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国立文楽劇場

人形なのに、否、人形だからこそ

金水 敏

文楽は三業(太夫・三味線・人形遣い)の働きが相まって作られる芸術であり、三業のそれぞれに毎回見所があるが、人形の技の見事さや愛らしさ、あるいはダイナミズムが文楽の大きな魅力の一つであることに誰しも異論はないだろう。人形遣いの技の面白さは、むろん芝居の流れの中で見せる老若男女、上下貴賤の人物の思いや情愛を運動や仕草や立ち姿で的確に示していく点にあることに間違いはないが、歌舞伎など人間の演技ではとても表せない、人形独特の奇想天外な演出や、逆にまるで人間そのもののような細かい仕草を描写的に見せる技も、文楽独特とも言える魅力なのである。

人形独特という点で言えば、直近の『祇園祭礼信仰記』(第154回 国立文楽劇場開場三十五周年記念 平成31年4月文楽公演)における真柴久吉(吉田玉助)の大立ち回りにその特徴がよく現れている。三階建ての金閣寺を舞台で巧みに表現し、久吉が傍らの桜の大樹をするすると登っていって階上で敵をばったばったとなぎ倒していくが、顔が半分にそぎ落とされたり、首(かしら)が宙を飛んでいったりと、よく考えれば残虐なシーンも人形だからこそ、むしろ楽しく見ることができる。『国性爺合戦』などを見ても思うが、特撮やCGのなかった江戸時代には、こういった演目が今日の「スターウォーズ」や「アベンジャーズ」並の喝采をもって観衆に受け入れられたことは想像に難くない。また同じ公演の、『近頃河原の達引』における猿廻しのように、動物たちの愛らしく躍動的な演技も人形ならではと言える。文楽に登場する人形としては、他に狐(『義経千本桜』『本朝廿四孝』)、虎(『国性爺合戦』)、犬(『冥途の飛脚』)などもあって、大事な役どころ、あるいはちょっとした脇役を担っている。

一方で、人間さながらの細かい仕草を、しかも三人遣いの文楽人形が見事にやってみせるのも、いい意味で見世物としての文楽の楽しみの一つなのだろう。近年では『壇浦兜軍記』(第153回 平成31年初春文楽公演)での遊君阿古屋(桐竹勘十郎)が琴責の段で見せた見事な三曲(琴・三味線・胡弓)の演奏が挙げられる。このシーンでの阿古屋は三人出遣いであり(左遣い:吉田一輔、足遣い:桐竹勘次郎)。それほどに、主遣いとあとの二人との息合わせが肝要なのであり、また床で実際に鶴澤寛太郎が演奏する様子と見比べるのが忙しく、また楽しいのだ。楽器の演奏という意味では、『近頃河原の達引』で与次郎の母(桐竹勘壽)と稽古娘おつる(桐竹勘次郎)の掛け合い(床では竹澤宗助と鶴澤清公)が一つの見せ場となっている。楽器の演奏以外で私が魅入られたのは、『生写朝顔話』(第200回 平成29年9月国立劇場文楽公演)で萩の祐仙がお茶を点てるシーン(「嶋田宿笑い薬の段」)である。桐竹勘十郎が遣う祐仙の、茶の湯の手捌きは正確であるばかりでなく、妙に神経質な動きを含んでいて、エキセントリックな祐仙のキャラクターを端的に表しているようで感心させられた。炊事や食事の関連で言うと、『伽羅先代萩』(第153回文楽公演)の「御殿の段」での乳人政岡(吉田和生)のいわゆる「飯(まま)炊き」のシーンも、政岡の情愛が感じられて興が深いし、『近頃河原の達引』の「堀川猿廻しの段」で、舞台が進む横で与次郎(吉田玉也)が地味に一人で食事をしているのも微笑ましかった。

ところで最近私は、文楽人形の最大の表現力が発揮されるのが、実は死の表現ではないかということを、公演を見せていただく中で感じるようになった。文楽人形は上演中、絶えず主遣いが首に繋がる胴串と右手で人形に繋がっている。何もせずただ立っているように見えても、人形遣いの極微妙な息づかいが人形には伝わっており、それが人形の生命感を表現しているように思われる。ところが役の人物が舞台上で息絶えると、人形遣い達は手摺に身をかがめてそっと小幕からはけていく。舞台に残されたのは、完全にモノと化した人形そのものであり、そこから生命感は一切消え失せているのだ。あらゆる舞台芸術の中で、これほどに死というものの本質を完璧に表した例が他にあるのだろうか。そのようなことを、『仮名手本忠臣蔵』四段目の「塩谷判官切腹の段」(塩谷判官=吉田和生)を見ながら、改めて感じたことであった。

■金水 敏(きんすい さとし)
大阪大学・文学部教授。1956年、大阪生まれ、兵庫県在住。専門は日本語史および「役割語」研究。著者に『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、2004。新村出賞受賞)、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、2003)、『〈役割語〉小辞典』他。

(2019年4月25日第一部『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』(大序より四段目まで)、
4月26日第二部『祇園祭礼信仰記』『近頃河原の達引』観劇)