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国立文楽劇場

「小狐丸」と「おつる」の相性や如何に?

仲野 徹

 令和3年4月公演、初日の第2部と第3部に行ってきた。名残の桜の文楽劇場、第2部はそこそこの入りだったが第3部はほぼ満席(といっても、コロナ対策で席数は半分くらいだけれど)。春の桜ならぬ春の椿事かと、失礼ながらびっくり。 

 

 まず第2部は国性爺合戦(こくせんやかっせん)。日本人の母と中国人の父との間に生まれた和藤内(わとうない:「和」と「唐」の子という意味で、後に国性爺・鄭成功になる)が、韃靼に支配された明国を助けに中国へ渡るという国際的大スペクタクルだ。 仲入り休憩の後半に連続して上演される、「楼門の段」、「甘輝館の段」、「紅流しより獅子が城の段」は、それぞれ、呂勢太夫・清治、呂太夫・清介、藤太夫・清友の義太夫と三味線が圧巻。「楼門の段」では、簑助さんが和藤内の義姉である錦祥女(きんしょうじょ)を元気に遣っておられて、目が離せなかった。

 前半の「千里が竹虎狩りの段」では、和藤内と虎の闘いが見どころだ。虎が勢い余って床にまであがり、三輪太夫さんに扇子でたしなめられたのは笑えた。どの人形遣いさんが虎に入っておられたんだろう。大熱演だったし、ぜひ教えてほしいところである。最初の「平戸浜伝いより唐土船の段」では、鴫(シギ)と巨大ハマグリの生死をかけた壮絶な争い(?)もある。全編通して面白いんやから、第3部なみにもっとお客さんが入ってほしいわ。

 

 「傾城阿波の鳴門」十郎兵衛住家の段と「小鍛冶」が第3部の演目である。ほぼ満席というだけでなく、客筋がいつもとえらく違うことにもっと驚いた。というのは、女性、それも文楽劇場にしては珍しく若い女性、が目立ったせいだ。鈍なことで、しばらく理由がわからず。しかし、休憩時間、ロビーに列ができていたのを見てようやく納得。「刀剣乱舞-ONLINE-」のおかげでありました。

 「刀剣乱舞-ONLINE-」といってもご存じない方が多いかもしれない。えらそうなことはいえない、私もほとんど知らない。かといって全く知らない訳でもない。というのは、2年ほど前に、我が豊竹呂太夫師匠も出演された大槻能楽堂での『小狐丸 伝説の刀剣 誕生の瞬間』を観に行ったからだ。能と素浄瑠璃の「小鍛冶」が上演され、声優・近藤隆さんと桂吉坊さんの対談というコラボ企画。じつは、この時も会場に若い女性が多くて驚いた。

 ウィキペディアによると、「刀剣乱舞-ONLINE-」は、「日本刀の名刀を男性に擬人化(ゲーム上では「付喪神」という設定)した『刀剣男士』を収集・強化し、日本の歴史上の合戦場に出没する敵を討伐していく刀剣育成シミュレーションゲーム」らしい。大人気で、アニメも作られており、名刀・小狐丸の声優が近藤隆さん。ということで、近藤さん目当ての女性がけっこうおられたようだ。

 今回の文楽公演の「小鍛冶」も、「刀剣乱舞-ONLINE-」とのコラボ企画であったとは知らなんだ。ロビーには、刀剣男士 小狐丸の文楽人形がしつらえてある。舞台で遣われるわけではないが、なかなかに見事なものだ。それから、特設スタンプ台も。そのせいで列が出来ていたという次第。

 

 「小鍛冶」は、神の力を借りて名刀・小狐丸が鍛造される物語。一條の院から刀を打つことを命じられた小鍛冶(=刀をうつ鍛冶)三条宗近は稲荷明神に願をかける。突然あらわれた不思議な老翁(=じつは稲荷明神)に伝えられたとおりに準備すると、神様が現れて相槌を打ってくれ、見事、小狐丸ができあがったというストーリーだ。

