っ込んでるような感じで、ここから10年、15年かけて左を勉強して、ゆくゆくは師匠の左もいきたいですよね。足だけじゃなくて師匠の左もいきたいなっていうのは、今の目標であります。そのために頑張って努力して修業せなあかんのですけど。師匠の左はいきたいなって思ってます。

いとう今はどなたが左やってるんですか。

勘介今は簑紫郎さんか簑太郎さんが主に。兄弟子の勘次郎さんが入ることもあります。

いとうああそういう形なんだね。

勘介はい。師匠の足だと立役は僕がいって、女方は勘昇がほとんどいってます。なので、これから頑張って左もいきたいなと。

いとうそうだよね。その師匠の左にいっているか、いっていないかを、勘介ウォッチャーとしてはそれを見てなきゃいけないんだね。黒衣の中を見る。

勘介そうです。

いとうあれ、遂に勘十郎さんの左に入ったんじゃねえかっていうのを見て、じーんとくるのが、やっぱりファンのいいとこだよね。

勘介そうですね。それを楽しみに見ていただきたい。

いとうあとは、足も今はいろんなとこいってるから、あ、あそこにもいた、ここにもいたっていう感じで見る。でもさ、見えない黒衣の中を見ようとするのもいいけど、ミュージカルの「本日のキャスト」みたいに、左と足をロビーに出すのもありかもね。

勘介でも、実は師匠からいきなり「足こい」っていう時もあるんですよ。

いとうええ、何?急に言われるの?

勘介そうです。「お前、明日から足きなさい」っていう時があるので。

いとううわあ、そんな起用するんだね。

勘介そこで遣えるかどうかを見るんです。

いとうへえー。

勘介「こいつ今まで何見てたんやろ」っていうのもあるし、そこで遣えたら「こいつちゃんと勉強してたな」ってなる。そういう試され方をすることもあるので、100%小割のとおりかというと、そうとも言えないこともあって……。コロナの時みたいに、左も足も代役が多いこともありますし。

いとうそうか、そうか、そうなんだ。面白いな。勘介くんがどの左、足にいってるのかっていうのは、今までにない自分の中の見方かもしれない。でもそうやって詳しい人は見てる。

勘介見てます、見てます。足拍子でわかる方とか、いてはりますから。

いとうええ?!そうなの?

勘介足拍子の大きさとか、響き方とかでわかるみたいです。

いとうそうか、あの足拍子は足遣いがやってるから。

勘介足遣いがやってます。

いとうそんな風に言われると、それは足遣い冥利に尽きるね。

勘介尽きます、尽きます。

いとうね。そんなに見てるという。

勘介そんな感じで足を見てくれて、「足良かったよ」って一言でも言ってもらったら嬉しいですね。師匠の足いかしてもらってて、キマリの時に拍手が起きたりすると、僕に来てんちゃうかなとか思って(笑)

いとうまあでも、そう思うよね(笑)。

勘介もちろん師匠には来てるんですけど、なんか俺に来てん違うかなって思ってて。

いとうだって一体になってタイミングがいいから、拍手になってるわけだから。

勘介そうですよね。やっぱり嬉しいですよ。

いとう4月公演が終わって、5月公演の小割が出ると、すぐ稽古なの?1日くらいは休めんの?

勘介いや、人形遣いは稽古場での稽古をしないので。

いとうあ、そうか。えーと、初日の前の日ぐらいに合わせるって。

勘介そうです。舞台稽古は初日の前日と、その前の日で分けてやるんですけど、そこで3人がやっと合わせるんで。

いとううわ。それまでは自主イメージ?

勘介イメトレです。

いとうイメトレなんだ。

勘介イメトレです。

いとう動かないんだ。

勘介動かないです。人形は拵えてあるんですけど、3人がじゃあこの日に稽古しよう、みたいなことはないので、もう全部自分なりに、それぞれが各々どんだけ稽古してくるかです、舞台稽古までに。

いとううわ、そうなんだ。

勘介はい。だからズボラをしてると、「あ、こいつ稽古してへんかってんな」って思われるだけですね。

いとううわー。

勘介「こいつちゃんと稽古してきたな」っていうのを、多分、上の師匠方は見てはると思うんで。

いとうそうだね。

勘介だから割と休みでも家で映像見て勉強したりしてますね。

いとうあ、それはやっぱり映像があることはずいぶん昔とは。

勘介昔は違いますよね。昔の人って、どうしてはったのかなと思います。

いとうそうだよね。

勘介だから映像記録がない時代は、上の師匠の方々に、「この役付いたんですけど、どういう役ですか」って聞きにいって、「ここから出てこういうふうにして、こんなことをするんやで」って、教えてもろてたみたいなんです。やっぱ叩き上げてすごいなと思いましたね。僕らには公演記録があるんで、ちょっと映像を見にいったら、前の映像が残ってますし、何年の誰々が遣っていた、どの映像見たいってなっても見れますし。

いとうそうだよね。

勘介同じ役でも人形遣いが違えば違う振りもするし、違うこともしてるので、「ああ、この振りええな」とか思ったりとか、「この師匠はこの振りしてるし、この師匠はこの振りしてる。何で振り変えたんやろな」って考えたりとか。

