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国立文楽劇場

達引くひとびと。『夏祭浪花鑑』の世界 夏休み特別公演第三部を観て。

三咲 光郎

 コロナ禍二年目の夏です。子供たちは、夏休みの宿題で「東京五輪があるのでオリンピックについて調べなさい」と課題を出されているようです。今回の、いろいろあった東京五輪では、子供たちも素直に競技だけを調べにくいのではないかと要らぬ心配をしてしまいます。
 大阪の夏には、文楽特別公演の「親子劇場」があります。子供が楽しめる舞台に、『文楽ってなあに?』の解説付き。加えて一階展示室の「文楽入門」を見れば、夏休みの研究課題は完璧に完成です。宿題は、楽しく、涼しく済ますべし。あと、二階ロビーに『うつぼ猿』の観劇記念スタンプがあるので、忘れずに押して帰りましょう。

 さて、私が観劇したのは、午後六時開演のサマーレイトショー『夏祭浪花鑑』。大阪の夏の風物詩といえる演目です。客席にも、カラフルな浴衣姿の女性方、ペアルックの浴衣で並ぶカップルが見受けられます。幕が開く前に、聞こえてくる祭囃子。コロナ禍で町のお祭りは中止でも、劇場内には懐かしい夏の情緒が広がります。
 『夏祭浪花鑑』は、世話物(江戸時代当時の現代劇。上中下の三巻構成だった)としては初めての全九段構成です。今回の上演は、三、六、七段目。舞台となるのは、住吉大社鳥居前、高津、長町裏(現在の日本橋でんでんタウン界隈)。大阪南部に暮らす私には、「地元やん!」と、これもまた懐かしい思いがします。

 三段目は、住吉鳥居前で、老俠客の釣船三婦(さぶ)が出牢した団七を出迎える場面です。ギャング映画でも見掛けますね、出所した主人公を仲間が出迎えて「おつとめ御苦労さんでした」というシーン。三婦は、髪結い床の店先で、手桶と着替えの入った風呂敷包みを提げています。釈放された団七の身なりを先ず整えさせようという気づかいです。こういったところに妙にリアリティを感じてしまいます。
 三婦が駕籠かきを相手に、
「この釣船の三婦が尻持つた達引(たてひき)」
 と啖呵を切るところがあります。『近松以後』(黒木勘藏著、昭和十七年刊)に、
「団七九郎兵衛、釣船三婦、一寸徳兵衛の三人及びその女房等を主要人物とし、……主として大阪俠客の達引を描いたもの」
 と本作の説明があります。

 「達引」って何?
 作中、「達引く」と動詞も出てきますが?
 意味を調べると、
「義理や意気地を立て通すこと。また、そのために起こる争い」「互いに意地を張りあう。また、他人のために義理立てする」
 とあります。
 なるほど、『夏祭浪花鑑』は任俠長編浄瑠璃なのだ、と納得です。「全員悪人」というキャッチコピーの映画がありましたが、本作はいわば「元祖・全員悪人」。老俠客の三婦は、
「五六年前まではそれはそれは喧嘩好きで、仮初にもちよつと橋詰へ出て貰ふが毎日毎晩」
 ですし、一寸徳兵衛は、
「生まれ付きがあらこましい、喧嘩といへば一番駆け、肌刀差いたやうな人」です。ちなみに「あらこましい」「あらくましい」は、荒々しい、粗暴だ、の意味。私の育った大阪南部ではこういった人を「あらくたい奴やなあ」と言ってました。

 六段目では、一寸徳兵衛の女房お辰が若侍の磯之丞を預かろうと引き受けますが、三婦が、それでは「この三婦の顔が立たぬ」と言い出します。三婦の語る理由、それに対する女房お辰の激しい振る舞い、またそれに対する三婦の賞賛。このあたりは、観ていて少し違和感が。
 いえいえ。顔が立たない、一分がすたる、という価値観が最も重い世界です。物語の世界観としては、実に筋が通っています。そして、女の気迫が男を上回るのも、浄瑠璃の定番です。この場が、アハハハ、オホホホと笑いで納められるのも道理なのです。

 七段目は、団七九郎兵衛の舅殺しの場です。凄愴な様式美の極め。夏の文楽の名場面です。団七を竹本織太夫さん、舅の義平次を竹本三輪太夫さんで、迫真の掛け合いに引き込まれます。義平次の、さもしさ、いやらしさ、憎々しさが凄い。私は、ずるがしこい、きたない脇役キャラが好きなのですが、この義平次はよかったなあ。
 堪忍からブチ切れて舅を斬殺する団七は、見得を切るたびに、何かヒトを超えた輝きを発していきます。古い丸本では、この場面は、
「九郎兵衛は殺す気もないに、因果と舅が大声、切つた切つたと人寄の声を留んと又ざつぷり、……横に払へば又すつぱり、……うんと帰れば是非なくも、取つて抑へて止めの刃」
 と、地の文で、どちらかといえばその場の勢いに呑まれてやってしまったようすです。
 今作では、せりふだけの掛け合いで緊迫感を増し、団七が、
「声が高い。ムム、ハア。コリヤモウ是非に及ばぬ、毒喰はば皿」
 と殺意を自覚し、決意して突き進んだところを強く感じました。そうです、主役はこうでないと。

 団七が駆け去った闇。闇の向こうから響くだんじり囃子が、劇場を出てからも耳に残って鳴りつづけています。

 

■三咲 光郎(みさき みつお)
小説家。大阪府生まれ。関西学院大学文学部日本文学科卒業。
1993年『大正暮色』で第5回堺自由都市文学賞受賞。1998年『大正四年の狙撃手(スナイパー)』で第78回オール讀物新人賞受賞。2001年『群蝶の空』で第8回松本清張賞受賞。大阪府在住。

(2021年7月22日第三部『夏祭浪花鑑』観劇)

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