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国立文楽劇場

風になる

髙田 郁

今年は国立文楽劇場開場三十五周年、その記念の年に、近松半二を題材にした「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」で大島真寿美さんが直木賞を受賞なさいました。さらに二日後、豊竹咲太夫さんが人間国宝に選ばれた、とのニュースが飛び込んできました。皆さま、本当におめでとうございます。昭和、平成、と文楽を巡る環境は決して安逸ではなかったため、この度の重なる慶事が、一ファンとしてしみじみと嬉しく、ありがたく思っています。

私事ですが、昨年、二度ほど入院をしておりましたため、観劇が叶いませんでした。その分、仕事が山積みとなり、今回も諦めるつもりでおりました。ところが、第一部と第二部の演目を見て「ああ」と思わず天を仰ぎました。丁度、執筆中の最新作の中に、「道成寺」と「忠臣蔵」が重要な鍵となって登場していたのです。神さまに「『無理無理』言うてんと、観(み)に行きなはれ」と背中を押された気持ちになりました。

天神祭の本宮のその日、午前十一時の開演ぎりぎりに会場に飛び込みました。会場はほぼ満席。親子劇場とあって、お子さんの姿が目立ちます。最初の演目「日高川入相花王」では、清姫の台詞の中に「寝取られた」というフレーズが二度も出てきて、「こ、子どもの前で!」と、ちょっと狼狽えてしまいました。昔、家族でテレビを見ている時に、いきなりラブシーンが始まってしまったような……。今時、そんなことを会場の誰も気にするわけもないのですが。

安珍と清姫を巡る物語の多くは、清姫が修行僧安珍に一方的に恋をして振られ、逆恨みの挙句、大蛇となって安珍を焼き殺してしまう、という筋書きです。私が子どもの頃に読んだ本や、昔話を題材にしたアニメーションでも、そのような描かれ方をしていました。

今回の「日高川入相花王 渡し場の段」では、安珍は登場しません。清姫と船頭の遣り取りだけなのですが、そこから浮かび上がるのは、「果たして清姫の一方的な思い込みなのか」という疑問。

清姫の父は、娘と安珍の仲を認めていました。世間知らずの清姫にすれば、恋の成就を信じたことでしょう。けれど安珍は別の女と逃げてしまう。おまけに日高川の船頭に、「こういう女が来たら、絶対に川を渡さないでくれ」と袖の下を渡して頼み込んでいたというのです。仮に、仮にですが、安珍が清姫をその気にさせるだけさせておいて、挙句、ちゃんと別れ話もせずに逃げ出したとなれば、そりゃあ、清姫だって蛇に姿を変えたくもなりますとも。

幕が下りた時に、「ひとの心の機微に触れる、良い筋立てだなあ」と思いました。こうした描かれ方をした清姫に出会えることは、観客にとっても幸せなことではないでしょうか。

ただ、いかんせん、重い。重いよ。今、そう思って観劇を控えようと思ったあなた!

ご安心くださいませ、そのあとの「文楽ってなあに?」で人形の仕組みや遣い方を学んだあと、「かみなり太鼓」という、とびきりキュートな演目が待っています。もうね、この「かみなり太鼓」、どの役も愛らしいのですが、とくに「おかあちゃん」が最高なのです。それに特筆すべきはラスト。ネタバレになってしまいますから伏せますが、何とも小粋な仕掛けに、会場は沸きに沸きます。どうか是非とも、劇場に足を運んでご観劇くださいませ。

第一部終了後、売店を覗いたところ、「くろごちゃん」の携帯ストラップを発見、拍子木を手にしたキュートなキャラクター「くろごちゃん」の、私は密かなファンなのです。早速、買い求めて携帯電話につけました。実は売店には拙著「あきない世傳 金と銀」シリーズも置いて頂いていました。ガラス越しに書影を認めて、「何てありがたいんだろう」と、胸が一杯になりました。

さて、第二部は「仮名手本忠臣蔵」の五段目から七段目。客席に子どもの姿は見えず、年齢層がぐっと上がります。杖をついたご高齢のかた、家族に身体を支えられたかたが幾人も見受けられました。「何としても観たい」との意気込みが感じられました。

午後二時から五時半過ぎまで、間に二十分の休憩を挟んでの長丁場の舞台でしたが、観終えた時「『甲斐がある』とはこのことだなあ」と、つくづくと思いました。「山崎街道出合いの段」「二つ玉の段」「身売りの段」「早野勘平腹切の段」そして、七段目「祇園一力茶屋の段」。ひとつひとつ、拙い感想をお伝えするより、是非とも劇場に足を運んでください、とお願いするほかありません。ことに七段目は「ひとりの太夫が全ての登場人物を語り分けるもの」とのこちらの常識が覆される驚きがあります。これらの作品を観れば、人形浄瑠璃が三百年に亘って、ひとびとの心を捉え続けてきたのも道理、と頷けます。

観劇を終えて外へ出れば、夕暮れまでまだ時間があり、強い陽射しの中を文楽のお客さんたちが駅へと歩いておられます。

何年か前、地下鉄の駅から劇場に向かうひとの多さに、文楽に向けて吹き始めた追い風のようなものを感じたことがありました。今、風は確かに文楽を抱きしめ、良き方向へと大きく動いています。

「文楽の敷居は高くないよ」「こんなに面白いよ」──周囲にその魅力を伝え、観劇を勧めることで、私も、もしかしたら「文楽に吹く小さな風」になれるかも知れない。くろごちゃんの携帯ストラップをゆらゆらと揺らしながら、私は思いました。

文楽を愛するかた、これから接してみようと思われてるかた、一緒に風になりませんか?

■髙田 郁(たかだ かおる)
兵庫県宝塚市生まれ、中央大学法学部卒業。 漫画原作者を経て2008年に「出世花」にて時代小説に転身。著者に「みをつくし料理帖」シリーズ、「銀二貫」、「あい 永遠に在り」などがある。新シリーズ「あきない世傳 金と銀」最新刊となる第七巻「碧流篇」は近日発売予定。

(2019年7月25日第一部『日高川入相花王』『かみなり太鼓』、
第二部『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』(五段目より七段目まで)観劇)