国立文楽劇場

暑気払いフェスin日本橋

たきいみき

 お暑うございます。
みなさま、いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
暑さが苦手なわたしにとって、つらい時期がやってまいりました。

 今回の夏休み文楽特別公演に伺ったのは、初日があいて間もない月曜日。
劇場内は、夏休みが始まったばかりの子供たちがちらほら。
入口付近の売店では
「これほしい~」「あらっ、今日お財布忘れたわ」
いつの時代にもよくある親子の攻防も繰りひろげられている。
私もこんな会話を母としたなぁ、と自分の子供時代を思い出し、懐かしく、いつの時代も変わらない姿に微笑んでしまいます。

 第1部は「親子劇場」と銘打たれてはいるけれど、大人の方も多い雰囲気。
幕開きからお話しのあらすじを解説してくださるので文楽を見慣れていない方にとっても、さらには「うつぼ猿?ニホンザルの一種かな?(←私は最初そう思ってました)」という方にも、大人・子供ともに親しみの持てる始まり方だと感じました。

 このところ、文楽劇場では松羽目ものを拝見することが続いています。
お能や狂言が原作の作品の時は、舞台のセットは能舞台を模して、真ん中に大きな松の絵をどーん!と置いて、舞台左側の五色の揚幕から人物が登場する、という舞台セットになっているのです。
このような能楽に近い形で上演するものを松羽目ものと言いますが、めでたさや神聖さを強く感じられるので、わたしは大好きです。

 昨年から「釣女」、「小鍛冶」と拝見し、とうとう来ました「うつぼ猿」。
今回の楽しみのひとつは、この演目だったのです。

 なぜなら、本家の狂言でもまだ観たことがなかったから!
狂言師の修行は「猿に始まり狐に終わる」といわれるとおり、この「靭猿」が初舞台、という方も多いとか。
わずか3~4歳で、すでに舞台に立つだけでもすごい・・・!と思うのですが、舞台写真を検索してみると、面をつけて、肌の露出も一切ない衣装。
そんな試練を幼子が、初めての舞台で…!などと思うと、立派だなぁ、早く見てみたいなぁと常々願いつつ、拝見する機会がなかった作品だったのです。

 さて。開演。
冒頭はお大名の登場、ちょっと背筋の伸びるかしこまった感じですが、すぐににぎやかな雰囲気に変わっていき、クライマックスのお猿さんが起こす奇跡(ネタバレするともったいないので、見てのお楽しみです^-^)の後は、歌えや、舞えやのエンタメタイム。
文楽らしい作品仕立てになっていたので、なおさら、早く狂言と見比べたいなぁ、と思っていたら。

 ―――と思っていたら、です。
その日の夜。久しぶりに狂言のお稽古に伺いましたらば、「靭猿」のお稽古をなさってる方々あり!なんという偶然、何たる幸運。
早速お稽古場の皆さんにも文楽公演をおススメしたところ、
「息子も自分がやってる役を客観的に見られるし、何よりストーリーわかってるから見やすいと思うし、連れて行くわ。」とおっしゃるお師匠さま。
その数日後に息子さんと文楽「うつぼ猿」を観劇してくださったそうです。
さすが英才教育、こうして立派な役者が育つのですね。。。感涙

 以下、お師匠さまのお話しより。
「狂言は前半と後半のギャップをより強く出すために、前半は大名の非情と、猿引の哀れさを極限までに描きます。
後半は狂言は猿の可愛らしさと、非情であった大名との立場の逆転などを織り交ぜながら、猿を中心に描きます。
文楽のは、大名、猿引、猿そして少し太郎冠者も混ぜつつ、全体で目出度さ、華やかさを押し出しているように感じましたよ。」
お師匠さま、解説もご観劇もありがとうございました!


 「うつぼ猿」から休憩をはさんで2本目の「舌切雀」。
私の前の列にいらしたお子さん、宙乗りの派手な登場に盛り上がり、お化けがどろどろ~っと出て来るとキュッとお母さんの腕にしがみついちゃう可愛さ。
「あぁ、子供と舞台観る醍醐味は、この素直でダイレクトな反応を味わえることだよねぇ~。仲良しの小学生を誘うか…」
と、今期内にもう一度、友人の子供と一緒に来ようと決意するわたし。

 気に入ったのはネタもエンディングも、『ショータイム!』だったこと。
健気なお猿さんに、宙を舞う雀たち。暑さを忘れる2本立て、家族のきずなを再確認できる夏休み、ぜひ親子でご覧いただきたいなと思います。

 続いて、第2部「生写朝顔話」は、舞台上の空気がキラキラしてる!
なんたって、新たに人間国宝となられる桐竹勘十郎師と、吉田和生師がデュエット(とは言わないのでしょうけれど…)、寄り添う三味線は鶴澤清治師。

 場面は悲しい別れの場面なのに…
本当に空気がキラキラすることってあるんだ~
おめでたいニュースに、私の脳内エフェクトがかかっているのかもしれないけれど、
それ以上に、演じ手の気迫がつたわる、正に、「劇場じゃないとできない体験、体感」がそこにありました。

 この物語、悲しかったりすれ違ったり、もどかしい思いもするけれど、笑いで彩られた「嶋田宿笑い薬の段」は、いわば芝居で暑気払い!って気分になれて、超スッキリでした。
だから好きなんです、朝顔話。

 しかも大爆笑を誘うのは、豊竹咲太夫師。最高でした。
命がけ、全集中の芸に、笑いながらも、感動。
幕開きの和生師・勘十郎師・清治師からの咲太夫師と、だだだッと畳みかけてくる贅沢さに完全ノックアウトです。

 嶋田宿は、鶴澤燕三師の三味線の緩急(特に急のすばらしさ)にも、前のめりになってしまいます。
(思えば女子高生のころ、燕三師〔当時、燕二郎さん〕の音の緩急の深みにしびれたことを思い出し、「私、変わってな~い」とあとから苦笑いもしてしまいました。照)

 国立文楽劇場では、「暑気払いフェス」真っ最中ですよ、皆様。
私は、暑さ忘れて、素敵な時間を過ごせました。
親子でも、カップルでも。
もちろんおひとり様でも!
VIVA!文楽サマーフェス!

 

■たきいみき
舞台女優。大阪生まれ。
主演作に「黒蜥蜴」「ふたりの女」「夜叉ヶ池」(演出:宮城總)、「令嬢ジュリー」(演出:フレデリック・フィスバック)など。野田秀樹作、オン・ケンセン演出「三代目、りちゃあど」では歌舞伎や狂言、バリ伝統影絵などジャンルを超えたメンバーと共演の他、クロード・レジ「室内」、オマール・ポラス「ドン・ファン」など、海外の演出家とのクリエーション作品も多数。

(2021年7月19日 第一部『うつぼ猿』『解説 文楽ってなあに?』『舌切雀』、
第二部『生写朝顔話』観劇)