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国立劇場
いとうせいこうによる 文楽の極意を聞く

桐竹勘介編(その2)

桐竹勘介編(その1)よりつづく

いとう:勘介くんは、どういうふうに入ったの、この世界に。

勘介:幼稚園の夢が人形遣いになることで。

いとう:ちょっと待てよ、おい。始まったな、変な話が(笑)。何て?幼稚園の時の発表するやつで、みんなお医者さんとかパイロットって言うよね。

勘介:はいはい。

いとう:その時に人形遣いだと。

勘介:文楽の人形遣いになると言ってました。

いとう:なると。この辺の人なの?

勘介:いえ違います。僕、出身、神奈川県なんです。

いとう:神奈川で、突然そんな人が現れた。担任の先生、人形遣いって知らないでしょう。

勘介:知らないです。だからちゃんと卒業アルバムの将来の夢の欄に、「人形遣いになる」ってちゃんと書いてあります。

いとう:書いてあるんだ。それは写真撮らせてもらって、サイトに載っけた方がいいかもしれない。

勘介:いえ、いえいえ。(笑)

いとう:だってそんなすごいじゃん、そんな人いるって。ていうことは、人形芝居を観たんですよね。

勘介:そうです。地元に廻り舞台が付いている神社がありまして、そこで夏祭りのイベントみたいな感じで、やってくれた人形遣いの方がいまして。

いとう:ええ。

桐竹勘介さん

勘介:多分、村歌舞伎を昔やってたような神社で、そこでまあ知り合いの人形遣いの方がいまして、もう退座された方なんですけどね。文楽座の人も来てくれてまして。

いとう:じゃあすごくしっかりした公演だ。

勘介:そうです、そうです。僕が母親のお腹にいる時に始まったから、10年続いたんですけど。親も実行委員入ってましたし。

いとう:ああ、そうなんだ。

勘介:そうです。もうほんま山奥の田舎で地域を絡めないとできなかったんですけど、イベントとしてやってくれて、僕はそれを観た時に、かっこいいなと思って。

いとう:かっこいいと思ったわけ。

勘介:で、将来、人形遣いになろうと思った。

いとう:その時の演目は覚えてるの?

勘介:割合いっぱいやってました。

いとう:あ、いろいろやるやつだ。「みどり」公演ね。

勘介:一番記憶にあったのは、『夏祭浪花鑑』ですね。

いとう:やっぱり夏だしってことで。

勘介:記憶に残ってました。

いとう:ていうと、団七ですか。

勘介:そうですね。

いとう:やっぱかっこいいと思ったのは。

勘介:はい、かっこいいなと思って、人形遣いになろうということで。

いとう:あのさ、まあ芝居を見て人形遣いになるっていうのも、だいぶアレだけど、特にあの、殺しのある場面を見て、かっこいいと思ったっていうのはすごいね(笑)。

勘介:ああ、そうですか。

いとう:うん。子どもが見てさ、けっこう足で蹴って転がしたりとかいろいろするじゃん。それをかっこいいっていうのがね。

勘介:そうかもですね。

いとう:それで憧れちゃって、で、もう1回観たいということになるよね。

勘介:はい。

いとう:で、もう1回は1年たたないと来ないということですか。

勘介:そうですね。だからまあ1年に1回来るのを楽しみに待って。

いとう:うん、待って。

勘介:で、中学校の時ですかね、親父の携帯から人形遣いの方の電話番号を抜いて、勝手に電話して。

いとう:あははは(笑)

勘介:「人形遣いになりたいんです」って。

いとう:えっ、電話したの?

