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国立文楽劇場

ただひたすらまっすぐに

やぶくみこ

お正月の雰囲気は和やかだ。1月の前半にくるのと後半に来るのとではまったく違った雰囲気になる。着飾った人を眺めるのもとても楽しい。文楽劇場はいつも適温で快適で、そしてお昼休みのご飯なんかをはさんでしまうともう夢見心地だ。
極楽安心な太夫さんの語りと、快適前進の三味線の音の中に、ギラリと切れ味の効いた声がときたま入ってハッと目が覚める。すこしウトウトできるのも文楽の気持ち良さであり楽しみでもある。

新年の文楽をいつも楽しみにしている。
今年は「七福神宝の入舩」。観るだけで願いが叶いそうな演目だ。
太夫さんのずらり勢ぞろいの声と三味線の音をたっぷりと味わえる。
この作品では七福神が華やかに演奏する。それぞれがソロパフォーマンスを披露する。 名人という前提のもとに奏でられる音楽には心地よさとほどよい緊張感がある。宴会の道具は大黒天が小槌をふればポンと出てくる。あの小槌がほしい。恵比寿さんは鯛を釣り上げ、すかさず大黒天が振った小槌からビールが出てくる。
弁財天は琵琶を演奏。聞こえるのはまるで琵琶の音だが、演奏されているのは三味線。駒を変えるだけで琵琶の音になることに驚いた。これを開発した人は天才だ。

「傾城反魂香 土佐将監閑居の段」では絵から飛び出したという虎を狩野元信の弟子である修理之介が見抜いて消したり、言葉が不自由な又平が名字をもらい受けたり、故事に倣って石を真っ二つにすると言葉が話せるようになったりと、にわかに信じがたいようなことばかりが起こる。
このお話で起こったことを書き起こしてみる。

絵から飛び出た虎。
宙にふわふわと何かを描けば虎は消える。
虎が消えた奇跡が認められ、土佐という名字を名乗ることをゆるされる。
弟弟子が功績を認められたし、先輩弟子の又平もなんとか名字がほしい。
代弁者ではダメ、武力で名を上げてもダメ。絵を描くこと以外で認められても意味がない。
もう自害しようと諦めた又平が一念こめて石に筆で描いた自画像が石を貫き裏面に現れる。
その絵の描かれた石を真っ二つに綺麗に切る。
又平の吃りが治る。

虎のくだりからなんでやねん、の連続である。
絵から飛び出た虎は草むらにいる。足跡もなく、襲っても来ない。
怖い存在としてこちらをジロリと睨みつけている。村人たちを襲ったというのも実はデマなのかもしれない。恐怖というものは”知らない(実在しないはずのものがいるかもしれない)”ということが作り出す想像のものである、と言われているような気がする。そんなものは幻想である、とわかる人にはさっと取り去ることができる。修理之介が筆でふわふわと宙に何かを描くと虎はふわりと消える。
恐怖に対して冷静に向き合える人は名前を与えられる。
言葉の自由のきかない夫、又平に代わって、妻のおとくさんが一生懸命話して認めて欲しいと将監に願うもただ苦労しているというだけでは名乗ることは認められない。 またそこにやってきた雅楽之介が敵襲に遭い、姫君を奪われたので、又平は姫を奪い返す任務に志願したものの、”武力で名を上げても、それは功績とは認められません。”と言われる。
又平はもう死ぬつもりで手水鉢に絵を描く。ふつうの筆、ただの石、絵に向き合う気持ち。
全霊をこめて捧げたものには、奇跡がおこる。

竹本錣太夫さんの襲名披露の演目にこの作品が選ばれていることが理解できたような気持ちになる。
芸の道にただ全力でまっすぐに、という先人からのメッセージが聞こえてくる。
観劇を終えた直後にはあまりピンと来ず、虎かー、石が真っ二つかー、治ったんかー、すごいことがあるもんやなーくらいの感覚だったのをじっくりと咀嚼してみたら少しわかったような気がしてる。
ただ真っ直ぐに言うだけでは伝わるようで伝わらないことを、奇跡のお話を通して受け取る。

「曲輪ぶんしょう 吉田屋の段」では地歌の「由縁の月」が作中に織り込まれている。
揺れる水面に月の光が細く長く落ちている風景を思い浮かべる。長く病気に伏せていた夕霧だったが少しずつ良くなって、細く長く、でもたしかに気持ちをつづけている。伊左衛門は一万両を越えるほどの借金をかかえてもびくともしないのは日本中で自分くらいだ、という男だが、夕霧の気持ちが離れてしまったかもしれないという憶測の前ではすっかり臆病だ。
澄まない水に少しずつくっきりと浮かび上がる月。月の光はその水のところにだけ届いてその月を移すことができればよいのだ。
やがて二人の心が打ち解け、冒頭の元気な餅つきのような晴れやかさを取り戻すようなラストのシーンを見届ける。

ただひたすらまっすぐに、と。自由に、正直に、まっすぐに生きることの難しかったであろう先人からのメッセージを受け取ったような気がしている。

■やぶくみこ
音楽家/作曲家。1982年岸和田生まれ。英国ヨーク大学大学院コミュニティーミュージックを修了。舞台音響家を経て音楽家へ。東南アジアや中東の民族楽器を中心に国内外の舞台音楽の作曲、演奏や他ジャンルとのコラボレーション多数。2015年にガムラン・グンデルによるソロアルバム「星空の音楽会」。2016年に箏とガムランと展覧会「浮音模様」を美術家かなもりゆうこと発表。即興からはじめる共同作曲の活動にも力をいれている。京都市在住。

(2020年1月23日第一部『七福神宝の入舩』『傾城反魂香』『曲輪ぶんしょう』)