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国立文楽劇場

梅ヶ枝に幸あれ

青柳 万美 

 国立文楽劇場では33年ぶりの上演となった四段目。上福島、香島、神崎と馴染みの地名が出てくるので、位置関係も含めて楽しめるのが大阪のお得さですね。
 何よりも満足度が高い!人間味あふれる登場人物による笑いと涙が詰まった2時間弱はドラマにはおかしみの要素も欠かせないと改めて思い出させくれました。

 笑いは前半、辻法印の段。ちょっと以上に胡散臭い辻法印と、そこに身を寄せている浪人・梶原源太景季が中心となります。彼と茂七を中心とする百姓衆のやりとりは【今でもこんな詐欺あったりするような・・・?】と思い浮かび妙なリアリティが感じられます。
 そんな前段の徹底した貧しい田舎家が一転、華やかな廓の舞台が登場しますと、やってきたのは源太のために神崎の遊女となった千鳥です。今は梅ヶ枝と呼ばれる千鳥は傾城の華やかな姿をし、その登場時は右の肩から流れる紅葉が観客の目に入るので、「ああ今は紅葉が美しい秋だったわ」と舞台で紅葉狩りを楽しませてくれます。正面に向き直ると左は桜が描かれ艶やかさが一層増しますが、その姿はなにか気にかかることがあるようで・・・。
 そこにやってきたのは黒の着付の女性、姉のお筆でした。事の顛末を語るお筆ですが、刀を携えた姿は凛として、強く輝いて見えます。自立した女性としての輝きとでもいうのでしょうか、去り際ほんの一瞬の仕草に姉妹の立場の違いが浮き上がってきます。

 さて、梅ヶ枝が待っているもう一人がやってきます。そう、この物語の主人公の一人、梶原源太景季です。私の心の声は【え、チャラい・・・】。鎌倉一の風流男としては完璧な出立ちです。
 廓に紙衣では行けぬと、一計を案じ「義経のために」と百姓衆から得た兵糧米を使って衣服を手に入れる、その気持ちはわからなくはないとしても、想像以上に華やかな姿に変わっています。
そして戦へ参じるために預けていた鎧を渡してくれというのですが、すでに揚げ代のために質に入っていることが明らかになります。【自業自得やん・・・】そんな観客の心情は戯作者たちには想定済みなのでしょう。源太にここで自害させようようとします。それを必死で止めようとする梅ヶ枝。金はなんとかすると言ってひとまず帰します。
 前段でなかなか機知に富む姿を見たばかりの観客の私には【うーん、これもその男の手口かもよ!?】と思えてしまいますが、梅ヶ枝は知るよしもありません。鼈甲のかんざしの豪華さ、着物の華やかさ、全てが梅ヶ枝にのしかかる苦しみに見えてきます。
 【男ってどうして!!!】そんな気持ちが昂った瞬間に義太夫が語る梅ヶ枝の「男の心はぶんなものぢゃなぁ。」という言葉。そして「何を言うても三百両の金が欲しい」に涙が誘われます。金ゆえの不幸、金ゆえの苦しみ。この辺り、商売の街大坂ではうなずく人が多かったことでしょう。コロナ禍の昨今も同様で強く響いてくるものがありますね。
 解けた髪と乱れた着物の姿の梅ヶ枝には【観客全員あなたの味方よ!!!!幸せになって!!!!!!】そう声をかけてあげたい、できるなら1両なりとも渡してあげたいと思わずにはいられません。(当時おひねり飛ばなかったんでしょうかね)
 追い詰められて己の不幸も絶望もどんなことも受け入れるとまでなった梅ヶ枝は、手水鉢を無間の鐘に見立てて、柄杓を手にするのですが・・・。天の恵として届いた小判をかき集めかき抱く姿はなんとも切なく、その献身が実り幸せになってほしいと切に願わずにはいられないものでした。特に私のいた席からは遣う勘十郎さんと駆け行く梅ヶ枝がぴたりと重なっていただけに、幕切れは梅ヶ枝が人形であることを完全に忘れてしまう瞬間となりました。

 果たして江戸の時代、観客たちはこの物語をどのように見たのでしょうか。「男ってどうしてああなの!?」と女たちは語り合ったのか。「あんな献身的な女が良いね!」と男たちは語り合ったのか。男性のロマンを描きながら女性の共感も得られそうな話を書き上げた戯作者の狙い通り、現代の私たちも一喜一憂させられる。そんな操られ具合もまた心地よいものに思える観劇でした。


■青柳 万美
大学卒業後、NHK高松放送局、NHK大阪放送局に勤務。リポーター・キャスターとして、生活情報のほか、伝統工芸や古典芸能にまつわるインタビュー企画など作成。MBSラジオ『あどりぶラヂオ』やFMひらかた『おはラジ TUE』で歌舞伎をテーマに話すなど、古典芸能に馴染みのない人へ向けたきっかけ作りを大切にしている。その一環として会員制オンラインサロン Petit Foyer 歌舞伎倶楽部 を主宰。MBSラジオ『日曜コンちゃん おはようさん』 、タカラヅカ・スカイ・ステージ『NOW ON STAGE』などに出演。

(2021年11月5日第二部『ひらかな盛衰記』、第三部『団子売』『ひらかな盛衰記』観劇)