勘介:電話しました。中学校1年生の時、2年生の時だったか……。

いとう:すげえ。

勘介:まあ、文楽座の人とも知り合いでしたし。

いとう:そうか、長く来てるしね。

勘介さんの話に聞き入るいとうせいこうさん

勘介:長く何年も来てるから僕のこともう知ってるので、「そしたらいっぺん、楽屋に遊びに来い」って言われて、で、楽屋に遊びに行くようになって。みんなもう、「ああ、あの時の鼻垂らしてた小僧か」って。

いとう:そうそうそう、「おまえ一番前によくいたな」みたいな。

勘介:それから通うようになって。東京公演は土日は必ず行くようにして。

いとう:そうか、神奈川だからね。

勘介:それで3連休があれば、大阪には金曜日の夜行バスに乗って、土日月って見て、月曜日の夜行バスに乗って、火曜日の朝着いてそのまま学校行くみたいな。

いとう:うわー。

勘介:そんな生活をちょこちょこしてて、それで今の勘十郎師匠が弟子にしてくれるということになりまして。

いとう:それは最初、勘十郎さんに申し込んだんですか。

勘介:いや、そうではなかったんですけど。

いとう:向こうから言ってくれたんですか。

勘介:面倒見てくれていた人形遣いの方が簑助師匠の一門の方やったんですけど、そのご縁で勘十郎師匠が弟子にしてくれました。よろしくお願いしますっていうので、中学校3年生の時ですかね、研究生にしていただきまして。

いとう:中学校3年生で、研究生の立場になってるの?(笑)

勘介:はい、していただきました。で、学校ほとんど行かずに、休ましてくださいって無理に言って、それからは授業もほとんど受けずに。でも、イベントごととか運動会とかそういう行事は参加して。

いとう:それは出るんだ。

勘介:それは参加したかったんです。で、授業は出ませんという(笑)。

いとう:バカだなあ……勘介だなあ(笑)。

勘介:まあそれも校長先生の所に親を連れてって、親が頭を下げてくれて。「休ましてください」って言ったら、校長先生が理解のある先生で「将来のためだったら、もう学校休んでいいよ」って。

いとう:うん、そんなに好きなんだったら。

勘介:「行きなさい」って言ってくれて。

いとう:ありがたいね。

勘介:はい。で、通うようになって、何とか入門さしてもらいました。

いとう:ええ、じゃあもう中学出たらもうすぐもう。

勘介:すぐもう4月から、もう文楽協会と契約結んでいただきまして、で、師匠からお名前をいただきました。

いとう:うん、で、大阪に引っ越して。

勘介:はい

いとう:寮?

勘介:あの、内弟子っていって。

いとう:ああそっか、住み込みだ。

勘介:住み込みで働きました。もうそれも珍しいことで、もう文楽で内弟子制度っていうのもほとんどないんですけど、師匠が寛大な方やったので。もうちょうどね、師匠のお子さん方も家を出られた時で。

いとう:そうか、部屋も空いていたから。

勘介:家があるので、うちに住みなさいと、一人暮らしさせられへん。

いとう:まあそうだよね、そうだよ。

勘介:って言って、3年間、師匠の家で住み込みで働きました。

過去のエピソードを笑顔とともに話す桐竹勘介さん

いとう:わあ。じゃあ一緒にご飯食べたりして。

勘介:朝ご飯、夕ご飯、一緒に食べて。

いとう:食べて、で、一緒に出てって、ずっと見ているわけ。

勘介:そうです。僕は楽屋入りが早いんで。

いとう:ああ、そうか。

勘介:一番下なので楽屋の掃除、掃き掃除から師匠の鏡台拭いたり、着付を畳んだり、お茶碗洗ったり、ごみ捨てたりっていうのがあるんで、先には出ます。朝起きたら、「おはようございます」って言って一緒にご飯食べて、「お先に失礼します」って言って楽屋に行って、楽屋で用事して、お師匠さん来て、また「お願いします」と言って、お師匠さんは役が終わったら先にお帰りに。僕が一番最後に帰るので、っていう感じでした。

