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国立劇場
いとうせいこうによる 文楽の極意を聞く

桐竹勘介編(その3)

桐竹勘介編(その2)よりつづく

いとうよく、ほら、言うじゃない。主遣いの方からサインが出るって。

勘介出ます、はい。

いとうそれが俺には何回聞いてもよくわからないんだよね。サインってどんなサインなのか。言葉じゃないわけでしょう。例えば、右に少し傾いたら次左にいくんだよとか、こう色気のある歩き方をするよとか、そういうことですよね。

勘介そうです。

いとうどんなサインが出されているんですか、足の方には。

勘介でも、ほとんどは主遣いの体重移動です。体重移動と、あとは全体、人形全体のバランスを見ているとわかってくるんですけど。

いとううん。

勘介何て言うんですかね……。

いとうああ、そうか。人形は1人の人間の体になってるから、形としてよれてるわけにいかないよね。

勘介そうなんです。

いとう真っすぐにしてあげたい。それの時はぴったりくっ付かなきゃいけないとかいうふうになってくる、そういうものが、自然にサインになってくるよと。

勘介だからまあ、サインというかもう振りの一部なんですね。

いとうああ。

勘介人形の振りの一部の中にサインが入ってるので、それを僕らが読み取るというか。

いとううんうん。あ、ここでもう右向く、右向くのはわかってるけど、今なんだなっていう意味だ。

勘介そうです。ちょっとした肩の落とした仕草が、そのサインになってるとか。

いとうはあ。

勘介かしらの傾きがサインになってるとかっていうのがあるので、それを見逃さないために、左遣いも足遣いも常に集中して、師匠にくっ付いていると。

いとう足遣いの人って、舞台やっててどこ見てるの?

勘介基本、かしらの辺りを見ています。

いとうかしら、あ、そうか。そこをやっぱり。

勘介サインは体重移動だけでいただいて、何となくかしら辺りを見て、どうしたらいいかを察します。あとはまあけっこう気持ちも大切なのかなと思ってて。体力面はもちろん大変ですけど、主遣いがどうしたいのか、どう動かしたいのかっていうのを、感じ取れるかによって。

いとうやっぱり人によって違うの?

勘介そう思います。だから役の性根っていうか、性格も大事やなと。この役ってどういう人物で、何しにこの場面に出てきて、どういうことをして帰るのかっていうのを知っておくというか、僕は主遣いをやる時はそういうことをきちんと考えたいと思ってます。やっぱり足遣いも左遣いも、同じように思って遣ってる方が絶対にいい。

いとう一体感がね。

勘介一体感が生まれるんじゃないかって思うので、どういう役で、どういう人物で、師匠がどういう思いを持って遣ってるのかなって。師匠の思いはわかんないですけども、なるべく考えるようにしています。

いとうより悲しいから下をもっと向きたいのか、とかっていうようなこと?

勘介そうですね。だから足の動かし方、歩幅だったりとか。

いとうああ、なるほど、なるほど。

勘介大きい立役やったら、大きく遣うしみたいな。で、二枚目やったらスッと遣うしっていうのも。

いとうこの場面は少し急ぐしとかね。

勘介そうです、そうです。そういうことを考えながら、常々いくようにはしてるんですけど。

いとう今、途中でさ、師匠からサインが出るって言った時、肘の内側のこの曲がった辺りを叩いていたけど、そこにつまりそこら辺がくっ付いているっていうことね、師匠の体に。

勘介そうです。主遣いとどっかがくっ付いてるので、人形が座っている時は大体この辺がくっ付いてるんですけど。

いとう右手のこの肘の辺り。肘から上の辺りに、人形の中心が何となくきて……

勘介師匠の腰に。

いとう自分の腰がきてる。

勘介立つとここの手首の辺りが、師匠の腿の辺りにくっ付く。腕のどこかしらは、主遣いの腰と足に引っ付きます。

いとうなるほどねえ。左遣いだと、また違うよね。

勘介左はだいぶ離れているので。

いとうね、離れてますよね、実際に体も離れてる。

勘介はい。

いとうで、だから、一番沈黙のサインが出やすいのは、腿から足なの?

勘介まあ無言のサインが出るのはそうですね。まあでも、左にも沈黙のサインは出ます。

いとうちょっと戻るけど、一番最初に誰の足だったか、覚えてない?

