シリーズ企画
いとうせいこうが聞く“文楽鑑賞の極意!”
国立劇場5月文楽公演その1 「祇園祭礼信仰記」
- いとうせいこう(以下いとう)
- さて、まず『祇園祭礼信仰記』ですが。
- 文楽マニア(以下マニア)
- こちらは宝暦7年(1757)に初演された五段続きの時代物で、今回上演する「金閣寺」「爪先鼠」はその四段目にあたります。国立劇場では平成7年5月以来の再演なんですよ。
- いとう
- なるほど、久しぶりの公演ですね。で、内容ですが……。
- マニア
- はい。織田信長の生涯を描いた『信長記』に題材を得ていますが、豊臣秀吉(この芝居では此下東吉[このしたとうきち])が、元は低い身分から立身出世して天下人にまでのぼりつめる「出世奴(しゅっせやっこ)」ぶりを描いています。秀吉は小柄で猿に似た顔立ちだったことから「猿面冠者」と呼ばれており、この芝居の中でも史実に基づいて「御覧の如く四尺(120センチくらい)に足らぬ此下東吉」と語られているのですが、歌舞伎の影響を受け、颯爽とした美丈夫として登場します。
- いとう
- なるほど、いい男の方が盛り上がりますもんね。
- マニア
- ええ(笑)。なお、初演の際に此下東吉を遣った人形遣い・若竹東工郎の工夫で、京都高台寺にある太閤の木像に似せた首(かしら)を使ったという話が伝わっています(現在は時代物の大名・軍師といった役柄に使われる検非違使[けんびし]です)。
- いとう
- へえー。いわくのある首だった可能性があるんですね。
- マニア
- それから、木に縛られた雪姫が桜の花びらを集めて爪先で鼠を描くと魂が入って、縄を食い切り、雪姫を助けますが、これは雪舟の幼少の頃の逸話、「絵ばかり描いて仏道修行を怠ったため、和尚がお堂の柱に縛りつけられ、床に流れた涙に爪先で鼠の絵を描いたところ、まるで本物のように見えるのに和尚が驚いて、絵の勉強に専念させるようになった」という伝説を、孫娘の雪姫がなぞるという趣向です。
雪姫
- いとう
- 伝説を物語の中に入れていく、いかにも古典芸能の筋です。そして、雪姫はいわゆる三姫のひとりですよね? 責め場だし、そこも見どころ。
- マニア
- そうですね。雪姫は、『本朝廿四孝』の八重垣姫と『鎌倉三代記』の時姫とともに、「三姫」と呼ばれる大役で、桜の花が散る中、両手を縛られるという責め苦を受けながらも、爪先で一心に鼠を描く姿がみどころです。今回は桐竹勘十郎が初役で遣います。
- いとう
- 勘十郎さんの雪姫が楽しみです。この演目、舞台装置も有名ですね。
- マニア
- はい。此下東吉が木によじ登って、金閣の三層に閉じ込められている足利義輝の母・慶寿院を救出に向かいますが、セリを使って、舞台が二層、三層へと変わります。初演当時の評判にも「四段目金閣三重のセリ上ゲセリ下ゲ大道具の工夫めざましく」とあり、セリを用いた大掛かりな舞台転換が大評判で、初演は三年越しの大当たりとなりました。ちなみに、金閣は歌舞伎では二層ですが、文楽では本物同様に三層となっています。
- いとう
- 人間が出る歌舞伎だと、三層ではとても舞台に入らないかも。
- マニア
- 人形だからこそでしょうか。東吉が慶寿院を竹にくくりつけて、しならせながら地上へ下ろすという大らかな趣向は人形だからこそですね。
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