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国立文楽劇場

様子の力

津村 記久子

大阪に住んでいる。近松門左衛門が大阪の人であることは知っていたし、露天神社にも何度か行ったことがあるのだが、恥ずかしながら、文楽を観たことはなかった。かしらの使い回しのシステムや、それを作ったり演じたりする人たちに職業的な興味があって、観たいなあとは常々思っていたのですが。それがこのたび、観覧させていただけることになった。自分の芸風からしたらちょっと格調が高すぎるかもしれないんじゃないかと、恐る恐る劇場に行った。

今まで文楽を観たことがなかったわたしにとって、国立文楽劇場は、そのたたずまいや中の様子からして異文化だった。大阪かその近くに住んでいて、旅行に行く時間はなくて、でもちょっと違う世界に触れてみたい、という人は、一度足を運ぶだけでも文楽劇場に行ってみると良い。掛け値なしに観光地なので。今までいろんな劇場を訪れたけれども、国立文楽劇場ほど、日常との隔絶感と、古き良き日の娯楽を観るという感覚が保存されている場所はないように思う。それは、一階の喫茶店も、劇場のロビーのおみやげ物屋さんも、軽食のスタンドも、そしてロビーの広々とした空間もそうだ。とてもゆとりがあって、穏やかで、大阪の市街地にあるとは思えない場所である。伝統芸能の脇を固めるものは伊達ではない。

それで本題の文楽である。観劇前のわたしの最大の悩みは「大夫さんの言うことが聞き取れず、状況が理解できないかもしれない」ということだったのだが、それは、舞台の上部に字幕が流れているという心遣いによってあっさり解決した。照明は比較的明るく、むやみな集中や緊張感は煽ってこない。とてもリラックスして観ることができる。

内容も、思ったより気安い。たとえば今回観せていただいた演目の一つである『伊勢音頭恋寝刃』のあらすじそのものは、とても実写では観れたものではなく、事実を題材にした話だということが痛ましくすらある、不条理で猟奇的なものなのだが、それを端整な文楽人形が演じるとなると、途端に楽しくスラップスティックな様相を持つ。そこには、美とおかしみという、同居させにくいものが苦もなく存在しており、また、昔の人の、粋というか、とても洗練された物語の消費の仕方が伺えて感慨深い。テレビもインターネットもない世界で、ある衝撃的な事件について余すところなく伝えようとなると、こういう方法にならざるをえなかったのかもしれないとも思うのだが、その手法が一人歩きしていて、その一人歩きの様にこそ芸がある。事件を語りながら、それがまた別のものに異化される、人間の語りの力のようなものが、文楽には宿っている。

また、有名な『曾根崎心中』は、ただいきさつを活字で読んで、自分の常識に照らし合わせて考えると、ひたすらにやりきれない話である。しかしその物語を、文楽人形を使って再現し、三味線にのせた大夫さんの語りを通し、とフィルターを幾重にも重ねていくと、やりきれなさを超越した、目を瞠る「様子」が出現する。モネの「睡蓮」が、ただ睡蓮を描いただけなのに素晴らしい絵画であるのと同じである。何が描かれていてどんなメッセージがあって、ということではなく、その様子を出現させる手付きそのものに価値がある。

その圧倒的な「様子」の中で、徳兵衛とお初の、やりきれなさが昇華する。心中のカタストロフの中でふと差し挟まれる、お初の両親への心配や、二人が二十五歳と十八歳という若さであること。これは物語の設定としても非常に胸に迫るものがあるし、明かされるタイミングも絶妙である。本当は、徳兵衛とお初はそこにおらず、いるのは人形遣いと人形だけなのに、舞台の二人には、確かに痛切な魂が宿っていて、心中は止められないものとわかっていながら、観客の心は締め上げられるように痛む。そして舞台が終わった後に、単なる心中とは違った、また別のものを観たような印象を抱えて、劇場を後にするのである。

そんな新しいものと比べて、と言われるかもしれないが、わたしは、2011年度のアカデミー作品賞を受賞した「アーティスト」という映画を思い出した。そちらも、あらすじは非常に単純で、興味深さとは無縁なのだが、モノクロで、俳優がまったくしゃべらない、という手法を突き詰めてスクリーンの中で再現されてみると、強く胸を打つ物語として生まれ変わっていた。

人の心は拙く心許ない。追い詰められたら消えてしまいたいと思う弱さも持つ。それをごまかしたり諭したりするのではなく、そんな心持ちを、優れた演出によって、ある高みに達したものとして舞台の上に再現する。事実ではなく、魂そのものの具現化と言っても良いだろう。文楽を観劇するということは、絶対に自ら動き出しはしない人形に、音から、動きから、きわめて高い技術で心が吹き込まれるという様子を、現場で目撃することだ。すごいものを観たと思う。

■津村 記久子(つむら きくこ)
作家。1978年生まれ。2005年「マンイーター」(単行本化にあたり『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で第21回太宰治賞を受賞しデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で第30回野間文芸新人賞、2009年『ポトスライムの舟』で第140回芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で第28回織田作之助賞を受賞。著書に『カソウスキの行方』『アレグリアとは仕事はできない』『とにかくうちに帰ります』、エッセイ『やりたいことは二度寝だけ』など。新作は『ウエストウイング』。大阪府在住。

(2012年7月30日 『伊勢音頭恋寝刃』『蝶の道行』『曾根崎心中』観劇)