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国立文楽劇場

あっけない犯罪

くまざわ あかね

むかしから、ときおり見る夢がある。
なにか取り返しのつかない罪を犯してしまって捕まらないまま家に帰り
「どうしよう。時間が巻き戻せたらいいのに」
とひとり、ひざを抱えて震えているのだ。
被害者側になることはなく、なぜか毎回加害者視点で、胃がひゅっと持ち上がるような不安な気持ちで目が覚める。

『冥途の飛脚』の忠兵衛も、同じような夢を見たのではないだろうか。

近松門左衛門300回忌ということで、文楽劇場では4月に『曾根崎心中』、今月は『冥途の飛脚』が上演された。
同じ作者が描き出した人物であっても、『曾根崎心中』の徳兵衛と『冥途の飛脚』の忠兵衛はまったくといってよいほど性格が異なっている。
根本からして、徳兵衛があくまでも被害者であるのに対し、たとえ未必の故意かもしれなくても忠兵衛は犯罪者なのだ。

『曾根崎心中』ではむしろ、徳兵衛よりも加害者である九平次のほうが気になってならない。つい昨日まで友人だった徳兵衛に対し顔色ひとつ変えずしれっと計画的な詐欺を働き、そのうえ相手の悪口雑言を言いふらす。なんなんだこの人は。
作中では「徳兵衛が憎かった」「お初をめぐって恋の遺恨があった」などの理由はなにも明かされず、ただ悪意だけがゴロンと転がっている。
理由をつけて誰もが理解しやすい「ストーリー」に仕立て上げず、ただただ「やりたいからやった」と、令和の世のネットニュースにありそうなサイコパスな話を描いた近松って……おそろしい人だ。

九平次に比べると、忠兵衛の犯罪はわかりやすい。
罪を犯したわけはただひとつ
「欲望に対する自制心のなさ」
だ。
歯止めがきかない人、なのである。

お屋敷へ持っていく大事の金を手にしたまま
「おいてくれう、おいてくれう、おいてくれうか。いて退けう、いて退けう、いて退けうか」
仕事に行くか恋人に会いにいくか、グラグラ心が揺れてしまう。
忠兵衛の心の弱さが現れているけれど、これは誰しも「あるある」だ。

明日までに書かねばならぬ原稿があるのに「ゲームしてのきょ」
読まなあかん資料があるけど「まんが読んでのきょ」
わたしも忠兵衛に対してあんまり強く言えない立場なのだ。

けれどその後はちがう。公金横領なんて犯罪は決してしない、と思うものの果たしてそうだろうか。
グラグラ揺れる心の弱さに共感しているうち、忠兵衛はあっけなく封印を切ってしまう。ものすごい助走をつけてハードルを飛ぶというよりは、ひょいと縄跳びを飛ぶぐらいにあっけない。あまりにあっけなさすぎて、いつか自分もこの一線を超えてしまうのでは、と思うほど。
そのあっけなさがこわい。

犯罪に巻き込まれた『曾根崎心中』の徳兵衛は、生きる気力もなにもなくしている。無実が証明できない、ならば死のうとお初を連れて心中へ向かう。

けれど忠兵衛は違う。捕まったら死ぬのは覚悟の上、逃げられるだけ逃げて生きられるだけ生きようと言う。同じように「死」に向かってはいても、梅川&忠兵衛はなんだかギラギラしている。欲望に忠実だ。犯罪者の逃避行、ちょっと『俺たちに明日はない』のボニー&クライドを彷彿とさせるではないか。

逃亡中、忠兵衛は封印を切った瞬間のことを何度も反芻するに違いない。
「なんであんなことしてしもたんやろ」
「時間が巻き戻せたらいいのに」
と。
その晩、忠兵衛はどんな夢を見るのだろう。

■くまざわ あかね
落語作家。関西学院大学社会学部卒業後、落語作家小佐田定雄に弟子入りする。2000年、国立演芸場主催の大衆芸能脚本コンクールで優秀賞を受賞。2002年度大阪市咲くやこの花賞受賞。京都府立文化芸術会館「上方落語勉強会~お題の名づけ親はあなたです」シリーズなどで新作を発表。現在、中日新聞コラム「エンタ目」、NHKラジオ深夜便「上方落語を楽しむ」コーナー解説を担当。著書に、『落語的生活ことはじめ―大阪下町・昭和十年体験記』、『きもの噺』がある。大阪府出身。

(2023年11月10日第3部『冥途の飛脚』観劇)