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国立文楽劇場

人形だからこそダイナミック。
妖狐決戦『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』

東 えりか

外国人観光客が日本にたくさん来てくれるのはとてもいいことだ。よくわかっているつもりだが、ホテルの予約が取れないのは本当に困る。前回の文楽観劇の折は、ものすごく苦労してなんとか宿を見つけたのだ。寄る年波には勝てず、できればゆっくり泊まりたい。

錦秋公演が『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』だと知ったのは8月のこと。勘十郎さんが玉藻前と妖狐を遣われるという。これは絶対に見なければ、とその段階でホテルだけ押さえた。いくらなんでも早いか思ったが、それがとても賢明な判断だったことは、大阪に着いて思い知らされたのだ。難波も黒門市場も、ついでに京都の祇園も日本語が全然聞こえてこないぞ…。

世の中は三連休の初日の11月21日(土曜日)。1部2部とも見るため、開場とほぼ同時に入場し幕開き三番叟を鑑賞する。今日の人はとても上手。1部の『碁太平記白石噺』と『桜鍔恨鮫鞘』については、大阪大学医学部大学院教授の仲野徹先生のかんげき日誌に譲るが、一つだけ思いもかけない演目があった。

『団子売』は男女ふたりの少しエロティックな舞踊劇で、とても楽しく大好きなのだが、この日はお臼を遣う桐竹紋壽さんがご病気で、勘十郎さんが代役に立たれたのだ。相手の杵造は今年襲名披露された吉田玉男さん。なかなかおふたりのこの手の舞踊は見られないので、眼福にあずかった心地がした。

さてお目当ての『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』は初段、二段目は割愛されているものの、半通しで最後の「化粧殺生石」の段は、大阪での上演は百数十年ぶりの復活だという。(東京では昭和49年に先代の吉田玉男さんが遣っている)。退治され石に閉じ込められた妖狐の霊魂がいろいろな姿、通称「七化け」し踊り狂う姿を、勘十郎さんが早変わりで見せてくれる。

なにかのインタビューで「非常に大変だが、たのしい」と仰っていた勘十郎さんの言葉通り、「座頭」「在所娘」「雷」「いなせな男」「夜鷹」「女郎」「奴」と一瞬にして変身し、右から左から思いもかけないところから登場するので、満員御礼の観客は沸きっぱなしである。

芝居全体を通しで見ることで、ストーリーはすんなり入ってくる。天皇に反逆する皇子の物語は、周りの人たちの恋模様を巻き込み、妖狐が謀反に付け込んで初花姫にのりうつる場面など、背筋がぞくぞくするほど興奮させられた。

勘十郎さんも栃木県那須町にある「殺生石」を訪れるほどの入れ込みようで、気迫が劇場全体を包んでいた。海外のお客さんも大勢観ていらしたが、やはり最後の場面は釘づけになって、終演後は声高にお喋りしていたので堪能されたのだと思う。

ただ舞台裏はたいへんだったろう。小道具にしても早変わりにしても人形の用意にしても、タイミングがぴったり合っているのは奇跡を見ているようだ。これはぜひ、東京でも公演していただきたい。

昨年の住大夫さんの引退、源大夫さんの逝去、そしてつい先ごろ発表された嶋大夫さんの引退と、文楽の世界の世代交代が進んでいる。若手中堅の頑張りで、公演ごとに聞きごたえがある若い大夫が入れ替わりで現れるので、楽しみで仕方がない。

この翌日は大阪の府知事と市長の選挙が行われた。舞台の上でも「選挙に行こう」と垂れ幕を下げて呼びかけていた。東京もんには意外な結果となったが、劇場には間違いなくお客さんが増えている。来年もたくさん楽しませてほしい。

■東 えりか(あづま えりか)
書評家。千葉県生まれ。信州大学農学部卒。幼い頃から本が友だちで、片っ端から読み漁っていた。動物用医療器具関連会社の開発部に勤務の後、1985年より小説家・北方謙三氏の秘書を務める。 2008年に書評家として独立。
「小説すばる」「新刊展望」「ミステリーマガジン」「週刊新潮」などでノンフィクションの、「読楽」「小説宝石」で小説の書評連載を担当している。2011年、成毛眞氏とともにインターネットでノンフィクション書評サイト「HONZ」(外部サイトにリンク)を始める。好んで読むのは科学もの、歴史、古典芸能、冒険譚など。文楽に嵌って10年。ますます病膏肓に入る昨今である。

(2015年11月21日第一部『碁太平記白石噺』『桜鍔恨鮫鞘』『団子売』、第二部『玉藻前曦袂』観劇)