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国立文楽劇場

曾根崎心中の魂

中沢 けい

かねてから、大阪で文楽を見たいと思っていた。東京の国立劇場の文楽公演は切符をとるのがなかなかたいへんで、たまに運よく切符がとれると出かけて行くのだが、皇居の内堀を見渡す国立劇場は、なんだか文楽を見る楽しみを奪われているような感じがしてならなかった。だから、このたびは念願がかなったわけだ。こんなにうれしいことはない。

関東の風は、太平洋から吹き上げてくる辛い潮風か、もしくは群馬や栃木の山々に阻まれ、水気をすっかり落とされた空っ風で、あの文楽の人形の白い顔には、気の毒になるような荒い風だ。

江戸の八百八町に対して八百八橋の大阪、水の都の、穏やかに満ち引きする潮の匂いの中で文楽を見たかった。劇場で人が大阪のイントネーションで話をする声を聞いていると、もうそれが文楽のプロローグになる。『曾根崎心中』の徳兵衛が、そしてお初が日頃、話していた言葉の響きはこんな感じだったのだろうなと、聞き入るのが楽しい。東京の国立劇場だと、勉強のために劇場を訪れたという様子の学生の姿などもあって、なんだか遊びに来たような気がしないのだ。どうかすると、ロビーの隅っこで不勉強を責められているような気持になる。同じ国立でも、大阪の国立劇場とでは、こうも雰囲気が違うものかと、劇場ロビーを行き交う人の夏の着物を眺めていた。良い着物をきたご婦人の姿が目立つ。

徳兵衛が九平次に丸め込まれるくだりで「おや」と思った。この物語は「男の悲恋」なのだということが、なんだか明瞭に耳に響いてくるのだった。話の筋が変るわけではないから、語りの調子とその響きが徳兵衛の心持に深く寄り添っているのだろう。

奉公先の主人の姪との縁談の持参金を、徳兵衛の継母がさっさと受け取ってしまったというのが、そもそもの発端であると知ってはいたが、九平次とのやりとりを眺めていると、徳兵衛のお人よしぶりから遡って、継母が持参金をなんの不安もなく受け取ってしまう場面までが想像されてくる。あの素直で慾のない息子なら、良い縁談を喜ぶに違いないと思い込む継母の軽率が想像される。実の母なら徳兵衛のおとなしさの陰に実直で一途なものが隠れていることを察して、持参金を受け取る前に、まず徳兵衛の気持を尋ねてくれそうなものなのにと、近所の人と噂話に興じるような気分で、人形の動きを見ていた。

人は土地に根を生やすように生きる。だから人の作り出す芸能も、本拠地に戻ったときがいちばん生き生きとするわけだ。文楽は日本のものであっても、東京の芸能ではない。きっと京都でもないのだろう。徳兵衛は浪速の男の中の男だ。その徳兵衛がお初を「うらやましい」と言う。心中を心に決めたお初が、父母に先立つ不孝を嘆く場面だったか。実の親を持っている娘をうらやましく感じる男のこころにはっとさせられる。

そのあたりから人形はただの人形ではなくなり、魂が入る。魂が入ってみると、宙にあわりと浮く動きが、俄然、リアルに見えてくる。九平次に金をだまし取られてから、クライマックスまで、あっという間の出来事だ。まさに運命の日と呼ぶべき時間が過ぎて行く。前へなだらかに伸びるはずだった時間が、永遠という垂直の方向へ転換して行くときの鮮やかさ、恐ろしさ、見ている方はなんだか子どもになってしまったような気持で、手を握り締める。歌舞伎のように生身の人が演じるのでは、この垂直な時間が開ける場面を作り出すことはできないのではないか。

次に文楽を見る時も大阪で見たい。できることなら、もっと近くで見たい。もっと小さな劇場での上演があるのならば、それを見たい。なんだか紙芝居に夢中になって、だんだん前へ出てしまう子どものような気持になった。紙芝居はテレビにはない興奮があったけれども、大阪で見た文楽にそれを五十年ぶりに思い出した。

■中沢 けい(なかざわ けい)
作家。法政大学教授も務める。1959年生まれ。高校在学中に書いた「海を感じる時」で群像新人文学賞を受賞。1985年『水平線上にて』で野間文芸新人賞受賞。著書に『野ぶどうを摘む』『女ともだち』『豆畑の昼』『さくらささくれ』『楽隊のうさぎ』『うさぎとトランペット』など。千葉県出身。

(2012年7月31日 『曾根崎心中』観劇)