国立文楽劇場

「口で言われぬ心のたけ」~あをによし・ロミオとジュリエット(第二部)~

たきいみき

4月公演「通し狂言 妹背山婦女庭訓」、
伝えたい見どころが多すぎて前後編になってしまいました、お許しください。

さて、第二部、【三段目】のスタート。
まず何よりお伝えしたいのは、この第二部、叶う事なら前の方の席で観てほしいな~という点。特に初めて観る方や、まだあまり観たことがないの~という方。
ご自身の視力にもよると思いますが、人形の手の指がパッと開いたり、眉毛や目が動くのが良く見えると面白さが倍増します! 通の方は押さえどころが解ってらっしゃるので「後ろの方が良いわ~」という事もあるかと存じますが、なんだろう、心の機微・見えない見せない心情のやり取りが盛りだくさんな作品だと私は感じたからでしょうか。
そして、古典らしくドンと正面で見得を切る場面も多いので、古典的な部分とリアリティのあるお芝居の対比がより楽しめるのではないかと思うのです。
今回は床が舞台の左右に設置される珍しい演出もあるので、おススメは5~9列目かなー。
引きで見る方が面白い演目もあると思いますが、第二部は前方のお席がいいと思いまする!(あくまで超個人的意見です)

第二部
【三段目】
≪太宰館の段≫
●領地の境界線を巡って家同士は険悪
夫・太宰少弐の亡き後、家を守る定高、ヒロイン雛鳥の母。
入鹿によって太宰館に呼び出された大判事清澄、久我之助の父。
双方登場からバリバリに見得切り、決まりに決まって、そのたびに拍手したくなる。
登場するだけでこんなに高密度に高揚感を醸し出すことが出来るなんて。素晴らしい。

●いきなりもうロミジュリ感
出合い頭で両家の親の大喧嘩勃発、モラハラの応酬。
仲悪い親を持つ恋人たちって、どこの国にもいるんだなと思う。
ドラマティックな設定だもの。
ちなみに「ロミオとジュリエット」は諸説あるものの1595年初演と言われている。
「妹背山~」は1771年初演。

●仲が悪いけど、気は合ってる?
定高、大判事、子供たちが恋仲と聞き、ふたりして駈け出そうとするのを見ると、案外気が合ってるんじゃない? 仲良くできるんじゃないのかしら? と思う。

●お馬さん!!
第一部にも鹿が登場していたのだが、第二部では立派なお馬さんが登場。
動物登場は物語に関係なく楽しい。
「わー! 馬に乗った!」と、興奮。魔王・入鹿の出陣姿、勇ましいのもドラマティック。

≪妹山背山の段≫
●左右対称の舞台セット、床。流れる川。
チョンパと幕が落ちるとそこは桜が満開の吉野川を挟んだ、両家の館。
休憩明けの劇場内に、物語世界が一気にぶわぁっと押し寄せてくる。
采女入水事件の咎で背山に身を寄せている久我之助を慕って追っかけてきた雛鳥は妹山側の館にてシクシク泣いている。赤い着物のお姫様は居るだけで華やかで可愛いから大好き。

●切実な恋心
「いっそ隔てて恋侘びる、逢われぬ昔がましぞかし」
すぐそこにいるのに、話せず触れられず。引き裂かれるような辛さに共感しちゃいます。

●ナイスキャラ小菊ちゃん、ここでも活躍 飛び越えられそうに思う、両家を隔てる川だけど、小菊ちゃん曰く
「谷川の逆落とし、紀州浦に流されてサメの餌になってしまう~」と、この川がいかに危険かを観客に教えてくれる。それ以降、観客は二度と「川渡ったらええやん」と思わなくなる。
小菊ちゃんGJ‼
直前には雛人形について「隣に座ってても手も握られへんし。肝心の寝る時は別々の箱の中やし。嫌やわ。」とちょっぴりセクシートークで笑わせてもくれる。いいお役。

●「口で言われぬ心のたけ」「ままならぬ世を恨みなき」
耳に残った、私的名台詞。

●柱は、すがるもの
柱に縋り、もたれかかる雛鳥のポージングの美しさにうっとり。
演技的に、柱や細長い垂直に立っているものに絡むの、好き。

●掛け合いのセリフを合わせる凄さ
距離が遠ければ遠いほど、ユニゾンのセリフって本当に難しいのです。
舞台の左右で相当な距離がある中の一言ずつ・一音ずつ・ユニゾンの構成はスゴ技。
そして床本を見ると、一言ずつ語る部分は台本上の表記もそのように書かれているのが新鮮で、とっても面白い。

●前方席の発見
久我之助が手に持った扇を小さく閉じたり開いたりしているのが良く見えて、彼の心の動きが漏れ出しているんだな~と感じるし、「こんな微細な動きをしてるんだ!」と近くで観られて嬉しくなる。

●男親と女親
それぞれの男性的・女性的な言い分の違い、でも内心は同じことを考えている。
入鹿の「実は仲間なんじゃないの? 君たち」という疑いがあるために仲直りもできない双方の親たち。のっぴきならなさが不幸。 そしてこの二人の圧倒的存在感が最高に素晴らしい。

●恋人を思いやる心
ただ、やり取りするのが命なもので、取り返しがつかない。
選択肢が一つしかないのも辛い。
そして、どちらも「相手にだけは生きていてほしい」と願う姿が本当に切ない。

●雛鳥は籠から出ても、生きていけない
鳥を捕まえる吹き矢のささやきで恋心は捕まえられたけど、弱い小鳥は籠から出ても生き延びることはできない。
首の折れた雛人形の姿、「雛鳥」のネーミングの妙に悲しさ倍増。
久我之助が生きていると信じ「千年も万年も長生き遊ばして、未来で添うてくださんせ」と心の中で言う暇乞いのいじらしさが愛おしい。

●双方の館の障子が落ちてクライマックス
堰を切ったように状況が一気に展開する瞬間。
嘆く両親の感情に心が持っていかれて涙がドドドと止まらなくなる。
「お互いを救おうとする作戦、大失敗やんか~」と思いつつ大号泣。
そして粛々と続く冥途行きの婚礼が、周囲の満開の桜の下でより悲劇的にうつる。

「添うに添われぬ悪縁を思い合うたが互いの因果」

ロミジュリは両家の仲違いが原因で、若い恋人たちが命を落とす。それは運命の歯車がかみ合わないタイミングの悪さが理由。 だけど、この妹背山の二人は両家の確執に加えて忠義も絡んでくるし、恋人たちもより複雑な状況で死を迎える。 ゆえに、観終わった後「面白かった~!見どころだらけやった~!」となって、 そして、続きが今からたまらなく楽しみ。 早くこいこい、夏休み。

■たきいみき
舞台女優。大阪生まれ。
主演作に「黒蜥蜴」「ふたりの女」「夜叉ヶ池」(演出:宮城總)、「令嬢ジュリー」(演出:フレデリック・フィスバック)など。野田秀樹作、オン・ケンセン演出「三代目、りちゃあど」では歌舞伎や狂言、バリ伝統影絵などジャンルを超えたメンバーと共演の他、クロード・レジ「室内」、オマール・ポラス「ドン・ファン」など、海外の演出家とのクリエーション作品も多数。本年度は谷崎潤一郎「刺青」、「人形の家」他に主演。

(2023年4月12日第1部・第2部『妹背山婦女庭訓』観劇)