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国立文楽劇場

夏の夜の愉しみ 第3部サマーレイトショーを観る

三咲 光郎

地震、豪雨、酷暑、そして逆走台風。厳しい災害や天候に痛めつけられての、この夏です。夏休み文楽特別公演でひとときの息抜きを、と第3部のサマーレイトショーに行ってきました。
 レイトショーは、午後6時15分開演、午後8時40分には終演。気軽に立ち寄れる時間設定がうれしいです。内容は充実していて、文楽の美味しいところを堪能できる。お得感があって毎夏の楽しみにしています。
 今年の第3部公演は『新版歌祭文』と『日本振袖始』の二本立てです。

『新版歌祭文』は有名な「野崎村の段」。
 お染久松の悲恋話は、あらためて観ると、テンポが良くて、コミカルな場面もあって、楽しめました。
 野崎村の、とある農家に、油屋で奉公している久松が帰されてきます。銀一貫五百目を横領したというのです。久松を送ってきた手代・久三の小助が横柄な態度で、養父・久作と言い合いになります。激しく、滑稽でもあるやりとりを、竹本文字久太夫さんが語って、冒頭からお話に勢いがつきます。

小助が帰った後で、今度は恋仲である油屋の娘お染が、野崎参りにと言い繕って久松を追ってきます。久松と祝言を挙げる農家の娘おみつは、嫉妬して怒り、家の中へ入れさせません。門口の敷居を挟んで、おみつとお染が恋敵の対立をするのが、おかしくて、かわいい。竹本津駒太夫さんの語りです。
 お染は、久松を想う一心で野崎村の実家に押しかけてくるわけですが、おみつにきつく当たられても、めげずに久松に会おうとします。お染の方にも親が決めた山家屋との祝言が迫っている事情はあるのですが、一途といおうか、空気を読まないといおうか、その行動力は商家のお嬢様のわがまま育ちというより、子供っぽい幼さのように見えます。

お染久松の話は、幾度も文楽や歌舞伎の舞台になっていますが、実際に起きた心中事件を題材にしています。事件は先ず歌祭文で世間に広められ評判になったといいます。歌祭文とは、事件の顛末を三味線で弾き語った門付け芸だそうです。二人が心中した時お染は十六歳だったと記録にあります。
 十六歳ですか。商家の箱入り娘として育てられ、まだ世間を知らない年頃です。純情で一途なのも、うなずけますね。久松が、
 「山家屋へござるのが母御へ孝行、家のため。よう得心をなされや。」
  と諫めても、
 「いやぢやいやぢや、わしやいやぢや。……覚悟はとうから極めてゐる」
  剃刀を出して、
 「止めずと殺して、殺して」
  必死に口説きます。
 そんな若いまっすぐな情を、陰で聞いていて出てくる久作と、娘を追ってきたお染の母お勝、そして意外な行動に出るおみつが、大きく受け止めていきます。お染の純情を包み込むように、竹本三輪太夫さんが味わい深く語ります。

20分の休憩を挟んで、『日本振袖始』の「大蛇(おろち)退治の段」。
 近松門左衛門による時代物、古代ロマン・アドベンチャーの一幕です。
 素戔嗚尊の八岐大蛇退治といえばどなたもよくご存じでしょうが、今夜の私のお目当ての舞台はこれです。というのも、以前、神楽の舞台で『大蛇(おろち)』を観ておもしろさに感激し、文楽の舞台でもぜひ観たいと望んでいたのでした。
 島根県浜田市と江津市の海辺に、県立しまね海洋館アクアスという水族館があります。周辺施設にレストランや物産館が並び、その一画に屋外イベントステージ「はっしー広場」があります。石見神楽の公演が定期的に行われ、日替わりで、各社中が登場します。何年か前に、たまたまそこで幾つかの演目を観たのでしたが、中でも『大蛇』はダイナミックで、目を奪われたものです。
 その後、温泉津温泉の神社で夜神楽を観て、大蛇のぐるぐると渦巻き積み上がる胴体が舞台から溢れ出る迫力に大喜びしました。伝統文化を守り盛り上げようという地元の方々の熱気に圧倒されました。

文楽の大蛇退治では、初め大蛇は岩長姫の姿で現れます。岩長姫は幾つもの壺に満たされた酒を呑み干し、酔って舞います。人形を遣うのは桐竹勘十郎さんです。美しい。妖艶で、悪魔的。その美しさに酔います。舞いながら、ちらと見せる般若の相。客席からどよめきと拍手があがります。皆さんこれを楽しみに来ていたのだと得心しました。
 岩長姫は人智を超えた魔性の存在です。
 「胸に燃え立つ瞋恚(しんに)のほむら、媚良き女を取らざれば、劫火(ごうか)の苦患休む間もなし」
 と語るのを聞くと、ぞっと鳥肌が立ちます。
 音曲は三味線に加えて笛、鼓、八雲琴、胡弓も出て、華やかです。最後は正体をあらわした大蛇と素戔嗚尊の対決。スケールが大きくて、こちらも大満足です。
 ちなみに、『日本振袖始』ってタイトルはどういう意味? と思っていたのですが、冒頭にそれに関するトリビアが。お聞き逃しなく。
 それ、ほんまですか、近松さん。

■三咲 光郎(みさき みつお)
小説家。大阪府生まれ。関西学院大学文学部日本文学科卒業。
1993年『大正暮色』で第5回堺自由都市文学賞受賞。1998年『大正四年の狙撃手(スナイパー)』で第78回オール讀物新人賞受賞。2001年『群蝶の空』で第8回松本清張賞受賞。大阪府在住。

(2018年7月28日第三部『新版歌祭文』『日本振袖始』観劇)

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