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国立文楽劇場

奈良には古き思ひあり -令和五年初春公演に思うこと-

森田 美芽

「奈良は心の故郷です」と言う友人がいる。日本の様々な地域に住んで、奈良のようなところはどこにもない、と。それは、優しい自然や風土のみならず、そこに生きる歴史と文化の重なり合いが、独自の世界観と感性を育んできたという点で頷かざるを得ない。今公演では第一部の『良弁杉由来』、第二部の『義経千本桜』三段目、第三部の『傾城恋飛脚』「新口村の段」など、奈良を舞台とする物語を見るにつけ、心に響く懐かしさと愛着が生まれる。

第一部『良弁杉』では、クライマックスの場は奈良東大寺二月堂である。東大寺の西側から人通りの少ない、昔の風情を残す道を登っていくと、回廊と階の向こうに、奈良に春を呼ぶ「お水取り」の行われる二月堂を見上げる。そのそばに一本の杉の木。現在のものは昭和の時代に植えられたものというが、他に木のないこの場所にすっくと立つ風情は辺りを払うものがある。「お水取り」以外の時は静寂な空間で、ふと、物語を思い浮かべる。

幼い日、志賀の里で鷲にさらわれ、遠く離れてこの木に引っかかっていたのを助けられたのが長じて高僧となる。しかしその胸には、自分が何者なのかという思いが常に潜んでいる。人に敬われかしずかれながら、自分は何者であるのかわからないという不安。竹本千歳太夫師の語りを聞きながら、その根本的な不安、自分が自分であることの不確かさに思いを致す。一方、母である渚の方は、子を突然失い、ただ母であり続けるために、あてどなく彷徨い続ける。その狂気と、心を取り戻してからの頼りなさを遣う吉田和生師。

実際、よんどころない事情で母子が引き裂かれ、母は子を探し求めて、子は自分のルーツを求めて、見えない絆で引かれ合うという主題は珍しくはない。だがそれが、志賀の里から大阪は桜の宮、東大寺へと至る母の心の旅と、自らのルーツを求める良弁の思いとは、「二月堂の段」の竹本千歳太夫師・豊澤富助師の浄瑠璃によって、一つに結ばれ、再会の奇跡としての説得力を持つ。無論、志賀の里からここまで、鷲が実際に2歳の子を運んでこられるかという物理的な問題や、母が30年も物狂い状態でどうやって暮らしていたのかという疑問も湧くけれど、その奇跡の場としての二月堂を思う時、厳寒の中で行われる修二会の行法の厳しさと相まって、昔の人が仏の縁として見出した奇跡という論理に首肯せざるを得ない。

第二部『義経千本桜』「椎の木の段」「小金吾討死の段」ときて「すしやの段」。舞台は現在も下市にある「弥助」というすしや。その一家が平家の生き残り平維盛を救うために巻き込まれる悲劇。維盛を尋ねて妻の若葉の内侍、子の六代君を守護してここ、吉野にやってきた小金吾の一行。そこで小金吾は「いがみの権太」と異名をとる男によって路銀を騙り取られ、また討手に追われ落命する。その小金吾の墓が大淀町にある。

辛苦の果てに内侍は維盛との再会を遂げるが、夫がすしやの娘と契っていたと聞き、あからさまに不機嫌になる。この家の娘お里は愛する夫(のはずの維盛)を失い、「情けないお情けにあずかりました」と嘆く。しかし容赦なく鎌倉の討手の手は伸び、このすしやの長男、どうしようもない悪党の権太が、鎌倉側の手先になって維盛一家を捕えようとする。ここからの逆転に次ぐ逆転の悲劇が生まれる。

