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国立文楽劇場

『奥州安達原』鑑賞

釈 徹宗

11月公演は、第2部の『奥州安達原』を観劇しました。
「朱雀堤の段」では、ぎりぎりまで糸を緩めているんじゃないか、と思うほど低く弾かれる三味線が胸に響きます。もう、それだけでこの段の世界観が表現されいて、引き込まれちゃいました。どよ~ん、どよ~ん、って鳴くような三味線。そこに太夫の語りがうねりを生み出します。
それにしても浄瑠璃の言葉って、おもしろいですね。今回、丁寧にひとつひとつの言葉を味わおうと思って、床本を手に耳を澄ませたのですが、いやあ言葉のもつ印象と、語りの音(おん)との妙が楽しい。
腹立て上戸の非人の六は「おりやもう、われが可愛うて可愛いて腹が立つわい」などと言うんですよ。そもそも「腹立て上戸」などという表現があるだけで面白いじゃないですか。そんな日本語使ったこと、ある? 考えてみたら、文楽へ足を運べば、二百数十年前の大坂弁を聞けたりするわけです。すごいですよね。六は、少女・お君が可愛くて仕方ない、可愛い過ぎて腹が立つ、と言います。実におかしな男です。いくら腹立て上戸というキャラであっても、可愛くて腹立つなんて、なんちゅうやっちゃ。で、この男がしゃべると酒臭いのですが、それを太夫は「くだまく声も酒くさ原(っぱら)」と語ります。「酒臭い」と「草っ原」との音をかけているわけです。ご存知のように、浄瑠璃ではこのような言葉遊び(音遊び)が随所に登場するのですが、この軽口が独特の雰囲気を生み出します。

六やお君や袖萩や八重幡姫たちがいるところへ平傔仗が登場し、さらに生駒之助と恋絹が加わります。この時の傔仗が、これまた粋(すい)なことを言います。
「アヽ、コリヤコリヤ若者、わりや道に迷うたな、こゝは京、イヤサ胸中が暗いから人の真の本街道は行かずして、色々の道に迷うてゐるな、ソレ火を借つてとつくりと心の闇を見たり見せたり、身共は老人なほ以て何も見えぬ……」
年配者ならではの諭し方が面白いですよね。

さて、場面は八重幡姫と生駒之助の盃事へと移っていきます。盃事を行う人形の、ひとつひとつの仕草の味わい深いこと。
もうね、とにかく、文楽は、楽しみどころが多すぎて、目移りしてしまいますよね(これは多くの人が共感してくれると思います)。そして通えば通うほど、楽しむポイントは増えていきます。
私個人の鑑賞履歴を振り返っても、人形にはまって夢中で舞台を見ていた時期もあれば、義太夫節の響きが好き過ぎてもう目をつぶって聞いていた時もある。三味線を聞いているのが楽しくて、耳を三味線に集中していた時もある。
もちろん、三業の合わせ技にしびれて、きょろきょろもしてるんです。

それにしても袖萩が悲し過ぎる……。もうちょっとなんとかなる道はなかったのか……。「袖萩祭文の段」……。最高。

■釈 徹宗(しゃく てっしゅう)
相愛大学学長。宗教学者。日本宗教学会理事。浄土真宗本願寺派如来寺住職。NPO法人リライフ代表。宗教思想や宗教文化の領域において、比較研究や学際研究を行っている。
論文「不干斎ハビアン論」で涙骨賞(第五回)、著書『落語に花咲く仏教 宗教と芸能は共振する』で河合隼雄学芸賞(第五回)、また仏教伝道文化・沼田奨励賞(第五十一回)を受賞している。
近著に『喜怒哀楽のお経を読む』(朝日選書)、『住職さんは聞き上手』(晶文社)など。

(2023年11月18日第2部『奥州安達原』観劇)