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国立文楽劇場

扉の向こうは別世界

チチ松村

今年になって初めての文楽観劇は「4月文楽公演」です。毎回国立文楽劇場の扉をくぐった瞬間に、日常生活から別世界へタイムスリップするのでびっくりしてしまいます。ここはどこ?今日はどんな世界(時代)に連れて行ってもらえるのだろう?…というのが一つの楽しみなので、観劇前には演目の情報を全く入れないでのぞみます。

第1部幕が開き、太夫の語り、三味線の音色、人形が現れ、物語が進んで行くうちに、どっぷりと入り込んで行きます。とは言うものの、すんなり進んで行かないのが文楽の面白いところです。例えば、慈悲蔵が兄に子供を捨ててこいと言われて、素直に捨ててくるところ。せっかく家に戻ってきた子供を手裏剣で殺めてしまうなど、ええっ?と思わず声が出てしまいます。まあ最後にどんでん返しがあるのですが、それも「なるほどそういうことか」とは行かず、ちょっと強引過ぎるのではなどと思いつつ、非常に楽しんでいる自分がいるのです。

第2部、九州から須磨まで敵(かたき)を求めて歩いて来たら、それは疲れるでしょう。そして京都からまた九州へ。その間ちょくちょく出会っていることが奇跡です。敵討ちの成功確率は何パーセントだったのか、統計があれば知りたいです。面白かったのは、虚無僧に化けたお園が戦った相手が、父が選んだ許婚の六助だと知った途端の変わり身の早さです。隠し切れない可愛らしさが見えた時、「リボンの騎士」のサファイヤを思い出し、笑ってしまいました。

今回のもう一つの楽しみは、五代目吉田玉助さんの襲名披露公演であるということです。僕はこういう公演を見るのが初めてなので、なんだか文楽の一大イベントに立ち会えてしまう!というような気になって、開演前からいつもより少々興奮してしまいました。口上では、赤紫の裃を着た人形遣いの重鎮の方々が、ずらりと並んでおられるのを見るだけでも壮観でした。しかも普段聞くことができないお声も聞けて感激、どのお方の口上も玉助さんをあたたかく見守るような優しさを感じました。その後の玉助さんの舞台も本当に素晴らしかったです。

■チチ松村(ちち まつむら)
1954年大阪生まれ。10代後半から音楽活動を始め、ソロアーティストとして関西で活躍。ゴンチチ結成以降は、音楽活動の傍らエッセイ等の執筆も行い、『わたしはクラゲになりたい/河出書房新社』『ゴミを宝に/光文社』『それゆけ茶人/廣済堂出版』『緑の性格/新潮社』『盲目の音楽家を捜して/メディアファクトリー』など、これまでに14冊の著書を上梓している。一方、自らを「茶人」を称し、風流な生活を実践。「変な物好き」としても広く知られている。

(2018年4月20日第一部『本朝廿四孝』「襲名披露口上」『義経千本桜』、
第二部『彦山権現誓助剣』観劇)