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国立能楽堂

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研修修了者インタビュー 笛方森田流 栗林祐輔(令和元年9月掲載)

 国立能楽堂では、伝統芸能の伝承者を養成するため、将来舞台で活躍する志を持つ能楽(三役)の研修生を募集しています。
 現在舞台で活躍している国立能楽堂能楽(三役)研修修了生や、若手の能楽師の方々から、能楽との出会いや、能楽師としての現在のお話をうかがいます。

 今回は、笛方森田流能楽師の栗林祐輔さんです。
 栗林さんは、1999年(平成11年)から2005年(平成17年)まで、第6期能楽(三役)研修生として学びました。

栗林師プロフ

―国立能楽堂の能楽(三役)の研修に応募したきっかけはなんですか?

 当時、国立能楽堂の近くに住んでおりまして、将来的に何をしようか考えていたんです。やはり、手に職がないと生きていけないなと思い、受験しました。22歳の時です。
 音楽が好きで、時折NHKのラジオから能の音楽が聞こえてきたりはしましたが、専門に聞いていたわけではなく、たまに耳に入っていたという程度で、能楽堂が近いので一回やってみようか、という軽い気持ちでした。
 なにせ実際に能の舞台を観たのが、研修生になってからでしたから。全くの未経験どころか、観たこともないという状態でした。

―研修が始まって、最初はどう思いましたか?

 趣味や学校なんかで能楽をやっていた人は、楽しかったという思い出があるのでギャップがあった人もいたようですが、私は「こういうものだろう」と思っていましたので、厳しくはありましたが、違和感はありませんでした。

―なぜ笛を選ばれたのですか?

 能の笛には触ったこともなかったのですが、他の楽器のことは知らないし、笛ならばやってみようと思いました。当然、最初は全然音が出ず苦労しました。ピアノなんかとは全然違いますしね。楽譜の感覚も違うし、音の感覚も違う。
 一口に森田流といっても、色々な芸系があって、家ごとに芸が大分違います。
 研修では、基本的に自分の先生の芸を覚えていきます。
 ですが、能楽師として、仕事としてやっていくためには、それだけできればいいというわけではありません。先生の家の芸を覚えたら、他の方のやり方を覚え、さらに違う流儀の笛も覚えなくてはいけません。ただ、こうして違いが分かるというのは楽しみでもあるんです。
 楽しみでもありますが、そういうことが楽しめるようになるには、最低でも2年か3年はかかると思います。

―研修時代の思い出は何かありますか?

 私たちの頃は、とにかく朝から晩までびっしりと授業があって、あまり休みがありませんでした。まとまった休みは、夏休みか正月くらい。でも夏休みで旅行に行ったりするのは楽しかった。

―苦労したことは?

 我々囃子方は、とにかく能の謡、詞章を覚えないと仕事になりません。その詞章を覚えるコツが最初はつかめずに苦労しました。いずれにせよ短時間にパパッと覚えられるものではないのですが、コツさえ覚えれば、詞章を覚えること自体が段々苦にならなくなってくる。詞章を覚えることが生活の一部になってくるまでが大変かなと思います。

―研修時代に学んだことは何ですか?

  一番大切なことは、理論で覚えるのではなく、身体で覚えるということなんです。理論は後からいくらでもついてくるものですから、理屈ぬきにして、身体で覚えてしまうということが大切です。
 研修中は理屈抜きにして、身体に覚え込ませて、勝手に身体が動くようにする。今では私も人間国宝クラスの先生と共演させていただく機会もございますが、とにかく自然と体が反応するということが大切で、そこを何とかやってこられたから今こうして舞台に立たせていただいていると思っています。

―研修修了後はどうでしたか?

 我々は専門職なので、修了してすぐに一人前ということはなくて、数年間は技術を学びつつ、収入があまりないという時期があります。この時期をどう乗り越えるか。お医者さんや弁護士なんかでも、資格を取ってからインターン(見習い)の時期がありますよね。
 当然食べてはいけないので、アルバイトをしたりするわけですが、アルバイトばかりしていても良くはないですよね。技術を学びつつ、プロの能楽師としての心構えを育てていく、というそういう時期ですね。しんどいのはしんどいんですが、一旦生活が安定してくるようになって思い出すのは、この時期のことばかりなんです。だから、こういう時期があって良かったと私は思っています。

―現在はどんな毎日を過ごされていますか?

 基本的には能楽の舞台がかなりありますのでそれをこなしつつ、他の演劇に呼ばれることもありますし、笛だけ吹いてくださいという演奏の依頼もあります。一概に能楽堂に出ていないから仕事をしていないというわけではありません。
 また、笛を趣味でやりたいというお弟子さんのお稽古があり、さらに能の普及のため、自分たちで能の講座をやっています。資料作りから全て自分たちでやっています。これで月のほとんどは埋まってしまいます。

―これから研修生を目指す人たちへの心構えなどあれば教えてください。

 最初からできるとは誰も思ってはいません。研修期間は6年ありますが、6年修業しても、すぐに舞台に立って活躍できるかというとそうではない。ですので、最初はできなくても構わないのですが、一方で進歩がないと周りの人から見放されてしまいます。
 周りの人たちはちゃんと見ています。こいつは勉強しているな、周りのことをよく見ているなと、周りの人が見て判断してくれる。確実に一回一回進歩していると思ってもらえるような舞台を勤められるように努力していると、少しずつ認められていきます。
 でも、向こうから教えてくれるという世界ではありません。分からなくなったら、自分から聞いたり、人の技術を盗んだりすること。研修で学ぶのは基礎の基礎です。それ以上のことは自分から学びに行かないといけない。そういった心構えがないと、研修が終わって、世の中に出たときに苦労します。とはいえ、よっぽど怠けていなければ、大丈夫だと思います。
 囃子方は、シテ方や狂言方、または同業の囃子方から依頼をいただいて舞台に出ることが一般的です。プロがクライアントになるんです。ですので、プロの方に認められていただくような勉強を常に心がけることが大切だと思います。
 あとは、あまり太らないことですかね。苦しむのは自分なので。

―これからの目標を聞かせてください。

 能楽界だけではなく、芸能全般や工芸の世界はここのところ少し元気がありません。ただ、手仕事というか、身体が作っていく物の価値は、ITが進化していけばいくほど高まっていくのではないかと思います。
 時代は厳しくなっていくとは思いますが、それに見合った技量を身につけていけば、生活面もそうですし、能楽界への恩返しにもなります。ですから、一番は技量をあげていくことが目標です。自分たちが出来ることはそれだけです。
 また、来年オリンピックが控えています。能の公演も沢山開催されますので、そこで能という芸能があることをアピールできるような活動が出来たらと思います。

<プロフィール>
栗林祐輔 

1977年生まれ
笛方森田流
松田弘之 及び 杉市和に師事

国立能楽堂第6期能楽研修修了

「道成寺」「翁附」「望月」「清経 恋之音取」などを披く

海外公演や新作能も多数