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国立文楽劇場

初春のスペクタクル巨編/国性爺合戦

三咲 光郎

近松門左衛門の作、『国性爺合戦』全八段を観ました。

始まりは、大明国の都・南京の宮廷からです。北方の韃靼国が、皇帝の后を差し出せと無理難題を言いかけてきます。断ると、韃靼と内通していた臣下・李蹈天の裏切りで、敵軍が急襲、皇帝は倒され、妹姫・栴檀皇女はかろうじて小舟で逃れます。日本と大陸を舞台にした壮大なドラマの幕あけです。

近松門左衛門の代表的名作、と学校で習いました。よく教科書に舞台の写真が載っています。私が覚えているのは、虎と豪傑が戦っている場面です。今回、初春公演に行く前に、近松作の丸本を読んでみました。手許にあったのは古本屋で手に入れた『日本古典全書・近松門左衛門集』で、「昭和二十七年発行、朝日新聞社編刊」。

解説文に、この作品ができた背景が説明されています。当時、竹本義太夫が亡くなり、後継者はまだ若く、竹本座の存続が危うくなったので、近松が起死回生のために心を砕いて書いた勝負作なのだとか。なるほど、絢爛豪華な異国の宮廷、韃靼国の高圧的な使者、善い家臣と悪い家臣、女官たちの梅と桜での花いくさ、敵軍の急襲、脱出行……華やかな趣向を凝らし、テンポ良く、緻密な構成をめぐらせた序盤だけでも、近松が気合を入れて全力で書き上げた作品だとわかり、期待で胸がどきどきしてきます。

舞台は一転、波の寄せる明るい海岸に。貝を採る漁師が見慣れない漂着舟を見つけ、異国の女性を助けます。栴檀皇女です。場所は日本肥前の国、平戸の浜。漁師は、名を和藤内といい、かつて明国皇帝の家臣だった人物・老一官の息子。老一官は皇帝に意見して疎まれ、日本に亡命して家庭を持っています。栴檀皇女から話を聞いて、老一官夫婦と和藤内は、韃靼王に奪われた明国を再興するために唐土へ渡る決意をするのです。冒険行へのわくわく感が高まったところで、幕間の休憩。お楽しみのお弁当タイムです。ロビーに出て、ソファで、私は買ってきた穴子寿司を頬張り、ここまでの舞台を振り返ったり、この先の展開を思い描いたりしてひと息いれました。周りのお客さんも、歓談しながらお腹を満たしています。デパ地下で弁当を買ってきている人もいますが、ロビーの売店でも幕内弁当(文楽弁当)や助六寿司、お茶などがあるので、その時のお腹の空き具合と相談して買うことができます。

さて、舞台の後半では、いよいよ老一官家族が唐土に渡っての活躍が始まります。竹林を行く和藤内が出会う最初の敵は、猛虎です。教科書に載っていた場面だ、と盛り上がります。虎と和藤内のバトルが楽しい。錦秋公演の玉藻前の妖狐はもちろん、文楽に動物が出てくるのは好きです。今回は虎だけではなく、平戸の浜で、蛤と鴫が争う「漁夫の利」風の場面もあります。やたらと大きい蛤に、ちょっと小さくないかい? とツッコミを入れたくなる鴫が攻撃を仕掛けて、遠近法を超えた(?)構図で争うのが楽しい。で、虎は? こちらは等身大の、というか、着ぐるみの虎なのでびっくりしました。大きくて迫力があります。江戸時代の絵のように猫っぽいことはなくて、ちゃんと「虎」です。愛嬌もあって。笑いもあって、客席は和やかな空気です。

ところで、親子三人だけで海を渡った老一官たちですが、大国の軍勢を相手にどうやって戦うんだ? と事の行方を見守っていると、もちろん老一官には当てがあります。皇帝の家臣だった時代、二歳で生き別れた娘・錦祥女がいて、今は甘輝という武将の妻になっているのです。会ったことのない甘輝を味方に引き入れようと、老一官親子はその居城を訪ねます。ここからお話はいよいよクライマックスに。韃靼王の信任厚い甘輝将軍をいかに説得するか。舞台と客席が一体となって熱気を帯びます。展開するのはアクションではなく、重厚な人間ドラマです。状況を動かすのは、甘輝と和藤内の男の豪気ではなく、錦祥女と老一官の妻の、人を思いやる心の一途さ。どうして非力な老妻が日本からわざわざついてきてるの? という疑問がここにきて、ああそうだったのか、と一気に感動へ。女たちは義理と人情に挟まれて苦しみ、どんな決着を見つけだすのか。世話物の円熟期を迎えていた大近松のテッパンの作劇です。

1715年の初演で連日大入り。17ヶ月に及ぶロングランで、歌舞伎にもなり、ライバルの豊竹座も国性爺物で後を追い、関連本も出て、近松自身続編を二本作ったという『国性爺合戦』。劇場一階の資料展示室に、当時の「絵尽くし」と呼ばれる書籍や錦絵など、国性爺の関連資料が展示されていて、ここでも楽しめます。

私は「まだまだ初心者のリピーター」ですが、劇場に足を運ぶうちに、太夫、三味線、人形遣いの名前も覚えてきて、たとえば、『生写朝顔話』で笑い薬を飲んだ祐仙を語った竹本文字久大夫さんは、今回クライマックスで甘輝の豪傑笑いをなさっているな、とか、妖狐の玉藻前を遣っていた桐竹勘十郎さんは今回は錦祥女だ、など、文楽のライブ感覚を楽しめるようになってきました。

そうそう、ところで、『国性爺合戦』の「国性爺」って、いったい誰のこと? もうご存知でしょうか。

①老一官  ②和藤内  ③ラストで現われるスーパーヒーロー

正解は劇場で。

■三咲 光郎(みさき みつお)
小説家。大阪府生まれ。関西学院大学文学部日本文学科卒業。
1993年『大正暮色』で第5回堺自由都市文学賞受賞。1998年『大正四年の狙撃手(スナイパー)』で第78回オール讀物新人賞受賞。2001年『群蝶の空』で第8回松本清張賞受賞。大阪府在住。

(2016年1月4日第二部「国性爺合戦」観劇)