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国立文楽劇場

名を継ぐこと

たきいみき

このところ、文楽、能楽、歌舞伎と襲名披露公演が続いていますが。
文楽劇場にも寄せていただく度に、おめでたい雰囲気が満ちているのがうれしい。
今回は五代目玉助さん。ご襲名おめでとうございます。

エスカレーターで劇場に上がると、開演前にはロビーに玉助さんがいらっしゃいました。
とてもお背の高い方で、優しげなやわらかい雰囲気。
今年52歳と公演プログラムで後から知った時ビックリしたくらいとてもお若く見えました。

高身長ということは足遣い時代は、大変でらしただろうな…と思っていたら、これもやはり公演プログラムに「雪中の筍」というタイトルで小佐田定雄さんが書いてらっしゃった。
この文章を開演前の座席で読んでいて、すこし読んだところで、読みやめてしまった。

なぜかというと。
泣けてしまったから。

家族の関係や、芸を継ぐことに対する親子の情熱を見守る小佐田さんの目線がとっても愛情に満ちていて、なんだか感動してしまったのです。

芝居観る前に泣くって!なんなんよ私!と自分で自分にツッコんで、一呼吸おきまして。
泣いちゃいそうな気分が治まったところで、最後まで読みました。

それにしても、襲名披露狂言「勘助住家の段」を見る前に公演プログラムに載っている、いくつかの寄稿文や、玉助さんのインタビュー記事を読めてよかった!
それは、配役や物語のあらすじ・人物相関図を教えてくれるだけ、ではなかったから。

五代目玉助さんのお祖父さまの三代目玉助さんが大事にしたお役「横蔵」を、
お名前とともにこの公演で、継がれたこと。
四代目を継ぐ準備をなさりながら、志半ばで亡くなられたお父さま、玉幸さんに
四代目玉助を追贈され、ご自身は五代目となられたこと。などなど。
そのほかにもたくさんのエピソードが散りばめられていました。

文楽は世襲制ではありませんが、お祖父さま、お父さまが人形遣いというお家に生まれ、お名前と芸を継いだ玉助さんのリアルな親孝行と、お芝居の中の横蔵、慈悲蔵兄弟の親孝行が重なって見えて、感動倍増、だったのでした。。。

さて。
開演15分前。三番叟が楽しく踊る姿にわくわく。
11時開演。
本朝廿四孝の桔梗原の段と景勝下駄の段の間に襲名口上。
お衣裳が、皆さんお揃いの赤紫で、華やか。
普段はお聞きする機会のない人形遣いさんのお声が聴けました。

そして勘助住家の段、クライマックス。
父の遺した軍法一巻を見つけようと兄弟が争っていると、母登場。
その時の母の登場の仕方が!アメージングでした。
兄弟は雪景色の竹林にいるのですが、母の一声がしたかと思うと、母登場。
竹林に母が来るのではなく、母が、「屋敷ごと」登場。
母の一声で、雪の竹林から屋敷へとセットがぶわぁぁぁぁっと転換。
この舞台転換、なんて鮮やかでダイナミックなの!!と、興奮してしまった。

物語は、どんでん返しに次ぐ、どんでん返し!
えっ、えっ?そうだったの!?と息もつけないスピードで様々なことが進んでいく!
横蔵のピンチを切り抜ける技も…!そんなチカラ技!

と、急に靄のかかった伏字だらけのような物言いですみません。
ネタバレするのがもったいない…
そう、これは、実際に観ていただきたい!
ひときわ鮮やかな場面だったなぁ、と今も私は反芻して味わっています。。。

物語の中で、玉助さんが遣う横蔵も、亡き父親、山本勘助の名を継ぐ。

勝手放題に見えた横蔵はじつは、武田信玄と通じ、将軍家を救う活躍をしていたのです。
父の名を継ぐ!と声高らかに宣言すると、母親は軍法伝授の一巻も横蔵に与えようとするが、横蔵は自分は父の名を受け継ぐことで充分だ、母方の名を継ぐ弟・慈悲蔵の母への孝行の報い、とその一巻を慈悲蔵に譲る。

継いでゆく覚悟と、その先に待っている運命に立ち向かっていこうとする姿。
舞台のど真ん中で、場面を背負って立っている横蔵改め勘助の姿、美しかった。

襲名とは、その名前の「いのち」を繋いでいくことなのだなぁと感じました。

そして、誕生したての五代目玉助さんを暖かく見守るように囲んでいる師匠方。
新しい時代が始まるのだよ。と、きこえたような気がしました。
とてもとても、清々しい気持ちで劇場を後にしました。

■たきいみき
舞台女優。大阪生まれ。
主演作に「黒蜥蜴」「ふたりの女」「夜叉ヶ池」(演出:宮城總)、「令嬢ジュリー」(演出:フレデリック・フィスバック)など。野田秀樹作、オン・ケンセン演出「三代目、りちゃあど」では歌舞伎や狂言、バリ伝統影絵などジャンルを超えたメンバーと共演の他、クロード・レジ「室内」、オマール・ポラス「ドン・ファン」など、海外の演出家とのクリエーション作品も多数。

(2018年4月15日第一部『本朝廿四孝』「襲名披露口上」『義経千本桜』観劇)