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国立文楽劇場

春に近頃河原の達引を観劇したお話

下平 晃道

今年は春が寒かったり、梅雨が長かったと思ったら急に暑くなったり、例年と違ったテンポを強いられているから、体のリズム感が狂ってしまい困っています。
 さて、すでに夏休み文楽特別公演が始まっているというのに、4月文楽公演の第2部でかかった『近頃河原の達引』のことを書いていることをお許しください。それもこれも、このリズムを狂わす天候のせいかもしれません。

今回も「堀川猿廻しの段」の後半に登場する猿二頭の、楽しい動きや掛け合いを楽しみました。そして観ながら、最近読んだ「大津絵 民衆的風刺の世界」という本の中に、猿廻しの絵があったのを思い出していました。大津絵というのは、江戸時代に流行した職人によって描かれた無銘の庶民絵画のことで、浮世絵と同じように庶民の間で人気を博し、手軽に購入できるものでしたが、絵画と表現するより漫画の方が近いイメージです。その簡潔な線でユーモラスに描かれた動物、神々、鬼、弁慶や牛若丸、萬歳など様々で、文楽でもおなじみのモチーフも数多く描かれています。当時の世相を強く反映していることから、人々の考え方、流行、道徳が見えてきて非常に面白いです。
 猿も沢山描かれています。擬人化された猿によって教訓を垂れているものや、猿は馬の守りとされていたことから、馬についた魔を祓うものとして登場している絵が目に付きます。また、猿廻しは幸運を呼ぶとされて、新年には家々を門付けをしてまわったと記述もあることから、猿廻しを見せる・見ることを意味することが、今とはかなり違って感じられていたのだということが見て取れます。

さて、『近頃河原の達引』「堀川猿廻しの段」で、舞台を盛り上げてくれるのが、おしゅんの兄、猿廻し師の与次郎です。この与次郎、かわいい猿を肩にのせてのっしのっしと登場したかと思えば、矢庭に大飯を食らい、その間も猿との軽妙なやりとりで笑わせ、中盤の緊迫した場面で失敗しても、そのどこかとぼけた様子が魅力的に映るような愛嬌があります。
 最初に観た時、物語の後半に猿廻しのシーンが挿入されているのは、少し唐突に感じていたのですが、先に書いたように当時の猿廻しのことを知った上で見ると、ここで与次郎が門出に猿廻しを披露するのには、二人の安全を願う強い祈りの意味があったのかもしれないなと思いました。
 とはいえ、ここで二頭の猿が演じる内容は「お初徳兵衛の祝言の寿」。お初徳兵衛といえば、近松門左衛門の『曽根崎心中』。つまり、曲で2人の行く末を暗示しているのですが、門出に「心中もの」で送りだすというのは、いささか説明しすぎのような気もします。これは、当時としては泣ける演出だったのか、現在の私が感じたように猿の舞を楽しんで観たのか。実際の猿廻しが披露していた演目としてスタンダードなものだった可能性もありますが、詳しく調べてみたいです。

「堀川猿廻しの段」の冒頭で、盲目のおしゅんの母が、幼い子どもに「鳥辺山」という地歌の稽古をつける場面があります。

「女肌には白無垢や、上に紫、藤の紋、中着緋紗綾(ひざや)に黒繻子の帯、齢は十七初花の、雨にしをるゝ立ち姿」
「男も肌は白小袖にて、黒き綸子に色、浅葱裏。二十一期の色盛りをば」

この節は「鳥辺山」に登場する、男女が身につけている着物を描写した内容で、このように歌詞の中に色が順番に登場しています。
(女性)肌色・白・紫・藤色・緋色・黒
(男性)肌色・白・黒・浅葱色

上のカラーリングは、左から謳われた順番に色を並べただけなのですが、聴いた人の頭の中にはこのような順番で色が想起されます。映像や写真でぱっと見て着物の色を理解するのではなく、時間と声によってゆっくりと姿がたち現れていく、これが言葉の持つ面白さだし、実はビジュアルとして見るよりも、より深く「見る」ことができるのではないかと、私には感じられます。
 とはいえ正直に言うと、私にすぐに色が想像できたわけでななく、色見本帳を見ながら、これらの色を着色したのですが、並べてみるととてもきれいな並びだなと感じます。短い節の中にこれだけ多くの色名が入っているということは、民間にそれだけ色名が浸透していたことも意味しているわけで、豊かな文化を楽しんでいた当時の人々のことを想像することができ、とても楽しい観劇でした。
 ところで、夏の恒例行事となっている夏休み文楽特別公演に、今年も家族ででかける予定です。昨年は息子が舞台の上で人形遣いの体験をさせていただき、非常に感激しました。彼は今年も心待ちにしているようです。子どもと見る文楽もおすすめです。

参考
「大津絵 民衆的風刺の世界」(角川ソフィア文庫)
「色の手帖 色見本と文献例でつづる色名ガイド」(小学館)

■下平 晃道(しもだいら あきのり)
イラストレーター、美術作家。1973年生まれ。東京造形大学彫刻学科卒業。2002年よりフリーランスのイラストレーター(Murgraph または下平晃道)として活動を始める。以後、広告、雑誌、装画、ウェブサイト、ミュージシャンやファッションブランドとコラボレーションした商品等のイラストレーション、ライブドローイングなどの仕事を手がけている。京都市在住。

(2019年4月11日第二部『祇園祭礼信仰記』『近頃河原の達引』観劇)

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