この段の主人公ともいえる「いがみの権太」。大阪弁でやんちゃな子(またはその行為)を「ごんた」というが、ここに出てくる権太は、どこにでもいる放蕩息子、父に反抗し博奕に心奪われ、こすからしい悪党として父や母をも裏切るどうしようもない男である。その男が、実は父との和解を求め、妻と我が子を犠牲にして、父の忠義を果たさせようとする。最も憎むべき悪と思われていたものが、実は、というこの逆転劇は、文楽にはよく使われる。だが、一介の庶民が政争に巻き込まれ家族の別れと自らの死という犠牲を払ってまで、という痛ましさが、「チチ、血を吐きました」という権太の叫びになって現れ、しかもその後、敵方の梶原が全てお見通しであったと知り、「思へばこれまで衒つたも、後は命を衒らるる種と知らざる、浅まし」という嘆きが迫る。さらに自らの手で息子を手にかけずにはおれなかった父の苦悩を、豊竹呂太夫師、鶴澤清介師が胸に迫る語りと三味線で描き出す。すべての犠牲が無にされてしまう庶民の悲劇を、忠義という名のもとに犠牲にされてしまう人々の悲しみを、こんなにも深く鮮やかに描いている。

下市町には「権太の墓」がある。ここまでくると、どこまでが史実でどこからが創作なのかわからなくなってくる。それほどこの物語は深くこの地に根差し、ここでしか起こりえぬリアリティをもって、いまもそこを訪れる私たちに、300年前と、800年前と現代の重なる時空へと誘うのである。

第三部の「新口村」。雪深い大和の、どんよりとした雪曇り。底冷えのする寒さの中、黒の着付の梅川の、悲しみをたたえた立ち姿の美しさ。本当なら、親にも喜ばれ自らも幸せになるはずの身請けが、実は不正の金によるものであり、追われる身となる。運命に翻弄されながら、その絶望の淵を、ただ愛する者との別れを惜しむために生きる。忠兵衛の父孫右衛門の子への思い。「憎いやつぢやと思へども、可愛うござる」の嘆きをただ受け止めるしかない苦しさ。その親子の情を深く描く、竹本錣太夫師と竹澤宗助師。段切れ、二人は「藪を抜ければ御所街道」へ向かい、取手たちが「長谷の山続き」に向かう。御所街道は南西に続き、長谷は東側。その分かれ道に立つ孫右衛門の、助かってくれという儚い叫びに雪が降り積もる。

この梅川の透明さに感じるものがあった。そう、忠兵衛を罪人にし、またその親たちにも迷惑をかけたという自責の意識で、ただ自らを責め、絶望の中にいる。運命に抗うというより、それを受け入れ、その限界にあって自らを貶めないある種の覚悟とも呼ぶべきものであろうか。下級の遊女でありながら、ひたすらに忠兵衛を思う梅川の凛とした姿に、豊松清十郎師の揺るぎない梅川像を見る。それは、流される中でも流されない、純粋な思いとしての女性像と言ってもよい。

それで言うなら、鄙と都の差はあれど、また遊女の身分の上下はあれど、『壇浦兜軍記』「阿古屋琴責の段」における桐竹勘十郎師の遊君阿古屋にもまた、この透明さを感じた。きらびやかな衣裳、簪、櫛に飾られた傾城のかしら。だがその本質は、琴・三味線・胡弓の三曲を弾いて微動だにしない景清への思いだ。三曲の見事さもさることながら、この思いが一貫して物語を貫いているのがわかる。正月ゆえの華やかさ以上に、私たちの心を揺さぶるのはこの思いである。

土地に、人の思いが重なり、物語が生まれる。その中で私たちは、時を貫いてある変わらない命を、愛を、親子の思いを再認識し、再び物語に出合う。止まらざる時の歩みの中でまた、私たちは物語を通して自分自身を省みる。奈良の古き物語は、いまも生きて私たちの心を永遠へと誘うのである。

■森田 美芽(もりた みめ)
大阪キリスト教短期大学前学長・特任教授。専門は哲学・倫理学 大阪大学大学院博士(文学)キリスト教と女性と文楽をテーマに執筆を続ける、自称「大阪のおばちゃん哲学者」。

(2023年1月9日第一部『良弁杉由来』、1月3日第二部『義経千本桜』、
1月14日第三部『傾城恋飛脚』『壇浦兜軍記』観劇)

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