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国立文楽劇場

特別企画 対談:金水 敏×仲野 徹 (構成:くまざわあかね)
「祝!五代目吉田玉助襲名」

腑に落ちない!?

仲野
「今回の襲名は、ことに口上がきれいでしたなぁ」
金水
「赤紫の裃の色目が華やかでした」
仲野
「襲名の演目『本朝廿四孝』も、演目自体に「名前を継ぐ」というテーマがあって、おじいさんの名前を継がはった玉助さんにピッタリですね」
金水
「けどこの演目、よぉ考えますといろいろ腑に落ちんところがありまして」
仲野
「といいますと?」
金水
「最後の「勘助住家の段」で、横蔵改め山本勘助、慈悲蔵実は直江山城之助と、それぞれガラッと役柄が変わって衣裳も改まるんですけど、あんな狭いあばら家の、どこにあんな派手な衣裳隠してたんやろか、と」
仲野
「かさばりそうやのに」
金水
「だいたいあの家自体、信州のあばら家という設定やのに…」
仲野
「最後急にバーンと立派になりますよね(笑)
それに、はじめはお母さんが「兄弟のどちらに山本勘助の名を継がせようか」て言うてたのに、横蔵がいきなり「自分が山本勘助を継ぐ!」と宣言して。言うたもん勝ちなんか、て思いますよね。その上、あんなに争って手に入れた巻物やのに結局は弟にあげてしもたり、いろいろ謎が多いですわ」

歴史と世話場のつながり「参加理論」

金水
「橋本治先生が『浄瑠璃を読もう』という著書の中で、忠臣蔵について書いてはったんですが、忠臣蔵というのは敵討ちの話で武士の忠義の世界を描いてますけど、実際に浄瑠璃を聞いてるのは圧倒的に町人なんですよね。町人は武士の忠義や敵討ちに憧れはあるものの、自分はその世界には入っていかれへん。じゃあどうやって参加するかというと、親子の葛藤を描いたりお軽さんの身売り…いまでいえばOLがキャバクラに勤めるような場面を出したり。いうたら世話場ですよね」
仲野
「そこで共感できるわけですね」
金水
「かっこいいお武家さんの世界、忠の世界の中に庶民が入っていける方法として世話場を作る。橋本治先生による「参加理論」と名付けておきます(笑)。
この『本朝廿四孝』でいうと、お母さんがアニキの横蔵ばっかりひいきして弟をいじめるような「理不尽な家族間の葛藤」て、どこの庶民にもある話やないですか」
仲野
「芝居見ながら「あぁ、うちの家のほうがまだましやわ」とか」
金水
「ただそれだけを描いたら世話物になるんですけど、実はそれが戦国時代のお武家さんの話につながってたんや、と。江戸時代の人も、そういう二重構造として浄瑠璃を楽しんでたんやないかな、と思います」
仲野
「あぁそうか。そのほうが物語として見ても奥行きがありますもんね。いろんな楽しみ方ができるし、一度見ておしまい、やなしに何度か繰り返し見てもおもしろい」
金水
「二重構造の二つの世界はゆる~くつながってるんですけども、実はぜんぜんちがう世界でして。登場人物のキャラ自体も変わりますからね。横蔵も、はじめは荒くれものの町人言葉でしたけど、最後は完全に武士言葉、文語でしゃべりますから」
仲野
「あそのあたりは金水先生のご専門の『役割語』の話になってきますね。庶民からいきなりお武家さんになっとるがな、と」

二十四孝とは?