いとう:ああそうなんだ。

勘介:で、終演後に帰って「お疲れ様でした」って言って、師匠もご飯食べてはるんで、一緒にご飯食べて、いろんな舞台の話聞きました。

いとう:色んなこと。

勘介:そうです。で、「今日これやったけど、こうやで」っていうことを教えていただいて。

いとう:ええ、すごいね、それ。

勘介:3年間。だからすごくいい経験になりました。

いとう:ものすごい量のことを教わったんですね、そこで。

勘介:そうです、そうです。

いとう:だって実地にその役のことを教わるわけでしょう、だって。その日やったこととかを教われるんだもんね。

勘介:どうやったらいいか、とかをちょこちょこと。別に怒るとかはないんですけど、そういうふうなことを教えていただく会話というか。

いとう:「こういうのはよくないよ」とかっていうことを言ってくれたりするの?

勘介:そうです。それに、何て言うか、人間性的にも勉強になりました。

いとう:そうだよね、それも勉強になってるんだよね。

勘介:そうです、そうです。

いとう:その時は勘介くん、パンチパーマじゃないでしょう(笑)。

勘介:パンチパーマじゃないです。はい、まだまだ短髪だったかな。

いとう:そうだよね。その時、パンチパーマだったら驚くけど。

勘介:はい、短髪でした。

いとう:それやって、で、最初に、どんな感じで人形を持たせてくれる時が来るわけですか。

勘介最初はもう介錯って言って横の小幕の開け閉めとか、草履を運ぶことしかしないんです。主遣いで下駄履くじゃないですか。人形が上手から出てって下手に入る人形だったら、当然主遣いは上手で草履脱ぎます。それで人形が下手に引っ込むとなると、その主遣いが脱いだ草履を回さないといけないんです。だからそれも暖簾口なのか、小幕なのかとかがわかってないといけない。

いとうどこに引っ込むかによるもんね。

勘介そうです。だから先輩方の、三十何人分の草履全部覚えて。

いとううわ、あ、それ全部なんだ。

勘介全部覚えました。

いとう師匠だけじゃなくて。

勘介じゃなくて、全部覚えました。誰が何色の鼻緒、どの草履、どのサイズの草履履いているかっていうのをまず覚えて、僕だけじゃなくてみんなそうです。「あそこで入るから草履回しておいて」「わかりました」って草履を回して小幕開けるっていうことなんかをして、それから刀を渡したり、扇を渡したりっていうのを下で潜ってっていうのをやりながら、その芝居を覚えます。どこから人形が出て、この人形どこにはけるんだろうなということを、頭に入れて……。

いとう入れていく。

勘介叩き込んで、それでやっとこう小割でちょこっとした足が付くようになっていく。

いとうそこそこそこ、そこが初でしょう。

手振りを交えて質問をするいとうせいこうさん

勘介初です。

いとうじゃあ、もちろん足からいくに決まっているわけだから、人形そのものじゃなくて、足のあの部分を触るってことだよね。

勘介そうです。立役なら足金を握って。

いとう女方なら衣裳のつまみを持って、みたいなことから始まるんだ。

勘介そうです。

いとうその初めての時は当然覚えてるでしょう。超嬉しかったわけでしょう。

勘介嬉しかったです。

いとう緊張もしただろうしさ。

勘介しましたね。

いとうそれは、それは、いつの公演だったかって何となく覚えている?

勘介うーん……でも師匠の足に初めていったのは、(「堀川猿廻し」の)与次郎の足やったと思います。他の方の足はいっぱいやらしてもらってましたけど。

いとうあ、師匠以外の足はもうしてたの?

勘介他の足はいってました。師匠の足ってなかなか付かないので。

いとうそういうもんなんだ。

勘介そういうもんです。最初いろんな足をいって、で、師匠の足は付くのが何年もたってからです。

いとうああ、そうか、足をやることで師匠チームになるってことだもんね。

勘介そうです、何年もたってから。

いとう3人のうちの1人だもんね。じゃあ、それじゃない時は、他の役の時に「お前、ちょっと足やってくれ」って言われて「わかりました」と言って。でもそれも、動き方が全部頭に入ってないといけないわけだから。

勘介そうですね、はい。



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