いとうそうだね、そうだよね。

勘介どっちの振りが、この役に対して適してるのかなってことを、自分で考えることができるんで。

いとううーん、そうだ、そうだ。

勘介だから、その自分が思った役の性根によって、その役柄ならこの振りの方が合ってんじゃないかなと思ったら、この振りしますってできるんですよ。

いとううーん。でも、その判断みたいなものを持っていって、主遣いの人にそれでいいって言われるかどうかはわかんないんだよね、やらないと。

勘介そうそう、主遣いの立場でそれをやるので、足とか左は主遣いの考えたとおりに遣わないといけないので。

いとうそうか、そうか。

勘介だからあるビデオだけ確認しても、いざ舞台稽古になって違う振りをされた時に困るので、いろんなことを想定していかないといけない。

いとううわー、何種類も一応頭の中に入れていって。

勘介大体はこの役はこの振りするんだよって決まってるんですけど、多少イレギュラーでそういうこともあるんで。主遣いに、「今回どうされますか?」って聞きにいったりもします。

いとうあ、聞きにいったりもありなんだ?

勘介あります。「ここの振りどうします?」っていうふうに。そしたら「こうするわ」「わかりました」ってなって、それで舞台稽古で臨むっていう感じ。

いとうなるほど、なるほど。

勘介はい。左遣いの方は特に聞きにいっている方が多いですね。

いとうああ、やっぱりちょっと体から離れて違う動きをしたりするからね。

勘介左は主遣いによって振りが違ったりするので、あの、「今回どうします」みたいな。「こうしてみるわ」みたいな。「ああ、わかりました」っていう会話をようされている、楽屋でね。稽古の前とかで、各楽屋ではそういう風景がけっこう、けっこうあります。

いとうああ、あるんだ。ほんでいざ舞台稽古となったら、そこでいきなり通しをするだけだ。

勘介そうです。

いとうで、もう本番になる、その後。

勘介はい。

いとうすごいね。

勘介僕も最初びっくりしましたね、通し稽古1回だけなんや、って。

いとうすごいよね。何て言うかな、一所懸命稽古することだけが伸びる手段じゃないものね。

勘介そうですね。

いとうね、一発の気合でいくんだよ、合わせに。

勘介でも「文楽若手会」とかそういうのは、その前の公演中の昼の部と夜の部の合間に稽古します。人形持ってきて稽古したり。

いとうああ、3人でとか。

勘介はい。実際舞台に行って稽古したりとか。左と足の人に「ちょっとすいません、持ってもらえますか」って言ってお願いして手伝ってもらって。で、師匠にお願いして、「いついつの何時、昼夜の間に稽古したいので見てもらえますか」って言って。

いとうああ、見てもらえますかがあるんだ。

勘介はい。実際師匠に見てもらったりもして、稽古してます。そんな感じで自主稽古は合間、合間でやったりして、全く稽古してないわけではないんですけど。

いとうそっか、そっか、一つの公演の本番だけじゃないんだもんね。いろんな会があるんだもんね。

勘介そうです。だから、公演と公演の間に次の公演の稽古、例えばちょっと大きな役をいただいた時に、「不安やから、見てもらえますか」って言って、見てもらうことは多々あります。

いとう勘介くん、一番今、一番好きな役は何なの。この役の主遣いをやりたいなっていうような。

勘介一番好きなものですか。いっぱいあるんですよね。

いとうあ、いっぱいあるのか。そうか。

勘介師匠が遣ってて、足いかしていただいた役っていうのはやりたいですね。

いとうそうか、自分でもそこで学んだんだから。

勘介そうです。そこをやっぱ舞台に生かすっていうか、やってみたいですね。

いとううーん。そんなこと言ったら、宙乗りになってくるよ。

勘介そうですね。

いとう体絞らないと(笑)

勘介ワイヤーが切れちゃうかもしれない(笑)。絞らなあきませんね。まあでも、僕は割と滑稽な役が好きなので、何か二枚目とか真面目な役とかいうよりは……。

いとうずっこけてるような。

勘介三枚目のかしらの方が、遣いやすいというか。

いとう自分の味が出る。

勘介楽しんで遣えるという意味では、遣いやすいですね。

いとう今回の駿河でも、やっぱり割と高いところまでずーんて体を突き上げる動きをする時に、これ勘介くんだと勢いがあってかっこいいなって思ったよ。

勘介ありがとうございます。

いとううん。気合がちょっと違う。なんかこうやっぱり、この役のこう跳ね上がったところを出そうとしてんのかな、って感じた。

勘介ありがとうございます。

いとうでさ、今回のこれ、みんな「黒衣の中はそんなことなんだ」ってびっくりして読んでくれると思うよ。

勘介いや、嬉しいですよね、そしたらね。

いとううん、ほんとそうだよ。全然見方が変わるんだから。そう若い人たちもさ、「あ、じゃあ人形遣いってそういうバンドなのね」っていう。そういう感じでバンド感があるよね。ドラムとギターとベースのスリーピース。それで組んだらすごいみたいな、そういう感じだよね。

いとうしかし東京でも、もう方々に行かなきゃいけなくて大変だよね。

勘介そうですね、楽屋問題がけっこう大変でした。

いとうああ、なるほど。

勘介人形遣いだけで40人ぐらいおって、部屋の数も少ないと、席がない若手とかいてますから。ボテの上に自分の荷物置いて座ってる時もありますし。

いとううーん、それはつらいな。なるほど。まあ、東京公演も追っかけっていきますので。

勘介はい、ありがとうございます。

いとうええ、よろしくお願いします。今日はもう最高でした。面白かった。

勘介ありがとうございます。

(了)

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