仲野
「タイトルにもなってますけど「二十四孝」て、昔の人はみんな知ってたんですかね。なんのこっちゃピンときませんけど」
金水
「むかしは「心学道話」が盛んで、町に教室もありました。本にもなっていて、自分で読んだり人に読み聞かせたりもしていまして。民間道徳として触れる機会が多かったんでしょうね。その中でも「二十四孝」は有名やった」
くま
「『二十四孝』という落語もあります。みんなが知っているからこそ、パロディとしての笑いになるんでしょうね」
仲野
「孝行、というわりにひどい台詞もありますやん。横蔵が「火鉢の火がぬるい」とお母さんに文句言うところで『自分ももうすぐ(死んで)焼かれるねんから、稽古として熱い火にもあたっとけ』やなんて。あぁいうダークなギャグがちょいちょい交じるのも、おもしろくてえぇんでしょうね」
金水
「見ようによっては、あないしてゴチャゴチャ母親に甘えて世話焼かせるのも、親孝行のひとつなのかもしれませんねぇ。あの場面の横蔵のキャラクターはおもしろい。好きですね」
仲野
「リアリティありますよね。反抗期の中高生みたいで。逆に慈悲蔵のほうが、いまでいうところの「おまえのは遺産目当ての親孝行や!」と怒られる人みたいですよね」

時代物イコール戦隊もの理論

仲野
「雪の中の立ちまわりの場面、かっこよかったですね。セットも良かったですし、またそこへ玉助さんと玉男さん、二人とも上背があるので見栄えしますし」
金水
「今回、一階ロビーで戦国BASARAとのコラボ展示もありましたけど、こういう時代ものの楽しみ方って子ども向けの戦隊ものの楽しさに似ているところがあって」
仲野
「あぁ、わかります」
金水
「まずは変身前の若者の日常の場面があって悪者が出てきて、最後は巨大ロボが戦う。せやから最後の山本勘助はもうほとんど巨大ロボの世界です(笑)」
くま
「慈悲蔵VS横蔵は、パシフィックリムの世界なんですね」
金水
「若者の日常である世話場と、ロボットが出てくる時代ものの場面とは、物語上ゆるくはつながってるんですけど、これはこれ、それはそれとして別に楽しんだほうがえぇかもしれません。でないと、クエスチョンがいっぱいありすぎて耐えきれない(笑)。部分的にはすごくリアリティがあるんですけど、全体を通すとロジックがないんですよね」
仲野
「なるほど、納得しました。自分だけがこの『本朝廿四孝』の話を理解できてないのかと思ってましたけど、誰が見てもそうなんですね(笑)。
あんまりつきつめて「これはどういうことなんやろう?」と考えすぎるとダメな芝居なのかもしれないですね」
金水
「ストーリーとしての整合性よりも、その場その場、局面のおもしろさを楽しむタイプの演目なのかもしれません」
仲野
「そういう意味では、実際に舞台を見ないことにはおもしろさが分からんでしょうね。で、見たあと友人と飲みに行ったら「あの場面おかしいよな」「どういうことやったん!?」と盛り上がるかも(笑)」

■金水 敏(きんすい さとし)
大阪大学・文学部教授。1956年、大阪生まれ、兵庫県在住。専門は日本語史および「役割語」研究。著者に『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、2004。新村出賞受賞)、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、2003)、『〈役割語〉小辞典』(研究社、2014)、他。

■仲野 徹(なかの とおる)
大阪大学大学院、医学系研究科・生命機能研究科、教授。1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒。内科医として勤務の後、「いろいろな細胞がどのようにしてできてくるのか」についての研究に従事。現在、『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)が絶賛発売中。豊竹呂太夫に義太夫を習う、HONZのメンバーとしてノンフィクションのレビューを書く、など、さまざまなことに首をつっこみ、おもろい研究者をめざしている。

■くまざわ あかね
落語作家。1971年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、落語作家小佐田定雄に弟子入りする。2000年、国立演芸場主催の大衆芸能脚本コンクールで、新作落語『お父さんの一番モテた日』が優秀賞を受賞。2002年度大阪市咲くやこの花賞受賞。京都府立文化芸術会館「上方落語勉強会~お題の名づけ親はあなたです」シリーズなどで新作を発表。また新聞や雑誌のエッセイ、ラジオ、講演など幅広く活動。著書に、『落語的生活ことはじめ―大阪下町・昭和十年体験記』、『きもの噺』がある。大阪府出身。

(2018年4月15日第1部『本朝廿四孝』「襲名披露口上」『義経千本桜』観劇)