 太夫が5人に三味線が5丁での浄瑠璃は大迫力。人形遣いも、玉助さんをはじめ、主遣いクラス3人が顔出しで稲荷明神を遣われるという大熱演。空を舞って帰って行くシーンや、刀を鍛造するシーンなどはかなりのスペクタクルだ。三味線の音に乗ってカンカンと刀が打たれる時は火花が散って美しい。おそらくマグネシウムが使われているのかと思うが、昔からそんな工夫があったんかしらん。

 コラボ企画で初めて文楽劇場に足を運ばれた人がおられるというのは素晴らしいことだ。しかし、すこし気になったことがある。「小鍛冶」の上演前には、もれなく「傾城阿波の鳴門」がついている。はて、文楽初体験となる阿波の鳴門をどういう感じで見られただろうかと。

 

 「傾城阿波の鳴門」、よく知られた名作である。パンフレットによると、全十段あるけれど八段目の「十郎兵衛住家の段」以外が上演されることはほぼないらしい。「父様(ととさん)の名は十郎兵衛、母様(かかさん)はお弓と申します」の語りが有名な「おつる」は、3歳の時に両親と離ればなれに。そして9歳になり、順礼となって親を探している。

 「順礼にご報謝」と訪ねた家は、なんと偶然にもお弓の家。しかし、とある理由(長くなるので省略)から、親とは名乗れないと判断し、「豆板」(=小銭)を与えただけで去らせてしまうお弓。しばらくの後、自分の子とは知らずに十郎兵衛がおつるを連れ帰り、とんでもない悲劇がおこる、というあらすじだ。

 その悲劇の原因は何か?何度も観たことのある演目、これまでは状況的な悲劇、三人がおかれた状況によってやむなく生じた悲劇、と解釈していた。しかし、すこし見方を変えると、違うような気がしてきた。確かにそれもある。いや、それ以上に、悲劇の直接的な原因は、おつるの両親が今ひとつということではないのか。幼い子どもと別れなければならなかった理由までは理解できる。だが、「十郎兵衛住家の段」で描かれる出来事は、どうにも両親の判断力の悪さに起因するとしか思えなくなってしまった。

 まず、お弓だ。おつるが「悲しいことは一人旅ぢやてで、どこの宿でも泊めてはくれず、野に寝たり、山に寝たり、人の軒の下に寝ては叩かれたり」と嘆いているのだから、一晩くらい泊めてやったらどうなんや。おつるが寝てる間に十郎兵衛と今後のことをゆっくり相談したらよかったんとちゃうんか。そうしていたら悲劇は起こらなかったはず。

 十郎兵衛にいたっては言語道断。聞かれもしないのに「金は小判といふものをたんと持つております」と、すぐ話してしまうおつるに問題がないとは言わない。しかし、見知らぬ子どもの小判をあてにして家に連れて帰り、狼藉を働くなどもってのほかだ。判断力がないどころか、とんでもない犯罪者である。そんなことを考えていると、不憫やなぁ、お弓と十郎兵衛にもう少し分別あったらば、おつるは何とかなったろうにと涙してしまう。

 

 と、見終わりました。で、刀剣男士・小狐丸を目当てに来た文楽初体験の方たちは、いったいどう受けとめられたろうなぁと、ちょっと心配しながら、桜の花びらが散る道を谷町九丁目方面へと歩いていったのでありました。

■仲野 徹(なかのとおる)
大阪大学大学院、医学系研究科・生命機能研究科、教授。1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒。内科医として勤務の後、「いろいろな細胞がどのようにしてできてくるのか」についての研究に従事。現在、『みんなに話したくなる感染症のはなし』(河出書房新社)が絶賛発売中。豊竹呂太夫に義太夫を習う、読売新聞の読書委員やHONZのメンバーとして書評を書く、僻地へ行く、など、さまざまなことに首をつっこみ、おもろい研究者をめざしている。

(2021年4月3日第二部『国性爺合戦』、第三部『傾城阿波の鳴門』『小鍛冶』観劇)