勘介うーん……覚えてないですね。

いとうもう必死みたいな。

勘介必死でしたからね。誰やったか、覚えてないんですよ。

いとうでもそれで1公演やったから、次もその人にっていうんじゃなくて、もうどんどん足だったら足で。

勘介付いていきます。

いとう1つの公演で、こっちもこっちも入る。

勘介そうです。だからもう全部の段の足をやるみたいな。1日、足を10本とか。

いとう何本も何本もいって。

勘介そうです。だから1役だけとかじゃなくて、3個、4個、ばーっと足が付く。

いとういやあ。

勘介忙しい。

いとう忙しいし、切り替えが大変じゃん。さっき気持ちの問題だって言ってたけど。

勘介そうです、そうです。

いとうそれは主遣いの気持ちの問題と性根の問題が、付く役が切り替わるたびに足も切り替わっていると。

勘介そうですね、はい。

いとうで、それを師匠たちは見てると。

勘介そうです、多分。

いとう遣いながら、多分見てると。

勘介だからそれを師匠たちが感じているのはわかるんですけど、やっぱその気持ちもね、この、ここ(右腕)から伝わっているような気がします。

いとうああそっか、くっ付いているからね。

勘介そうです。

いとうそうなんだ。それで、足をいろいろやるようになって、師匠の足にいったのは、どのぐらい前なんですか。

勘介師匠の足にいったのは4年目ぐらいから。ちょこちょこ動かないところを付けていただいて。(弟弟子の桐竹)勘昇が入って、5年目ぐらいでは、主役の足ばんばんいかしていただきました。

いとうああ、そうなんだ。すごいじゃん。

勘介もう挑戦的にどんどんいけ、どんどんいけと言っていただいて。そうですね、5年目ぐらいですかね。

いとうついに師匠の足をいって。

勘介師匠の立役の足は僕、っていう感じで付けていただきました。

いとうそれは名誉極まりないことだよね。

勘介それはそうですね。「勘十郎の足」っていうのは。

いとうそうだよね。

勘介主役の足ですから。

いとうそうだよね。

勘介嬉しいのは間違いないです。でも、今回の4月公演では忠信いかしてもらったんですけど、駿河次郎で舞台から引っ込むと、楽屋までダッシュして帰って。

いとうそうか、駿河次郎だけじゃないんだ。

勘介はい、あの後、「四ノ切」の足いってましたから。

いとうえ、ちょっと待って。そんなに時間ないでしょう、あそこ。

勘介ないです。5分くらい(笑)。

いとうないよね。

勘介はい。狐忠信の物語で自分の生い立ちを語っているところとか、最後、宙乗りするまでを足いかしてもらいました。

いとう最後のいいところの足だ。

勘介だから楽屋にばーって帰って、袴と着付を脱いで、黒衣すぐ着て、白足袋から黒足袋に替えて、手袋して。

いとうあれ、足袋も替えてるの?

勘介替えてます。主遣いする時は白足袋なので。

いとうあ、じゃあ見えないけどやってんだ。

勘介そうです。主遣いする時は白足袋。わかんないですけど、主遣いする時は白足袋を履かないといけないんです。で、黒衣の時は黒足袋を履かないといけないので。もうほんとに時間がない時とかは黒足袋で主遣いしてる時もあるんですけど。今回はまだいけるなと思って、僕はなるべく主遣いする時は白足袋を履きたいというのがあって、白足袋に履き替えました。ばーっと汗だくになりながら。

