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国立文楽劇場

制御不能

やぶくみこ

今年の9月に木野彩子さんというダンサーの方と、折口信夫の「死者の書」をもとに、「死者の書 再読」というダンスパフォーマンスの製作にかかわった。今年の12月末にも鳥取で上演予定だ。
そんなタイミングで「鶊山姫捨松」中将姫雪責の段が上演されるという。
これは、いかなくては。
「死者の書」に描かれる中将姫は、なにかと神々しいし、人間離れしている。
称讃浄土経を1000部も写経したり、山と山の間に浮かび上がった山越の阿弥陀如来さまを目指してひとり家出したり、最後には蓮糸の曼荼羅を一晩で織り上げ、曼荼羅を描き上げるというとんでもない逸話が残っている。そしてその曼荼羅が実在するというのも驚きである。
文楽に登場する中将姫も衣裳が白く、実在しているというよりは、あの世とこの世の間にいるかのようにも見えた。
「鶊山姫捨松」
幕があく。桐の谷と浮舟の二人と、左に紅梅、右に桜。
そのしつらえで、どこかわざとらしい対立のような感じが、観客には感じられるような気がして、しばらくの口論のあとに桐の谷と浮舟が枝をもって争う姿は、どこか品があって、お互いへの尊敬すら感じられる様子が印象的だった。枝でチャンバラと、雪合戦。

雪の降りしきる中、中将姫が抵抗することもなく竹刀に打たれている姿は岩根御前にとっては、とても恐ろしく、強くみえたことだろう。強さゆえにまた恐ろしくなって、その狂気はどんどんエスカレートしていく。自分で手を下さないところにも、その恐れが浮かび上がるよう。
恐れはどんどんひろがり、やがて奴たちも姫を打つのをやめる。
桐の谷と浮舟が再び口論になったところを留めにはいった中将姫の急所にあっさり竹刀がヒットして、死んでしまう(死んだふり)。そのあっけなさがまた岩根御前の姫に対する恐れをかきたてるような気がした。
三味線の音はとても複雑で、覚えようにも難しいフレーズがいっぱいで、登場人物たちのもつれもつれる心の中と外が行き来するように聞こえた。胡弓の澄んだ音との相性がすばらしかった。

「女殺油地獄」はまず、タイトルがすごい。
みるからに、たいへんな話なのがわかる。最初のシーンからすぐわかる与兵衛のだめっぷり。
河内屋与兵衛、お金を借りてはあそびにつかう。使い切っては義理の親にお金を無心し、聞き入れられなければ暴力をふるう。そんな悪い役なら、もっと悪い顔だろうと想像していたから、どんな悪い男が出てくるのだろうと思ったら、お人形の姿はやさしい顔のおにいさん。姿だけみればとてもそんな悪いことする人には見えない。
与兵衛はお吉を頼りにしている。冒頭のシーンで、お吉さんにだけは心を開いているかのようにもみえた。
義理の父親も、恩のある先代の息子ということで、与兵衛には好き放題させているようにみえる。
しかしあまりにも目に余る暴力と暴言と身勝手さ。そして与兵衛は勘当され、出ていく。
その後お吉さんの家に来る両親たち。与兵衛を勘当しても、家に帰るように伝えてください、といった上で渡すお金まで置いていく義理の父と、母の有り余る愛と、一連のことを理解し、受け止めるお吉さんの3人のあたたかなシーン。
そのあと現れた与兵衛のやさしそうな顔の男には孤独がにじみ出る。
きっと与兵衛は、本当はお金ではなく、愛情と居場所が欲しかった。どうしたらいいかなんてわからない。けれど、それに飢えてる。
おそらく唯一の心の拠り所である人、お吉さんにお願いしてみたことも断られて、それでもうぐんとお吉さんと心の距離が離れたような気がしてしまって、彼はきっと怖くて悲しくて、今までも今も自分がどれだけ悪い事しているのかなんて考える余裕すらなかったのだろう。自分が悪いとすら、思っていないのかもしれない。
愛に飢えた男の静かな崩壊と狂気。
油で滑って、体のコントロールが効かなくなった最後のシーンは、本当に圧巻だった。
もつれて、うまくいかない、与兵衛のどうしていいかわからない、制御不能になった心。
最後には彼のとてつもない孤独と悲しみが浮かび上がる。

■やぶくみこ
音楽家、作曲家。1982年岸和田市生まれ。桜美林大学で音響を、文化庁在外研修員としてヨーク大学大学院で共同作曲を、インドネシア政府奨学生としてインドネシア国立芸大ジョグジャカルタ校にてガムランを学ぶ。ジャワガムランや打楽器を中心に様々な楽器を用い、楽器の本来持つ響きや音色、演奏する空間を生かした作品を提示。日本国内外で演劇、ダンス、絵画など様々なアーティストとのコラボレーション多数。京都で即興、共同作曲をベースにしたガムラングループ“スカルグンディス”を主宰。2013年より「瓦の音楽」プロジェクトを監修。京都在住。

(2018年11月6日第一部『蘆屋道満大内鑑』『桂川連理柵』、
11月13日第二部『鶊山姫捨松』『女殺油地獄』観劇)