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国立文楽劇場

妖しくも美しい『日本振袖始』

くまざわ あかね

 夏休み特別公演・サマーレイトショーの「日本振袖始」。
 無事に大蛇が退治され、素戔嗚尊によって無事に大蛇が退治され、幕が閉まりかけたときに、ふと頭をよぎったのは
「あ。勘十郎さん(=岩長姫)は幕切れには出はらへんのか」
でした。

 歌舞伎でしたらおそらく、成敗されたはずの岩長姫が最後に大太刀を持って堂々と登場、素戔嗚カップルをにらみつけたところでチョンチョンチョン…と幕が閉まると思うのですが、これはあくまでも「主演の役者の顔は最後まで見たいですよね皆さん!」というファンサービスのための演出。
 ですが文楽では、あんなに大活躍された勘十郎さん(=岩長姫)も成敗されたらそこで出番はおしまい。あくまでも、役者本位ではなくって物語本位なのが文楽なのですね。

 「大蛇退治の段」というダイナミックな段にふさわしく、三味線が五挺も入りますので、音の重なりが華やかで重厚で迫力満点です。いつもに増して、三味線の「音」のみならず「デン!」という振動も伝わってきまして、身体全体で曲を感じることができるのです。

 前に見たときはこの演目、もっと見た目がシンプルだったような気がするのですが、今回は、照明も衣裳もうんと派手になってますし、途中で上手側に鼓と笛の演奏家さんが登場されたり(文楽ではあまり見ない演出でしたのでびっくりしました)、大蛇もさらに大きく派手にパワーアップしていたように思います。八岐大蛇だけど、蛇の頭が四体だったのは…ってそんなこと考えるのは野暮天ですね、ハイ。あとの四体はきっと、舞台の外の見えないところにいて、入れかわり立ちかわりしてるんですよね。ね。

 そしてこの舞台、なんといっても目が引きつけられてしまうのが、勘十郎さんの遣われる岩長姫。登場したその瞬間からどう見ても「ただものではない」妖気に満ち満ちていて、またお客さんもそれを敏感に感じ取って「わあぁ」というのか「うおお」というのか、声にならないワクワク感と拍手の音とが客席を渦巻いておりました。

 美しくもすさまじい岩長姫が、ゴブリゴブリと壺の中のお酒を飲み干す様はまさに圧巻。お酒を前に、美しい姫が舌なめずりをしている表情までもが想像できてしまうほど。
 壺の中に顔を突っ込むシーンでは、首から背中にかけてのラインが鞭のようになめらかにしなります。さながらヨガの「猫のポーズ」のよう。実際の人間があんなに背骨しならせたら「ひぃぃ折れちゃう!」となるのですが、それが可能なのも人形ならではの魅力です。というか、今思い出しましたが文楽の人形に背骨はありませんよね。ないものをあるように、そしてあるときよりも凄く見せる。超一流のマジックを見るかのようです。

 美しい姫でありながら、大蛇の化身(?)で大酒飲み。一歩間違うと下品になってしまいかねないキャラクターの岩長姫を、絶妙のバランスでまとめあげておられるのは、「気品」なのだと思います。ハンバーグのつなぎのパン粉のように、「気品」があるからこそ役がバラバラにならずにひとつの人格にまとまるのではないでしょうか。
 そして、パワーアップした大蛇と戦うのは襲名したばかりの玉助さん。「この人なら勝てそう!」というオーラをまとった、凛々しい素戔嗚です。

 いまや、こういった魔物的といいますか、物の怪系統のお役は勘十郎さんの独壇場ですね。勘十郎さんがお元気で動きまわられて、激しくも妖しい、それでいて上品なお役を遣われる…そんな時代に巡り合うことのできた幸せをいま、かみしめています。

■くまざわ あかね
落語作家。1971年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、落語作家小佐田定雄に弟子入りする。2000年、国立演芸場主催の大衆芸能脚本コンクールで、新作落語『お父さんの一番モテた日』が優秀賞を受賞。2002年度大阪市咲くやこの花賞受賞。京都府立文化芸術会館「上方落語勉強会~お題の名づけ親はあなたです」シリーズなどで新作を発表。また新聞や雑誌のエッセイ、ラジオ、講演など幅広く活動。著書に、『落語的生活ことはじめ―大阪下町・昭和十年体験記』、『きもの噺』がある。大阪府出身。

(2018年7月24日第三部『新版歌祭文』『日本振袖始』、
7月26日第二部『卅三間堂棟由来』『大塔宮㬢鎧』観劇)