いとうマジか。

勘介で、舞台まで走っていって、で、忠信の人形持って、足いかしていただきました。

いとうじゃあ早替りしているのは、勘十郎さんだけじゃなかったということじゃない。

勘介そういうことです(笑)。裏も早替りしてます。

いとうてことは、他の人も早替りしてたりするんだ、じゃあ。

勘介亀井(六郎)を遣っている簑太郎さんは師匠の左をいってたので、亀井、駿河両方とも早替りしてました。

いとういやー、マジでおもしろい。

勘介お客さんに見えない部分ですけど。

いとう見えない、見えない。

勘介舞台出ても黒衣なんで、なかなかあれですけど。

いとうそう、体型だけで何となく。

勘介誰かなっていうのでわかりますけど。

いとう割と勘介くん、わかりやすいところはあるんだよな(笑)。

勘介そうです、そうです。

いとうあれ多分そうだなって、思って見てるけど。

勘介ありがとうございます。ガタイが大きいしお腹も出てるんで。

いとうそうそう(笑)。

勘介でも、走っていって、足いかしてもらったのは貴重なので、そんだけ忙しいですけど苦じゃないっていうか。

いとうそうか。

勘介そうです。役終わって切り替えて、「よし、今から師匠の足いくぞ」ってなるじゃないですか。楽しいし。

いとう今後の何年かの予定では、いつ頃どうなっていくんですか。まあ、わかんないって、この間は言ってたけどさ。

勘介そうですね。まあ、今、左遣いに上がることを目指している立場なので、左を重点的に、稽古、修業を頑張りたいなと思っています。

いとううーん。それは1人でやるっていうことなの?稽古。

勘介いやまあ、言ってしまえば日頃の舞台が稽古なので。

いとう本番がそのまま稽古にもなるっていう意味?

勘介一緒には舞台出てる先輩の方が、「左ちゃうよ」とか言うてくれるんです、終わった後に。楽屋帰った時に「ちょっと来い」といって、人形を触って「この左はこうやって遣うんやで、ああ遣うんやで」って。

いとううわー。

勘介「この角度やで」とかっていうのを教えてくれるので、舞台出て実践をやって舞台終わって、ひたすら教えてもらって、まあ、急に教えてもらってすぐにできるわけではないので、その1か月の間に教えてもらったことをどれだけできるかってことですね。

いとううん。できてました、みたいな話になるわけ。

勘介そうです。「今日どうでした」って聞いたりとか。

いとうまだや、まだやみたいな。

勘介「何回もやって」って。「だいぶ良くなってきたな」っていうのもあるし、それをこう積み重ねていくっていうんですかね。足の時もそうでした。足いって終わった後に、「ここの足、こうやでああやで」と言われるので。

いとううーん、そうなんだよね。特に古典芸能で、グループでやるものは、公演自体が稽古になっているっていうシステムがあるからね。

勘介そうなんですね。

いとう太夫だって、後ろからコンコンと壁を叩かれているわけでしょう。それと同じようなことが、終わった後あるっていう。

勘介そうです、そうです。

いとうでもそれが、すっごく大事なんですね。

勘介大事です。だから1公演の間にね、失敗もいっぱいありますし。

いとうああそうか。

勘介そうです。だから終わった後に「すいませんでした」って言う。

いとううーん。で、師匠の家を出たのって?

勘介18歳で出ました。

いとう18歳で。

勘介高校卒業すると同時に、一人暮らしをしなさいって。

いとうして、で、近くに。

勘介「嫌です」と言って。

いとう嫌です(笑)。ご飯も一々やんなきゃいけないしみたいな。なので「嫌です」って言った。

勘介「外行きなさい」って言われて「嫌です」って。

いとうそしたら。

勘介「でももう18歳になったんやから、独り立ちやないですけど、しなさい」って「わかりました」って。

いとうで、近くに?

勘介そうです、近くに。

いとう師匠の近くに住んで、で、自炊が始まった?

勘介自炊。でもね、なかなか大変なんです、やっぱり。朝早いので。

いとうそうでしょう。

勘介で、夜の最後まで出てますから。まあ3年間は師匠の内弟子しましたから、ありがたいことに帰ればご飯もあって、お風呂も沸いてましたけど、一人暮らしした途端、もうご飯を作るのもしんどくてしんどくて。もう帰ってご飯を食べずに、そのまま寝てしまうということも何日もありましたし。でも体調も崩せないですし。朝起きんのも大変やったし。

いとうそうだね。お風呂も入らないままってわけにもいかないしね。ぴったりくっ付いてなきゃいけないから、お前、臭いなんてことになるもんね。

勘介そうです、そうです。洗濯もせなあかんし。

いとうそうよ、そうよ。

勘介もう大変でした。でももうそれがやっぱ慣れてくると、まあ普通に生活できるようになるんですけど、やっぱ、1公演休みなしで働くっていうことは、きつかったですね。



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